交渉
今度はエルクさんピンチの回です。
陽射しの眩しい今日この頃。
その中でも、今は最も陽射しが強いお昼頃である。
今日は、日の出前にプランツを出発し、それからずっと馬でのんびりと歩いてきた。
そして、ようやく目的地である、王都イシリスに辿り着いた。
その証拠に、荘厳な門として有名な、ネティス門が目に入ってきた。
ネティス門というのは、王都イシリスの東門にあたる、東西南北にある門の中で一番豪華な門である。
その本来の役割は賓客や他の王族を迎える時にこそある。
なぜなら、この国の王都の入り口を通る者を圧倒することがネティス門の使命だからだ。
実際、今まで一体どれだけの要人達が眼前に広がるこの門に感嘆してきたのだろうか。
大きいだけではなく、細部まで作り込まれた装飾。
訓練された兵士たちの活発な動き。
それらを見れば、きっと誰でも賞賛するはずだ。
俺は要人ではないが、この門に圧倒された人間のうちの一人である。
初めて見たのは、俺がまだ小さい頃だった。
決してこの国の生まれではないが、 旅行というより旅をして、よく見に来たものだった。
そのせいか、ネティス門を見ると、今でも両親や昔馴染みの友人を思い出す。
そして、それと同時に、ようやくイシリスまで辿り着いたと思わずにはいられない。
プランツからイシリスまでは普段なら二~三時間で行ける距離だが、今日は六~七時間もかけてきた。
暗殺者の警戒というのも理由の一つだ。
もう一つは、ただ単純にゆっくり来たかっただけ。
そうだ。
今日はどうしても、街道を通って、ゆっくり王都に行きたかった。
というかこの国の姿を目に焼き付けておきたかった。
のんびりとした田園風景。
穏やかな人々。
豊かというわけではないが、落ち着いた街並み。
とても戦争が多い国とは思えない光景だ。
いつもは、こんなに素晴らしい風景を残すために俺達は戦っているんだと思うと、自然と士気も上がってくる。
でも今日だけは少し違った。
今は決意と悲しみが心に残っている。
この国を守りたいという決意と、もうこの姿を見れないかもしれないという悲しみだ。
もしかしたらもうカグヤにも、ルーナにも会えないかもしれない。
一応、ミーシャにも。
会えなくても怒らないでほしい。
俺だって辛いんだから。
ー☆ー☆ー☆ー☆ー☆ー☆ー
気付いたら、王城の中にいた。
最近、ようやく城門ぐらいは顔パスで通れるようになったからか、普通に入れてしまったのだ。
昔は、平民ということでさんざんばかにされていたが(主に貴族に)、戦争で活躍する度にそういう声は少なくなった。
階級が上がれば上がるほど、表立って批判してくる輩は限られてくる。
今ではカルロスぐらいしか思い当たる奴がいない。
しかし、差別なんて、この国の生まれでもないただの平騎士が故の宿命みたいなものだから、そんなに気にはしていない。
気にするだけ無駄だ。
無くなればそれはそれで嬉しい。
それぐらいに考えておけば丁度いいと思う。
たとえ、国王になったとしても批判などは消えやしないのだから。
馬を降りて少し歩くと、正面からカルロスの副官が近づいてくるのが見えた。
普段なら面倒くさいので会いたくない存在ではあるが、カルロスに会いたい今は、絶好の相手と言える。
俺は何の迷いもなく、声を掛けた。
「ちょっとそこの君。俺は第八騎士団団長エルクという。今すぐカルロス将軍に会いたい。取り次いでくれるか?」
「……承知した。少し待たれよ」
