狼男2
どちらさま?
目を閉じているせいと聞きなれない声のせいで全く見当がつかない
でも、この状況を打開するチャンス!
そう思って勇気を出してもう一度腕から目を覗かせた
すると、ありえないものを見てしまった…
さっきの犬の顔つきがどんどん変わっていく、あんなにフサフサだった毛並も短くなって長い鼻はどんどん潰れ、うめき声をあげて骨格自体がメキメキ音を立てながら変化していく
なに、これ……
信じられない、犬が人間になった
「で、どうなんだ?」
鋭い目つきに茶色い癖毛、燃えるような瞳は変わっていない
ほんとに、さっきの犬、なん、だろうか
「おい」
だとしても、どうして?
こんなの絶対おかしいよ、現実的にありえない、もしかしたらすごくよくできた変身マジックなんじゃ?
だとしたらこれはもしかしてドッキリ?
「答えろ」
家族全員で出かけておいてこっそり車で私の反応を見て楽しんでる?
よくある手口だわ、腹立たしい、じゃあ目の前の人は仕掛け人?
知らないはずだ、がっつり初対面だもの、ていうかこの人なんで何も着てないの?
テレビ的にこれはアウトでしょ、やっぱりこれはホントに、変質者?
「聞いているのか、答えろ女」
一気に顔を近づけてきた、もしかしてこれは、貞操の危機!
「こんの変態!!」
「ギャフンッ!!」
いい音立てて腹と頬に1発決めてやったら情けない声をあげてローテーブルに飛び退いた
ちょっとやり過ぎたか?
「いきなり何をする!」
「そ、そっちこそ、いきなり飛びついて来たじゃない、先に仕掛けてきたのはそっちよ」
「お前が誰なのか調べていただけだ!」
調べるって……もしかして匂いを嗅いで顔を近づけてきたことか?
そんなの犬じゃあるまいし……
いぬ……
「ねぇ、あなたさっき犬だったわよね?」
「犬……?」
ピクッと眉に皺を寄せた、何故だか嫌悪感を示している、ような気がする
あまりにもそのままの状態だと目のやり場に困るのでその場に干してあったバスタオルを投げつける形で渡した
少し考えているのか上体を起こしてそれを腰に巻きつけた、良かった理解してくれて
「ふん、全く、お前には私が犬に見えるのか」
さっきの姿は確かに獣のそれだったような気がしたんだが今の姿が人間だけに馬鹿にされたような気がした。は?犬なんて何処にいるんですか?ちょっと眼科行ったら?……みたいな
それくらい見ればわかるんですけど
「人間だけど、さっきはあんたが犬だったように思えたんだけど?」
相手を刺激しないように苛立ちを抑えながら苦笑いを浮かべた、さすがに快く笑えない、ていうか違うなら違うで早く帰ってほしいんだが
す
ると相手は神妙な顔つきになって凛々しげな表情に陰りを見せて何かを覚悟したように話した
「惜しいな、私は狼だ」
「オオカミ……?狼の変装だったわけ?」
細かいな、それだけこだわりがあったっていう事か
見当違いなことを考えているみやは納得したようだった、しかし、目の前の男は反対に真面目な顔を一変させて怪訝な顔つきだ
「変装?なにを訳の分からないことを言っている?」
「へ?だってドッキリの人なんでしょ?」
「ドッキリ?私は狼男だ」
「あーなるほど……」
まだ、演技でもしてるんだろうか、一応テレビだしなぁ……もしかして私今テレビ的に悪いことしてる!?それでなかなか帰らないのかこの人!
どうしよう、私がびっくりしなかったから鬼編集長のお怒りをかって帰れないとか?悪いことしたなぁ……
冷静に考えてテレビなんだから困るのは相手なんだよね、あちゃー、もう一度やり直しとか、だめか?
