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帰郷  作者: xxx
第一章 誰にだって上手くいかない時って、あるよね。
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七 幼馴染み

「あーあ、何か面白いことないかなぁ……」

 朱音は仕事を終えて家路に向かう。仕事も順調とは言えず足取りが重い。駅から家までの上り坂が追い討ちをかける。辺りも暗くなってきた頃、やっとの帰宅。古い階段を上るとブーツの音が周囲に響く。その音を聞いてか、二階の柵に繋がれた柴犬のドンが家人の帰りを迎えた。

「今日も散歩に来てるの?良かったねぇ。でも今日は遅くないか?」

朱音は玄関前に繋がれたドンをあやす。妹の悠里が散歩に連れて来たのだろう、陽が落ち始めているのにまだ繋がれているのは悠里が忘れているのだと思い込み「また忘れたな」といいながら部屋の鍵を探していると、家の中から話し声が聞こえてきた。

「あれ、誰か来てるのかな?」

 朱音は鍵穴に鍵を差した。玄関のドアノブが回る音がした。古い家なので、ガチャガチャとする音が安っぽい。

「お姉ちゃん帰ってきたよ」

鍵の回る音は家の中からも聞こえ、悠里は玄関に回った。

「ただいまー。悠里ぃ、ドンが繋がれっぱなしよ」

朱音はいそいそとブーツを脱ぎ始めた。下を見ると見慣れない靴がある。

「誰か来とう?」

「あのね、お姉ちゃん……」

悠里は背伸びして、朱音に耳打ちする

「えーっ」

朱音は驚いて思わず声を出した。

「冗談でしょ?」

「ホントだって、ほら」

悠里は朱音の手を引っ張った。

「ね、音々ちゃん」

「篤信くん?」

朱音は長らく聞いてなかったアダ名に一瞬戸惑った。篤信も心の準備が全くできておらず、ただオドオドしている。

「ウソ、いやホントだ。あれ、何言ってんだろ、私――」普段はしっかり者の姉である朱音なのに、ひどく落ち着きがない。

「ちょっ、ちょっと待って。とにかく着替えて来るわ。」

朱音はそう言いながらもう一つの方の部屋に入って行った。滅多に見ない姉の慌てっぷりに弟妹は口をポカンと開けて見ていた。

「やっぱ来ない方が良かったかな?」

「ううん、そんなことないと思うよ」

「裏表無いから、姉ちゃんは」

二人はさっきのリアクションをそのまま捉えていいよと篤信に目で差した。

「嫌だったら怒ってるよ、今頃――」

悠里は朱音が怒っている格好を真似して見せた。

 篤信は悠里の真似に笑顔を見せるも不意の再会に鼓動が速まっていくのを感じた。



「何で、何でいるの?」

 朱音は自分の部屋に入り、襖を閉めた。自分に質問しながら着ていたコートを掛けて、鏡に映る自分の姿を見ながらもう一度考えた。隣の部屋から話し声が聞こえる、確かに弟妹と篤信の声だ。まだ帰って来ないはずの人がここにいる、間違いではないようだ。それを示すように朱音の心拍数が上がってきている。

 朱音にとっての篤信は、幼なじみというより、共働きだった両親が篤信の両親に朱音を預けることが多かったので、兄みたいな存在だった。子どもが一人しかいない篤信の両親にしてみれば「娘ができたみたい」とたいそう可愛がってくれたことを朱音はよく覚えている。それも陽人が生まれる以前のことで、陽人も悠里も二人は小さい頃いつも一緒だったとママ先生から聞いている。

 篤信は自分に厳しく、いつも高いハードルを設定し、そして失敗しない。そして彼が上京を決めた経緯や抱負もよく知っている、家族を除けば朱音にしか言っていないからだ。

「あれこれ考えたって何も変わらんよね、」朱音は鏡を見ながら髪を束ねる。弟と妹の前でカッコ悪いことも出来ない。

「どうした、朱音。しっかりしろよ」

英語で自分に言い聞かせた。



「お待たせ」

 着替えを済ませて戻って来た朱音はテーブルの横にある椅子に座った。朱音は仕切り後の雰囲気をどう繕うか考えたけど、敢えて冷静に、冷静に振る舞うこととした。ただ、陽人たちには姉の様子がぎこちないのは見え見えだったが、敢えて気付いていないフリをする。

「久し振りだね」

篤信も朱音が帰ってくるや、急にキレが悪くなって、朱音と同じようにぎこちない。油の切れたおもちゃみたいだ。

「ホント、久し振り」朱音も硬い笑みを返す。

「悠里ちゃんたちから大体聞いたよ。今まで大変だったんだね」

「うん、まぁ――。先生から話は聞いてるかと思ってた。何か言いにくくってさ――」

 篤信と朱音――。陽人と悠里から見れば、学年は二つ違いだが篤信は早生まれなので年は一つしか違わず、お互い接した時間も長いことから自分達より近い間柄であることはよく知っていたのだが、感動の再会という感じではないのが傍観者の立場からは明らかだった。

「何か気まずそうよね」

「ああ、何かあったんかな……」

陽人と悠里は耳元で会話をしながら姉の様子を窺っている。

「俺達外してようか?」

 陽人は一度悠里と顔を合わしてから朱音に言ってみたが、その表情を見て自分の言動を後悔した。困惑の表情から助けを求めるかのような顔になったので二人はその場を立つことが出来なかった。

 陽人たちは篤信が大学を卒業するまで神戸に戻らないとは聞いていないし、覚えていたとしても朱音のような驚き方はしない。普通なら親しい人との再会を喜ぶだろうと思うのだが二人のぎこちなさに何かあるのだろうと思った。

 気まずい沈黙が部屋の空気を覆う、お茶をすする音が寂しく聞こえる。狭い空間が閉塞感を助長する。

「何か、狭くない?」

陽人が沈黙を破る。次の話題を姉に振ってみる。

「あ、そ、そうね。」朱音は弟の出したサーブを受けた。「ここじゃ何やから場所変えようか?」

「変えるってどこ行くの?」

一同沈黙、考え始める。

「久し振りに帰って来たから、山行って夜景でも見に行こうか、どうだい」

篤信が提案を出す。

「悠里行ってみたい」一番に食いついたのは無邪気な悠里だった。

「いいねぇ、でもどうやって行くの」

「僕が家から車とってくるよ」

「免許持ってんだ」

「ペーパーだけどね。東京でも運転することないけど」

「じゃあ早速行こうよ。ボロ家におっても前進まんし」

 四人が同意を示すように頷いたと同時に、玄関前から痺れを切らしたドンの鳴き声が聞こえてきた。

「いっけね、また置きっ放しちゃったよ、ごめんよぉ」

 篤信は三人に一旦別れを告げ、車を取りに自宅へ帰って行った――。


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