アメリア
ルーナとの会議のような話し合いが終わった後、エルクは再び地下へと送られた。
さっきの看守と、またもや二人きりで地下へと向かう。
看守を気絶させて抜け出すのは簡単だが、その後にどうしていいか、まだ分からない。
そう考えたエルクは、大人しく指示に従った。
結果、再び暇な牢獄生活が始まった。
牢から出た時と帰ってきた時との違いは、ルーナからもらった地下牢の地図を隠し持っていたことと、少しだけ心配が軽くなったことだった。
あくまで少しだけなのが残念ではあるが。
とりあえず、今はルーナに任せることぐらいしかできることはない。
そんな行き詰まった状況で、エルクは今後の自分について考えながら寝転ぶ。
不思議と牢獄の中の土砂は無くなっていて、ゆったりと寛ぐことができた。
「もう結構この国に仕官してきたしなぁ……。そろそろ冒険者に戻ってもいい頃だよな」
カグヤにも良い経験になっただろうし、と呟いてみる。
もともとこの国に来た理由は、落ち着いて生活できる場所を探すことだった。
山でカグヤを拾ってから、無茶な仕事はできなくなり、仕事に長時間を費やすことも難しくなった。
カグヤを一人にはできなかったからだ。
幸い、それまでに稼いだ金は多過ぎるくらいたまっていたので生活に困ることはなく、普通に暮らしていた。
それならいっそ、職を得て、安定した暮らしをしてみるのもいいと思ったのだ。
当時、塞ぎ込んでいたカグヤも、色んな人と接すれば元気になるかもしれない、という考えもあった。
自分だけではカグヤを癒すことはできないと思っていたし、何より早く元気になってほしいと思った。
実際、この国に来てから数年たつが、性格も少し明るくなり、俺以外の人にも心を開くようになった気がする。
昔はひどかった。
いつも俺がそばにいないと落ち着けない子だったのだから。
そして、俺がいても、いつも何かを怖がっているかのように震えていたものだ。
もしかしたらカグヤは、この見知らぬ世界全てに怯えていたのかもしれない。
昔のカグヤには色々とエピソードがある。
例えば、街で宿に泊まった時には必ず俺の部屋で寝るために部屋に入り込んできたりしてた。
わざわざ別々の部屋を取っているのに、だ。
事前に何も言ってこないから、最初は本当にびっくりした。朝起きたら同じベッドにカグヤが寝てるんだからな。
二人で部屋から出てきたところを宿屋の主人に見られて「昨晩はお楽しみでしたね」とか言われたこともある。
野宿の時なら構わないが、さすがに宿の時は困ったものだ。
そのカグヤが、今となっては完全な個室で寝ても大丈夫になったらしい。気合で克服したと聞いた時はさすがに驚きすぎて反応できなかった。
他にもいろいろ克服してきたみたいだし、本当にあいつは成長した。
最近カグヤを見ていると、段々この世界に来る前の昔の性格に戻って来つつあるんじゃないかと思う。
笑顔も増えてきているし。
でも、カグヤはもともと可愛いからなぁ……。
性格が元の世界と同じようになれば、周りの男共がみんなアプローチしてくるかもしれない。
そうなったら俺はどうするんだ?
いや、それはあいつの自由だよな?