真面目そうな副官は、そのまま立ち去り、どうやらカルロスに伝えに行ったようだ。
ここで、折角なので、カルロスを少し試してみようと思った。
どれくらい待たされるか。
今回の指標はそれに尽きる。
カルロスは俺のこと嫌ってるせいか、いつもは部下の取り次ぎも遅い。
本当に地味な嫌がらせだ。
もし時間が短ければ、少し怪しい気がするし、逆に長ければいつも通りである。
いろいろと考えていると、副官は、十分程で戻ってきた。
「エルク殿。将軍は私室で政務をしておられる。そちらで将軍が待っているそうなのでそちらに行ってほしいのだが」
「あ、ああ。分かった」
分かったとは言ったものの、あまりの早さに驚きは隠せなかった。
思っていたより対応早い。
普段ならあそこで30分は待たされる。
確かに今は一応戦時中ではある。
伝達を早くするのも分からんではない。
しかし明らかに早すぎる。
何か裏があると考えるべきかもな……。
のこのこと説得に来たのは失敗だったかもしれない。
「エルク様?どうかされました?場所が分かりませんか?」
「いや、大丈夫だ。少し考え事をな……。すぐ行く」
ここまで徹底されているとなると本格的に危ないぞ。
でもここまで来て行かないわけにもいかない。やるしかない。
「覚悟決めるか……」
そう呟いてからからカルロスのいる部屋に向かって歩き始める。
俺はどこかに暗殺者が潜んでいることを警戒しながら、通路をゆっくりと進む。
擦れ違う奴らが襲ってくることはないと思うが、上から来たりするからな。あらゆる方向に集中しなければならない。
さすがに下から仕掛てくることはないはずだが。
それと同時にカルロスを説得する方法を考える必要がある。
こういう仕事は普段カグヤに任せっきりになっているため、交渉術とかそういうものは傭兵時代からまったく進歩していない。
傭兵の時は一睨みすればだいたいの要求は呑んでもらえたのも原因だろうか。
これから文官能力もつけていかないとな。
結局どう説得しようか考えている間に部屋に着いてしまった。
コンコン
「入れ」
ガチャ
「エルクじゃないか。お前は戦争の準備もせずにこんなところで何してるんだ?」
まるでずっと前から準備していたかのような言葉だ。滑らかすぎて不気味だ。
いかにも不機嫌そうな雰囲気を出して喋ってくる。
まぁそれはいつものことなんだけどな。残念なことに。
「部下に俺より優秀なのがいるんだ。俺なんかが口出しするまでもないさ」
さあここからどうしようか。
どう切り出すべきか。
「まずお前はその言葉遣いをなんとかしろ!不敬罪で捕まえるぞ!それで? 今度は職務怠慢か。平民のくせして団長になんかなるからだ。陛下もこんな者を取り立てて……」
いつもにまして文句ばっかり言ってくるじゃねえか……。さすがに普段からここまで言ってくることはない。こんなのが上司だとしたらさすがに逃げ出している。
今の対応については、俺を焦らそうとしてるのが丸分かりだ。
本題に入らないつもりだろうか。
それなら俺もここは慎重にいくべきだ。
直接言うのは後にしよう。
「俺がわざわざこんなところまで来た理由はお前も知ってるんじゃないか?」
「はぁ?何を言っておるのだ?」
まだとぼけるか。
「芝居も大概にした方がいいぞ。さっきの副官の対応といい、あっさりここに通したこと
といい……。分かってるんだぜ」
「エルク!いい加減にしろ!さっきから何のことを言っているんだ?」
なるほどね。
あくまで自分からは言わないんだな。
俺に言わせて大逆罪にでもするつもりか?
