第11話 失ったものと残ったもの
数日後。
悠斗は果実酒を片手にレオンの家を訪れていた。
前回の帰り際。
『今度は俺の飯でも食うか』
そう言われたからだ。
扉を叩く。
「来たか」
中から声が聞こえる。
「来ました」
「入れ」
以前なら考えられなかった言葉だった。
悠斗は少し笑いながら家の中へ入る。
すると香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
「良い匂いですね」
「当たり前だ」
レオンは鍋をかき混ぜながら答える。
「料理できたんですね」
「馬鹿にしてるな?」
「少しだけ」
「帰れ」
いつものやり取りだった。
⸻
しばらくして食事が完成した。
肉と野菜を煮込んだシチュー。
焼きたてのパン。
見た目以上に豪華だった。
悠斗は思わず目を丸くする。
「本当に美味しそうですね」
「本当にとは何だ」
レオンは呆れた顔をする。
だが少し得意そうでもあった。
席につく。
シチューを口へ運ぶ。
驚いた。
普通に美味しい。
いや、かなり美味しい。
「美味しいです」
「だろうな」
即答だった。
「冒険者は料理も覚える」
「そうなんですか?」
「ああ」
レオンはパンをちぎる。
「遠征は長い」
「宿もない」
「誰かが作らなきゃ全員腹を空かせる」
なるほど、と悠斗は思った。
「剣だけ振れれば良い訳じゃないんですね」
「そんな奴は早死にする」
レオンは笑った。
「飯も作る」
「寝床も作る」
「怪我の手当もする」
「魔物の知識も覚える」
「何でも屋だ」
その言葉に悠斗も笑う。
「介護職みたいですね」
「かいごしょく?」
「ああ……俺が元いた世界の仕事です」
レオンは興味深そうに眉を上げた。
⸻
食事をしながら話は続く。
「魔物の知識って大事なんですか?」
「当たり前だ」
レオンは即答した。
「知らない場所へ行く時は特にな」
「例えば?」
「この村の東の森」
「あそこはゴブリンが出る」
悠斗は真剣に聞く。
「数は多いが弱い」
「だが群れる」
「老人や子供なら危険だ」
その言葉に悠斗は頷いた。
「西の平原は?」
「比較的安全だ」
「ホーンラビットくらいしか出ん」
「ホーンラビット?」
「角の生えた兎だ」
「兎なら可愛いですね」
「腹を蹴られると悶絶するぞ」
「可愛くないですね」
レオンは吹き出した。
「魔物は見た目で判断するな」
「覚えておけ」
「はい」
悠斗は素直に頷く。
老人を外へ連れて行くなら。
いつかレクリエーションのようなことをするなら。
確かに必要な知識だと思った。
⸻
しばらくして。
悠斗は静かに尋ねる。
「前に言ってましたよね」
レオンが顔を上げる。
「何をだ」
「脚を失ったこと」
部屋が静かになる。
レオンはすぐには答えなかった。
酒をひと口飲む。
そして窓の外へ目を向けた。
「仲間を庇った」
短い言葉だった。
だが重かった。
「それで脚を?」
「ああ」
レオンは頷く。
「魔物の一撃を受けた…だが、その選択をしたのは俺だ」
悠斗は黙って聞いていた。
「脚は失ったが仲間は生きた」
レオンは酒を見つめる。
「だから後悔はしていない」
その声に迷いはなかった。
本心なのだろう。
だが。
しばらくしてレオンは小さく笑った。
「ただな…悔しくはある」
悠斗は顔を上げる。
「後悔と悔しいは違う」
レオンは静かに言った。
「もう走れない」
「剣も昔みたいには振れない」
「冒険者にも戻れない」
そこまで言って酒を飲み干す。
「悔しいさ」
その言葉は妙に胸に残った。
⸻
帰る時間になった。
悠斗は立ち上がる。
「ご馳走様でした」
「ああ」
「美味しかったです」
「当然だ」
最後まで自信満々だった。
悠斗は思わず笑う。
扉へ向かう。
するとレオンがぽつりと呟いた。
「歳を取った冒険者は居場所を失う」
悠斗は足を止めた。
「怪我をした奴も同じだ」
レオンは窓の外を見る。
「使えなくなれば終わりだ」
悠斗は少し考える。
そして思った。
(そんなことない場所があったらええのにな)
まだ形はない。
何を作るのかも分からない。
それでも。
そんな場所が必要な気がした。
「また来ます」
悠斗が言う。
レオンは鼻で笑った。
「好きにしろ」
少し間が空く。
そして。
「次も酒は持って来い」
「またですか」
「当然だ」
悠斗は苦笑する。
扉を開く。
夕日が村を赤く染めていた。
その光を見ながら悠斗は歩き出す。
レオンが失ったもの。
そして今も持ち続けているもの。
その両方を少しだけ知れた気がしていた。