……………。
おっと……。いつのまにか話題がずれてたみたいだ。
カグヤのことも考えると、この国にも結構な恩がある。
カミラはなんだかんだ言って傭兵だった俺を厚遇してくれたし、テロアは貴族のくせに気兼ねなく話してくれる。
ルーナにはサフラムに来た当初から世話になった。
まだ普通の騎士だった俺に、この国のことを詳しく教えてくれて、カグヤのことも気にかけてくれている。
軍を動かすことに関しても一流で、戦略を組み立てるのも実に上手い。
今でこそ対等な立場にいるが、まだまだあいつには及ばないところがたくさんある。
あいつもかなり可愛いしな。
貴族同士で結婚したりもしないし、どうするんだろうな。
……まぁ俺にはどうしようもないことだが。
すぐに思いつくことだけでも、こんなに俺は救われてる。
そんな国を今更見捨てるわけにはいかない。
こんな俺でも役に立てる事があるのならいくらでも手を貸したい。
せめて今の状況ぐらいは解決しておきたい。
「やっぱり冒険者に戻るのはもうちょっと先になるよな」
昔のような誤ちはもう犯さない。
いや、違う。犯してはならない。
もう大事なものを喪うのは嫌だから。
「今度は護ってみせるぜ。見ててくれよ…リリー……」
『汝力を求めるか…?』
ん? 今のは俺の声じゃない。
ここはずっと静かだったし、他の囚人も見ていない。
看守がいる気配もしない。
となると……もしや幽霊か、と本気で考えだしたところ、もう一度声が響く。
『私は幽霊ではない。もう一度聞こう。汝、力を求めるか……?』
そうだとしたら一体何なんだ?
余計に分からなくなった。
ていうかこいつの言う事信じていいのか?
幽霊が自己申告で幽霊ですとは言わないはずだしな。
『お前はなかなか疑り深いやつだ。歴代の使い手の中でもその点ではトップクラスに入るだろう。そもそも使い手など片手で数えるほどもいないが』
使い手だと?
式神とかそういう類のやつか?
『なかなか良いところをつく。さすがは私の見込んだ剣士だ。いきなりのことなんだが、私にはあまり時間がない。大人しく言う通りにはしてくれないか?』
正体ぐらいは明かしてくれてもいいだろ?
それに……さっき気付いたんだが、俺さっきから喋ってないぞ?
なんで会話になってるんだ?
『もう正体を聞いてくるとはせっかちな奴だ。会話の方は、テレパシーみたいなもので直接お前の心とつながっている』
テレパシーだと?
昔の魔法でそんなような魔法があるとかないとか聞いたことがある。
あくまで一つの説で、確か否定的な意見の方が多かったはずなんだけどな……。
まぁそれはいい。
とりあえず自己紹介ぐらいしてくれ。
じゃないと従う気にもならん。
『……強情な……。そこまで粘るなら仕方がない。私もそろそろここから出るべき時が来たはずだしな。正体をバラすぐらいはしてもいいか』
そうだとも。友好のためにも早目に頼む。
『うむ……。では言うぞ……。
私の名前は…名前というか銘になるが…アメリアという』
……おい…アメリアってあのアメリアか?
遥か昔に創られたとかいう無敵のあれか?
『おぉ!知っておったのか!それは良かった!説明の手間が省けたぞ。もう少し詳しく言うと、私は魔剣アメリア。3000年ほど前、この大陸から侵略者を守る為に造られた。私を造った魔法使いの名はレイーム。ここに眠り始めたのは500年くらい前の事だ。お前が来るまで寝ておったのだが、その力の波動を感じて目を覚ましたのだ』
……どうやら俺の知ってるアメリアと同じみたいで安心した。
それにしても、そんなやつが俺に何の用だ?
『先程の問い掛けを覚えてるか?』
ああ。当然だ。
『それに全てが詰まっている。お前はさっきそう願ったのではないか?自分では気付いているのだろう?』
……。
『再度聞こう。汝力を求めるか?』
……。
『これに応えれば後戻りは出来ないかもしれない。それでも応えてくれると信じている。
なぜなら、今こそ力が必要な時だからだ。どうなのだ?』
……俺では力不足じゃないのか?
俺は自分が大陸最強だとは思わない。
後で後悔しないか?
『私を目覚めさせた男を見限るほど馬鹿じゃないつもりだ。それに、気持ちが強ければ強さなど勝手について来るものだ』
…ふはは……。
そこまで俺を認めてくれるのか。
いいだろう。
俺だって今のままではこの状況は打開出来ない。
俺に力を貸してほしい。
俺は…力を…求めよう。
『いいだろう。私を使いこなしてくれることを願っている。よくぞ決断した』
歴代最強と言われる魔剣アメリアと、「神速」エルクとが出会った瞬間だった。
この時から、大陸の小国が少しずつ強国への道を歩み始めることを、まだ誰も知らない。