三 ギミック
小さな貸しスタジオにうねるような音が流れる。人によればそれは雑音に聞こえるのだが、彼らにしてみれば一応形を整えた音楽。良し悪しはさておき固定のファンがいるということは、彼らの演奏は「音楽」と言えるものなんだろう。
地元の、そのジャンルでは名が通った高校生バンド、ギミック。ギターを掻き鳴らし、歌を歌う基彦。ベースを弾くのは二人より一年先輩の郁哉。そしてこのバンドの曲を作り、ドラムを叩くのが陽人。
この中でも陽人のキャリアは高校生ながら長く、4歳の頃からピアノに慣れ親しみ、かつては数々のコンクールで入賞するほどの実力の持ち主で、中学に入って今の音楽と出会いバンドとして活動する楽しさを覚えた。ドラムはピアノを習う傍らでリズムの練習をしていたことでその腕をあげた。その頃同じく地元で有名なバンドのドラムスとして参加し、インディーズではあるがアルバムに名前を載せた経歴がある。その後陽人は、高校に入学後自分のバンドを求め、考えの近いメンバーを探した。それで集まったのが、小学校からの仲間である基彦と、基彦の信頼している先輩である郁哉が加入、3ピースバンド・ギミックとしてスタートした。
長身で勢いのある基彦、小さいながらバンドの運営をする陽人、二人をうまく纏める先輩の郁哉。キャラはそれぞれだが、それ故の纏まりがある。
曲を書くのは陽人の担当だ。彼の書く歌詞は甘い台詞などなく、音は激しくかつ重い。それは陽人が育った環境や背景に由来する。
中学校に入学した頃までは何不自由なく、むしろ裕福な家庭環境のもとで成長した陽人であるが、中学受験の失敗、家庭の不和そしてj崩壊、身勝手な両親の放任、家庭内での孤独感、結局の離婚、大きな一軒家から小さな文化住宅への転居を経験してきた。
荒れた時期が確かにあったことを陽人は認めているが、いい仲間に恵まれたのか、本人が落ちきれなかったのか、又、今やっている音楽があったからか、ワルにはなりきれず今は地元の公立高校に通っている。
「あの時に較べたら今の方がずっとマシなんだ。決して満足とも言える状況でもないんだけど――」
と陽人が言うのを見て、基彦と郁哉は
「それぞれ家の事とかは干渉しないけど、『あれ』以来陽人の顔色は良くなった」
「もともと陽人はいつも考え込んでるイメージがあるから」
と説明する。二人は、生まれつき色白で少し茶色がかった髪、三人の中では最も華奢な風体であるギミックのフロントマンを評する。
現状は現状。不満が無い訳ではないが不満を爆発させる程でなく、かといって満足でもなく…、
だけど何かやりきれない宙ぶらりんな10代の若者たち。彼らはそのやりきれなさのを表現のする方法に音楽を選んだ。
「誰だって言いたいこと、共有したいことはあると思う。表現の方法は何でもいい、それが受ける側の代弁するものであれば――。その方法がたまたま音楽だった」というギミックの姿勢は同世代の共感を呼び、地元では小さな話題となり、地元のインディ・レーベルからアルバムを出すほどにその活動は成長していた。
そんな高校生バンド、ギミックであるが、ベースの郁哉が大学受験の本番に突入するため、年末のライブで活動を休止することが決まっている。当面は残った二人で考えもって進めるつもりではあるが、来ることがわかっている現実が近付き、岐路に立つことを余儀なくされ、それに対して具体的に考えていない陽人は最近元気がないのだった。進学校に通う陽人であるが、家庭の現状を考えると学校の勉強というよりも進学というものに大きな壁を感じる現状、それがギミックの活動を止める要因となっていることに自分だけが納得いかず、その事は誰にも言えないでいた。
「OK、OK」基彦がギターを弾く手を止める。その合図を見て後の二人も手を止める。
「郁さん抜けたらこれからどうする」
基彦が話を切り出す。陽人とは長い付き合いだから、最近考え事が多いのが様子で分かる。日頃から陽人の進めてきた方法を賞賛していたのだが、確認したいことがあった。
「残ったもんでやりもって行こうな」
陽人が答える。陽人の中では一応の妥協点としているのだが、この答えにはここにいる三人の妥協点でなく、陽人自身も納得のいく回答でないことは重々承知している。
「まぁ、それでもいいんだけど……」
基彦はスッキリしない感じで言う。
「こないだ俺と宮浦とで話しとったんやけど――」
ここは先輩の郁哉が割って入る。一度基彦の方を向いて、陽人に話しかける。
「俺の都合でこうなってしまうのもアレなんやけど、いっそのことギミックを3つに分けたらどうだろうか?」