私はこっそりと男の人に近寄って打開策を出してみた
「あの、もう一回最初の姿でやり直して見るのはどうでしょうか……?」
「何をやり直すんだ?」
うわー、やっぱり怒ってるんだ、びっくりしなかったからどうしようか考えてたのかも……
ますます不機嫌顔になる男を見てみやは確信した、自分が大失敗をおかしてしまったことを
「えーと、もう一度最初の姿でやれば上手くいくんじゃないかって……」
あはは、乾いた笑いを出しながら内心焦りまくっている
しかし、相手の顔を見るとどうやら悪い案ではないらしい、さっきまでの眉間の皺は和らいでましな顔つきになっている
「よくわからんが、さっきの姿になればいいと言う事だな」
「まあ、そういう事ですけどね」
よかったこれでなんとかこの場が収まりそうだ、早く終わらせて帰ってもらおう
て、あれ?そういえばこの人衣装何処にあるんだろう、隠した?看病してた犬は何処に行ったんだろう、お母さんたちの所にいるんだろうか?病犬なのに普通動かしちゃダメでしょ何で受けたのテレビの依頼なんて
つじつまが合わないことが出てきて更に目の前の男が怪しくなってきていたがその発想はすぐにどこかに飛んで行った
「……え」
「どうだ?これでいいんだろう?」
ありえない光景、本日二度目の怪奇現象
二足歩行だった男の体が縮んで体全体から茶色の毛が生えだした、顔は鼻と口が徐々に伸びて口は裂けたように大きく鋭い牙を剥き出しに変化していく
唸り声が収まる頃にはそこには1匹の……狼
「本当に、タネも仕掛けも無いの……?」
動揺で思わず出てしまった言葉は狼男とやらにもちろん聞こえており、質問かと思われたのか淡々と説明し始めた
「種や仕掛けなど持ちわせていない、生まれつきの特技のようなものだ、もはや呼吸をするのと変わらない位だ」
「あんた、本当に狼男なのねー……」
「そうだ、本来は誰にも明かさない、しかし、お前はどうやら私を助けたようだな、微かにあの時の匂いを確認出来た、私は受けた恩は自分の命をかけても返すと決めている、命を奪われそうだった今回は特にな」
そう言うなり穏やかな顔つきになったような気がする、尻尾も大きく揺れている
「い、いやー私もこんな状態になるなんて予想してなかったからどうしよう」
家族はこのことは知らない、なんせ今分かった事だもの、誰が予測出来た?
とにかく帰ってくる前になんとか……!
「ただいまー」
軽快な音を立ててリビングのドアが開いた。驚いてバッと振り返ると両手いっぱいにビニール袋をぶら下げた上機嫌スマイルの母が居た。
「安売りしてたからいっぱい買っちゃったー!後でお兄ちゃんたちが掃除機も持ってくるわよ~これからわんちゃんの抜け毛も心配でしょ~?あ、ご飯も買ってきたのよーって、あら?」
戦利品を床に置いてごそごそしながらドッグフードやリードやらを次々と出していく母。慣れているとはいえ動けなかった、どう説明しようか、ただそれだけが頭の中でフル回転していた
「あらあら!わんちゃん起きたのね~」
もっとよく見たいと言わんばかりにあっさりと狼に近づく母。まずい、もしかしたら噛まれるどころじゃないかもしれない。なんせ相手はただの犬なんかじゃないんだから。
「あ、おかあ、さ……!」
思わず、助けに行こうとしたとき、ずっこけそうになった
だって、狼男のあいつがまさに犬みたいに甘えるような声を出して今までにないくらい大人しくなでられていたから。ていうかあんたさっきの狼の威厳みたいなのはどうした!どっから出してんだその声!喋ってたじゃん!犬かっ!
その姿からは野生など微塵も感じない、お腹をぐでっと見せながら尻尾を勢いよく振って完全に服従のポーズをとっている。
「まあー!人懐っこいわんちゃんね~これなら何の心配もなく家で飼えるわ」
飼う?そういえば捨てられていたんだったけ、こいつ
まさか狼男だとは思わなかったけど今考えれば大きいのも納得だわ。ていうか、飼えるの?
「改めてみるとおっきいわね~瞳の色も赤いし、まるで狼ね」
ぎく、さすがお母さん、いい線いってるよ
よしよしと撫でながら本人は何ともない冗談のつもりだろうが私からしてみればひやひやものである。
母から視線をそらすように狼に目を向けると、赤い眼だけがこちらを見ていることに気づいた、そして、のっそりと起き上がって母の手から逃れると私の方へ歩いてきた。なんだろう。
私の目の前で止まるとお座りをしてそこから動かなくなった、どうしたというのか
「みやちゃん、もしかして構ってほしいのかもしれないわよ。だってこんなにも甘えんぼさんなんだもの、きっと捨てられて愛情が欲しいのかも……」
そうだろうか?さっきみたいなやつがそんなこと考えているとは到底思えないけど、