女…?
いきなりだが、地下牢というのはとても暗いものだ。
一応、通路には魔法で造られた灯りが半永久的に輝き、看守の行く先を照らし、囚人に光をもたらす。
この光にはあまり温かみというのは無いのだが、それでも光っているだけで、人を落ち着かせる効果がある。
もしここが真っ暗闇だったとしたらその恐怖は今の比ではないのだ。
分からないものは怖い。
人間とはそういう生き物だからだ。
灯りは上の階ほど多く設置されており、下に進むにつれてどんどん暗くなっていく。
エルクはアメリアに従ってどんどん下の階に下りて行きながら、その恐ろしさを改めて実感していた。
牢獄に入っていたはずのエルクがどうして下に降りているのか。
その理由は簡単だ。
牢獄の鍵が、エルクにとっては効果がなかったのだ。
今までだって壊して抜け出そうと思えば容易にそうできた。
そうしなかったのは、ミーシャが捕らわれていて、安全が確認できないからだ。
もし、自分のせいでミーシャに危険が及んだとしたら、兄のテロアに顔向けができなくなる。
そのため、最初は無理をせず、アメリアとのやり取りが終わった直後、鍵を壊してすぐに下へと進み始めたのだった。
そして、すでにその姿は最下層にまで達していた。
☆
「ライト」
簡単な呪文を唱えると、辺りを光が照らす。
しかし、この光が照らすことのできない領域は、本当に真っ暗である。
とうとう最下層まで来た。
ここまでは特に問題もなく進んでくることができた。
少し困ったのは、その辺に転がっていた骸骨が恨めしそうに俺を見ている気がしたぐらいだろうか。
骸骨たちがまだ動いているとしたらなかなかに怖い状況だが、アンデッドでもないことが分かっていればなんら怖くはない。
置物ぐらいにしか考えないことにした。
囚人達は生きているのか死んでいるのか分からないぐらい不動を貫いているし、わざわざこっちを見てくるやつもいない。
もう人生に絶望して、何もかもどうでもいいと思っているのかもしれない。
それにしても、ここまでくると本当に光源が無い。
さっきの階まではギリギリ視界が確保できるぐらいの灯りはあったのに。
まぁ俺基準での話だが。
しかし、この階に降りると、一気に視界が暗転する。
目に映るものは、暗闇のみ。
自分の姿すら確認できない。
看守のためにも、せめて百メートルに一つぐらいは光源あってもいいんじゃないかと愚痴を漏らしたくなった。
周りの状況は、気配を察知することでおおよそ掴むことができるが、アメリアがどこにあるかまでは分からなさそうである。
さっき受けた指示はとりあえず最下層まで下りろというものだった。
あまりに漠然としていて、もう少し詳しく聞きたかったのだが、アメリアがテレパシーの限界だったらしく、それ以上は分からなかったのだ。
もし見つけたら、その辺に関してしつこく文句でも言ってやろう。
さて、それはいいとして……。さっきから歩き回ってるんだが何も進展がない。
これでもアメリアの魔力を探しているつもりなんだが。
さっきの会話を思い出して、その時の魔力を感じるようにしているのに、痕跡がまったくない。
いや、全くないなんてありえない。
もう少し探してみようと思う。
『どうだ?そろそろ手がかりぐらいは見つけたか?』
(いきなり来やがったな。おい、なんかヒントとかくれよ。魔力も出してないし)
『……すまぬ。すっかり忘れてた。気にしないでくれ』
(忘れてたとか言われても……。それで? どこにあるんだ?)
『むぅ……。せっかちなやつだ。……うむ。今なら分かるのではないか?さっきより力を強めた。長くはもたんから早く見つけてくれ』
(分かった。すぐにやる。)
それからすぐにアメリアが言った通り、今までなかった魔力の気配を感じることができるようになった。
忘れてたなんて、とんだうっかりミスだ。
魔力は壁から感じられるし、どうやら壁の中に埋まっているみたいだ。
地図と照らし合わせても道があるとは思えない。
どうしていいか分からなかったので、試しに、壁を壊すために、壁に蹴りをいれたりしてみた。
すると、当然のことだが、壁が壊れるわけもなくガツンという無機質な反動が返ってきただけだった。
それから気配を感じる所に近づけるような場所に何度も同じことをしたが、脆い所は無く、脚の痛みが増えていく一方だった。
(ん? どうなってんだ?)
いつになっても目標に近づけない。
一度考え方を変えるべきだろうか。
さて、そうとしたらどうするか……。
とりあえず魔力を感じる方向をより細かく判別し、そこにある壁をなんとかしよう、と思った。
☆
この方向で間違ってないと思う。
よし。
一応周りの壁と比べてどこか変なところはないかと調べてみた。
そうすると、魔力を感じる方向にある壁は色が周りより黒く、少し盛り上がっているように見える。
ただ、かなり疑って見ないと分からないぐらいの違いだ。
さらに壁自体にも魔力の存在を確認できた。
多分壁に魔法がかけられている。
この魔法は恐らく幻影を見せる魔法だと思う。
俺は壁を幻視させる魔法自体を弾き飛ばすために魔力を集中する。
「はぁぁぁぁぁ!」
パァン
案外強かったが、なんとか幻影が消えた。
本来の姿を現した壁……いや、そこにあったのは扉だった。
その扉の第一印象は、真っ黒だということだ。
さらに、扉全体が黒曜石のような黒色の石材でできており、いかにも重そうだ。
見たところ引き戸のようで、取っ手はない。
おそらく普通の人間ではこれは開けれないだろうな。
この重さは並ではない。
俺だって一人でこれを開けるなんていう無茶はしたくないが、いたしかたないな。
俺は引き戸に手をかけ、思いっ切り引いた。
「うあっ?」
予想に反し、扉は少し力をいれただけでふっ飛ぶように開いた。
軽量化の魔法だろうか。
また面倒くさいことを……。
そんなことなら目印に灯りでもつけてくれればいいのにな。
そんなことを考えながら、現れた部屋の中に入っていく。
まず、そこは空気が違っていた。
古い魔力が残っているのか、感覚がおかしい。
中は、少し広めのホールみたいな部屋があり、ポツンと一本の剣が浮いている。
多分あれがアメリアなんだろうと思う。
見つけたら文句ぐらいは言ってやろうと思っていたのに、芸術的な作りと禍々しい程の魔力で光り輝く魔剣に、思わず見惚れてしまう。
刀身は透き通るように美しく、細部まで作りこまれた柄やグリップに目を奪われる。
しばらく遠目からぼーっと眺めた後、自分の目的を思い出してアメリアに近付いた。
近づいて見るとよりそのすごさが分かる。
細身の柄はその存在が伝説とまで言われるミスリル鉱石でできており、刃にはアダンマイト鉱石が使われている。
魔力を伝導しやすいミスリルと硬さでは頭一つ抜けているアダンマイト。
こんなに扱いやすく頑丈な剣は他にはない。
それに、この剣には自我がある。
使用者は剣を通して魔法を使うこともでき、剣が独自に使うこともできる。
やはり伝説級の剣だ。
そうしてまたしばらく観察してから、俺はようやくアメリアに手を伸ばす。
『ありがとう、エルク。ようやく私はこの長い封印から解放される』
ああ、どういたしまして。
そして、これからよろしくなと呟きながら俺は光り輝く魔剣を握った。