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帰郷  作者: xxx
第一章 誰にだって上手くいかない時って、あるよね。
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八 夜景

 四人を乗せた車は、六甲の山道を登り、さらに奥にある摩耶山の展望台に向けて走り続ける。掬星台と言われる展望台は北海道の箱館山、長崎の稲佐山に並ぶ日本三大夜景と呼ばれるが、交通手段が乏しいため、穴場的要素がある。かつては「百万弗の夜景」と言われたが、何でも最近は「一千万弗の夜景」と言われているとか。いつから値上がりしたのだろう……。

 篤信は駐車場に車を止めた。見栄を張って慣れない山道の運転に挑戦したためか、道半分のところで疲労が顔に出ている。そして後部座席に犠牲者が一人、悠里がうずくまっている。

「悠里、大丈夫か?」心配そうに陽人が悠里の肩を擦る。助手席から二人のやり取りを見ていた朱音は、

「篤信君、帰りは私が運転するわ――」

篤信は朱音の顔を見た。いかにも自信がありそうな表情で篤信を見返す。得意分野になって朱音はいつもの調子が戻ってきた。

「実はね、ママ先生の買い出しヘルプでこの車運転するの、だから大丈夫よ、安心して」

「母さんの運転手を?父さんは?」

「それがね――」朱音は篤信にそっと耳打ちする。何でも朱音の話では篤信の父も運転が苦手で、最近車庫入れに失敗して運転に自信がないらしい。

「それで私が運転する機会が増えたのよ、へこんじゃってさ――」

「車が?」

「違うよ、先生がよ」朱音は手を口に当ててクスクス笑う。「もぉ、だから耳打ちで言ったのにぃ」

後ろにいる陽人たちに内緒で言おうとしたのに、篤信の一言で陽人は大体分かったようだ。陽人も妹をさする反対の手で口を押さえている。

「ごめんね悠里ちゃん。僕の運転は親譲りみたい……」

篤信は悠里に謝る。悠里は篤信に気を遣わせたくない、精一杯の笑顔を見せた。

「先、行っててよ。俺が悠里見とったげるから」

「いいの?」篤信は責任を感じているようだ。

「――そうね。じゃあお願いするわね」

間延びするのが嫌いな朱音はそう言ってすまなさそうに頭を掻いている篤信をつれて、展望台の方へ歩いて行った。

 

「悠里ぃ、もういいぞ」

二人の姿が見えなくなると、陽人は悠里の肩をポンポンと叩いた。普段なら元気な返事が返ってくるのだが返事がない。

「本当に少し気持ち悪い……」

 陽人たちは、朱音と篤信を二人にしてやろうと一芝居打ったのだった。二人だけなら言える事があるだろう、そう思った。普段は押しの強い性格の朱音であるが、その様子が微妙に違っているのを二人は感じていた。

「ホンマかいな。少し風に当たった方がいいよ、何かいるか?」

 陽人は妹の目を見てそれが冗談でないのが分かり、少し心配になった。芝居を打たなくても篤信の運転は悠里の頭を揺さぶるのに十分だったようだ。

「お兄ちゃん……」悠里は目で何かを訴えかける。

「何だ?」

「寒い、上着貸して」何を言うかと思うと、悠里は陽人が着ているベンチコートの袖を引っ張る。

「えーっ、そんな無茶苦茶な――」

「いいやん、悠里寒いもん」

「――やれやれ」

半ば奪うように悠里は陽人のベンチコートを着込む。サイズが合っておらず服が歩いているようだ。

「どお?あったかいよ、これ」

悠里はゆっくりと立ち上がり、両腕を横にして一回転した。さっきの表情がウソのようだ。

「調子いいな、悠里は」

上着を取られた陽人は寒そうな様子で縮こまり、悠里の前を歩き始めた。

 掬星台の展望台。昨日の雨があがり、空は雲一つ無く満天の星空が見え、夜景は遥か大阪の方まで遠くの光が瞬いている。夜空と街との光、そして目の前に見える山の闇と神戸港周辺の海の闇がとても対照的な雰囲気を出す。