「白を切るのはやめろ。お前はこの国になんの愛情もないのか?」
「私をお前呼ばわりするな!まったく……」
っ…! こいつ……。
さすがは将軍だな。そこまで昇りきっただけのことはある。
こうやっていつもライバルを蹴落として来たんだろう。
「確かにカミラがいる限り、これ以上の出世は出来ないからな……。お前の気持ちが分からんこともない。だがな、結局それも王の座に着いたら終わるんだぞ?」
「さっきから何なのだ?的を射ないことばかり言いおってからに」
やはりこいつは侮れないな。
俺ならここまでしらを切ることはできない。言ってて馬鹿馬鹿しくなってくるからだ。
もうそろそろ面倒になってきた。次あたりで誤魔化されたら決着を付けにいこうか。
「最近面白い話を小耳にはさんでな。とある国のとある将軍が国を裏切ってフラシールに寝がえろうとしている……とかな」
「ほう……? それはどこの国の誰なのだ?」
「お前だよ… 馬鹿野郎!」
その瞬間俺はカルロスに向かってダッシュし、剣で斬りかかっていた。
カルロスは微かに笑いながら剣を抜いた。
その顔を見てから不味いと思ったが、もう止まらない。
俺の剣が風を切って裏切り者の体を切り裂こうとするが、ことごとく受け止められる。
カキーン キンッ カンッ
怒りに任せて剣を振るうが、簡単には倒せない。
肩口からの袈裟斬りを放てば剣で防がれ、そこから切り返して、反対側から放った水平斬りも剣で防がれる。
逆に剣を弾かれて突きが放たれる。
それを距離をとって逃れると、背後には兵士が集まっていた。
「……ふはははは。お前は馬鹿だ。私が裏切った時にお前が邪魔になることは予想済みだったのだ。どうやって排除するのがよいかと思っていたら……。まさか自分からそのチャンスをくれるとはな。ここにきて運が味方してくれている証拠だ。おい衛兵!エルクを捕らえろ!」
「そんな事だろうと思ったぜ。妙に素早く俺を通してくれるからな。怪しすぎるんだよ」
「今さら何を言っても無駄だ。大人しく捕まるがいい」
俺たちが話しているうちにも兵士達が集まってくる。
もはや囲まれている。
この部屋に逃げ場はない。
「忘れてないか? 俺は「神速」だぜ。そんな簡単には捕まらないぜ?」
「これを見てもそんなことが言えるか?」
そうカルロスが言うと、今度は兵士に連れられて手を縛られたミーシャが入ってきた。
顔に少し殴られたあとがある。
どうやら抵抗して殴られたようだ。
「っ……! エルク……。ごめんなさい……」
ミーシャは変な奴だがああ見えてれっきとした貴族だ。
ここまでするってことはカルロスはもう他の団長達の掌握に走っていると考えていい。
俺とルーナは後回しだったってことか。
もし団長たちがカルロスに味方すれば、カミラの首を狙うのも遠くはない。
そういうことだろう。
「ミーシャ……」
「私のことなんか構わず逃げて!」
バキッ
「ぁぁッ……。くっ……」
「カルロス‼ お前そこまで落ちたのか……」
「ちょっとうるさかったんでな。さて、エルク……。お前の答えを聞かせてもらおうか?逃げるのか、それとも大人しく捕まるのか……。忘れるなよ、可愛いミーシャ・エルネストの命はお前の行動次第だ」
かなりやばいな。
俺一人なら逃げるのはたいしたことじゃないが……。
このままだとカグヤだって危ない……。
くそっ! 侮りすぎたか………。
ここまで準備が進んでいるとはな……。
この状況をなんとかルーナにだけは伝えておきたい。
「分かった。俺を捕まえるがいい」
「剣を外せ。短剣もな」
ゴトッ カラン
「これでいいか?」
「ああ。さあこいつを縛りつけろ!地下牢にでも入れておけ」
「はっ」
「エルク……。お前は実に惜しかった……。私があと少し油断していたら危ないところだった……。それじゃあまた機会があったら地下牢で会おうじゃないか。機会があれば、の話だがな」
ルーナへの連絡方法を考えながらカルロスに背を向けて歩き出した俺は、後頭部に衝撃を受けた。
「エルクゥゥゥッ!」
急所を殴られたせいか、堪えることはできず、意識は簡単に飛んで行ってしまった。