第8話 お願いだから連絡させて
「カイシャ? それはユージの国のモノなのか?」
「いや、物じゃないけど……働いている場所のことでさ。とにかく連絡しないと、後ですごく怒られるし、心配もされると思うんだ」
「怒られる? なぜだ。連絡を怠ると叱責される理由は何だ? 誰に叱責されるのだ? 国王か?」
「いや、王様じゃなくて……室長なんだけど」
「シツチョウ? それはまた聞き慣れぬ言葉であるな。さぞ高貴な身分なのであろう。だが我は、その“カイシャ”というものも、連絡の術も知らぬ。今は諦められよ」
「ですよねぇ……」
「では、参ろうぞ!」
――駄目だ。この世界。
とりあえず王都とかに行って、詳しい事情を説明するしかない。
それにしても、この先一体どうなるんだろう。
俺は半ば強引に、この大柄で古風な物言いの男の後ろに座らされ、凸凹の轍を馬の背で駆け抜けていくことになった。
腕時計を見る。針は、とっくに十時を回っていた。
日本ではもう十時か……。
会社の連中、心配してるだろうな。
そういえば、星谷さんはどうなったんだろう。あのままログアウトしてたりして・・・
他のプレイヤーのことも気になる。
もっと他にも、こっちに飛ばされたプレイヤーがいるんじゃないのか?
……ああ、なんか服が臭くなりそうだ。
そういえば、馬に乗るのって初めてかもしれない。
一刻も早く状況を整理したい俺は、この髭面の大男たちと共に王都へ向かうことになった。
どこまでも続く土の道を、俺はフィゼルの後ろに座って進んでいく。
初めての乗馬だったが、思ったより悪くない。適度な揺れが、妙に心地いい。
やがて、遠くに大きな街並みが見えてきた。
その最奥、丘の上に――見たこともない巨大な城がそびえ立っている。
「ここが……スレニア王国の首都、グランスレニア城? なんて迫力だ……」
遥か道の先に広がる街並みと、その奥にそびえる白亜の城に、俺は目を奪われた。
石造りの城壁が陽光を受け、白く輝いている。
ゲームの中で見てきた城とは、まるで違う。
画面越しではなく、小高い丘の上に“実在”しているせいか、やたらと荘厳に見えた。
「これが……城……」
「何だ? ユージ殿の世界には城はないのか?」
前に座るフィゼルが、振り返らずに問いかけてくる。
いい加減、頭越しの会話はやめてほしい。上司に説教されている気分で落ち着かない。
「城はあるけど、ここまで綺麗なのは初めて見たよ」
「そうであろう。グランスレニア城は、この世界でも屈指の建築。建立より二百年の歴史を誇る城なのだ」
二百年――?
二百年前には、ここは存在していなかったということか。
ん?そんな設定作ったっけ?
やがて街の入口に辿り着く。
遠くから見た印象とは違い、城下町はかなり賑わっている……はずなのに、どこかおかしい。
関所には衛兵らしき男が二人立ち、俺たちに敬礼してきた。
フィゼルと同じ、銀色に光る甲冑を身にまとっている。
巨大な石の門をくぐると、城へと続く大通りが目に飛び込んできた。
通り沿いの建物はどれも堅牢な石造りで、明らかに俺たちの文明とは異なる。
文明が違うというより――
古代ローマの都市に、突然放り込まれたような感覚だ。
だが、どうにも街の空気が物々しい。
甲冑姿の兵士がやたらと目につく一方で、民間人の姿が少ない。
この違和感は……何だ?
「しかし……こんな街、ゲームにはなかったよな……」
俺の呟きに、フィゼルがすぐ反応する。
「ほう。ユージ殿の世界には、このような街はないのか? 確かに、この王都はスレニア王国の中でも群を抜いて大きいがな」
「ふーん……」
気のない返事をしながらも、胸の奥では不安が膨らんでいく。
これは夢なのか?
それとも、現実なのか?
もしこれが現実で、元の世界に帰れなかったら――。
大通りを抜けると、先ほどから見えていた城が、ついに目の前に現れた。
「……でかい」
近くで見ると、迫力がまるで違う。
某テーマパークどころの話じゃない。
俺があんぐりと口を開けて見上げていると、フィゼルが誇らしげに語る。
「どうだ、ユージ。我が王国が誇る壮大にして厳粛なるグランスレニア城は! この大きさ、大陸一。いや、アルファズル世界随一と言っても過言ではない。とくと眺めるがよい」
「はぁ……確かに、すごいな……」
感嘆は本物だが、状況が状況だけに心は落ち着かない。
「では、ここで降りていただこう。足元に気をつけられよ」
その時になって、俺は初めて馬の背の高さに気づいた。
足が、届かない。
鞍の下の足掛けにも気づかず、盛大に地面へ転がり落ちる。
「ガッハッハ!」
フィゼルの豪快な笑い声が響く。
少しムッとしたが……まあ、自業自得だ。
「では、この先は我が案内しよう。神官兵の諸君、ご苦労であった。職務に戻るがよい」
その一声で、同行していた神官兵たちは隊列を組み、街の入口へ引き返していった。
――さて。
流れに乗るまま、王城まで来てしまったが。
これから一体、どうなるんだろうな……。