「えっ――、マジすか……」陽人は予想外ないきなりの言葉に驚いた。今まで原案は陽人が考え、バンドの方向性を決めるに当たっては、いつも三人で決めてきたので「二人で話していたこと」というのが気になる。咄嗟に横にいる基彦の方を見たが動じる様子なく、郁哉の話を黙って聞いている。
「宮浦、お前いつそんな話したん?」
「別に抜け駆けと違うぞ、俺だってそれなりに考えてんだ」基彦はそう言って陽人に答える。
「俺たち二人で続けるよりは、郁さんの考えはいいんじゃないかと思う。うまく説明できないんやけど――」
基彦が言うにはこうだ。それぞれが活動をする。それぞれが経験を積み、気が合えばまた集まるだろう。いずれ活動休止するのは予定されていたのだから綺麗な引き際を望むということだ。この先もっといい活動ができればそれはそれ、回顧する機会があればまた一興、拙いながらもそう説明した。
「そういう陽人はどうよ?」基彦が聞き返した。
「俺?んー、そうやね……」
陽人自身の考えでは、曲は自分が書いている、
ただ自分がドラムを叩きながら歌うというのは選択肢にない。
そもそも陽人がギミックを結成するきっかけとなったのは、自らギターを弾いてヴォーカルをしたかったからだが、自分のイメージ通りのドラムを叩く人がいないまま、基彦たちと意気投合したことから結局ドラムに収まっている。案外これがうまい具合に進み、地元では有名になったのだった。
しかし自分の理想とするドラマーがいればと考えるとなるとどうだろう?その問題については正直回答に困る。秤に掛けるとつりあうくらいだ。しかし今まで作った環境を壊したくはない、でもギミックは大きな岐路に立っている。実際に別のバンドを組むまでに至ってないものの、自分に合うドラマーを模索しているのも事実で、ギミックの活動と並行してやっている。
陽人の秤が傾かんとしているのも否定しない。でも二人の手前言い出せない。結局は現状を保険にかけて新しいことを模索している自分に後ろめたさがあったからだ。
「言わんとすることは分かるけど、なんか、こう―、イメージないなぁ」
陽人は、二人の意見に肯定も否定もしなかった。自分自身の意見にもまとまりが無かったからだ。
「俺が首都圏の大学を志望しているのは知っとうよな?まぁ、まだ決定したわけちゃうけど…、兎に角さ、それぞれの活動をしていつの日か再結成!ってのはどうだ?」
郁哉は神戸を離れる、活動休止ではなく、ギミックの無期限的脱退を仄めかす。
「勿論俺は音楽を続けるよ。落ち着いてからだけど」
「いつの日かって、いつ?」
「未定だな。ただ言えることは、ギミック再結成の日まではね。思い入れがあるんだ、それなりに」
今まで大きなトラブルなくやって来た三人。ただの仲良しクラブでもなく、意見することは遠慮なく意見してきた、仲間だからこそ、郁哉も基彦もメンバー変更とかでなく、三人で跳び立ったバンドのいい着地点を模索している。これを終わりにするのではなく次なるステップにしたいと思っているのだ。しかし、一方の陽人は二人と違って具体的にこれからのことは考えてなかったのだった
「まだもう少し時間があるから、もうちょっと考えさせてよ」陽人が提案した。二人は頷いて同意を示した。
「ちゃんと結論出すから……」今までバンドの運営をしてきた陽人がメンバーから求められる。逆の立場に慣れていない――。というより、今まで鼎立の関係でバランスを保っていたギミックであったが、終盤になってその力関係が微妙に変化しているのを陽人は感じた――。
陽人はドラムソロで始まる曲のイントロを弾き出した。二人は併せて自分のフレーズを弾き出す。さっきまでの会話はひとまずお預けとなる。
郁哉と基彦は陽人の心中を察した。二人とも「陽人が集めたバンド」である意見には変わりがない、だから彼に決断を委ねた。
三人の奏でる、というよりはがなりたてる音がスタジオに響く。残り少ない活動時間。それぞれの考えはとは別に、ギミックの音は一つの束になる。
がなり立てる音はどうにもならない世の中や自分、現状、周囲の環境への怒り、陽人が書いた詞は「だからといって気にするなよ」と言う諦めに似た優しさを表す。誰にだってやりきれない事がある。陽人は直接的な表現はしないが
「環境の違いはあるが、人ってみんな同じなんだ――」
と言う。人はやりたいことのためにシフトする、誰だってそうだ。それができないときは考える、それでも駄目なら諦めるか、もがいているのかのどちらかだ。
陽人は今、もがきながらも何かを模索し続けている。その中で音楽を創り出した。その姿勢がギミックの姿勢であり、今ここにいる二人を始め、同世代の賛同を得た。
やってみなければ
出来なかったことすらわからない
それが分かるだけでも
無駄じゃないんだよ
陽人は自分の書いた歌詞を自分に言い聞かせた――。