「わぁ、キレイ!」

悠里は夜景が目に入ると、陽人を追い抜いて展望台の柵の方まで駆けて行った。

「悠里、待ってよ」寒そうな様子で、陽人は後から追い駆けて悠里を捕まえる。

「すごいよ、めちゃキレイ、ほら」

「ほんまやねぇ」素直に感動する妹の顔を見る。さっきの車酔いが嘘のようだ。

「こうしたらもっとスゴいぞ」

陽人は笑いながら悠里の眼鏡を奪い取る。悠里の視界は一瞬にして、滲んだキラキラに変わる。

「あ、いやっ」悠里はビックリして声をあげた。

「……でも、慣れたら面白いかも、これも」

 イタズラのつもりが予想外のリアクションに拍子抜けし、陽人も思わず眼鏡を外してみる。

「そうかぁ?」陽人はすぐに眼鏡をかけ直した。

妹は何にでも喜ぶんだな、ということが分かった。

「やっぱ目は見えた方が綺麗やね」

二人は並んで夜景の方を向き直す。

「ねえ、お兄ちゃん」悠里が陽人の腕を叩くと、陽人は返事をして悠里を見る。

「あっちにお姉ちゃんたちいるよ」陽人の後ろ、少し離れた、二階の展望台にいる二人を指差す。

「ああ、でも僕らはもうちょっとここにいようか」陽人が切り返すと、悠里は黙って頷いた。

「篤兄はね、姉ちゃんに会いたかったんだよ……」

「私もそれはわかる」

 悠里も朱音が小さい頃は家よりも西守医院にいた時間の方が長かったくらいだという話を朱音や先生たちから聞いた事がある。篤信にとって姉の朱音は重要な存在で、自分達は「朱音の弟と妹」

という位置付けであるという認識は二人とも同じようにあった。

 静かな時間が流れゆく。町の光も、星の光も今日は優しく瞬いている。

「でもね、篤信兄ちゃんって悠里たちの従兄弟に当たるんでしょ?」

悠里は不意に陽人に問い掛ける。

「どこまでを親戚というのかは知らんけど、血縁的には繋がりはなかったはずだよ」

「そうなの?」

「うちの伯母さんの旦那さんが西守先生のお兄さん……やったかな?従兄弟の従兄弟で、伯母の甥っ子で……」

「全然わかんないよ」

「まぁ、とにかく篤兄は『他人』ということになるんだ、血縁的には」

「へぇ、悠里はずっと親戚だと思ってた」

「うちの家系にそんな優秀な人おらんで。篤兄はね、高校でもずっと一番やったんだって。うちの高校では有名な話なんだ」

陽人は遠い記憶を辿りながら説明する。二人とも自分の家系について親から詳しく聞いていない。それだけ家庭内が疎遠になっていたことが二人の心に浮かんだ。暫しの沈黙、夜の闇が二人を包む。

「篤信兄ちゃんは卒業したら神戸に帰ってくるのかな?」

暗い話題になりかけたところを悠里がうまくカバーする。

「医学部の学生は卒業したらどこかの病院で研修するらしいよ」

「どこの病院で?」

「知らない」

「ふーん、お医者さんになるのってホントに大変なんやね……」

「それは本当だ。尊敬しなきゃ」

「うん。そして大変やね、お姉ちゃんも」

さっき知った事実を思い出し悠里は思わずそうこぼし、もう一度陽人の後ろに目を遣った。妹の視点が変わったのを見て陽人もその視線の先を追う。遠くに見える姉とその幼馴染みは何を話しているかは聞こえない距離にいるが、その雰囲気はこの距離でも伝わってきた。

「はは、確かにそうだ」

「今までずっと待ってたんだよ。お姉ちゃん――」

悠里はまだ小学生だ、異性というものを意識した経験がないが、寒い星空の下で彼女の目に映る年の離れた姉を見て、その気持ちが分かるような気がした。朱音がいつもより綺麗なのが近眼の悠里でもはっきりと見えた。篤信と朱音、幼馴染みの二人がこれからもうまく行くことを悠里は疑わうことなく信じ、自分もあんな出会いをしてみたいと心をときめかせた――。


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