第3話 最重要キャラは、先に消えました
丘の斜面を駆け下りながら、俺は息を切らしていた。
「はぁ……はぁ……くそ、見た目以上に広いな……」
草が足に絡みつく。
それにしても――音が近い。
キィン!
ガンッ!
金属同士がぶつかる、はっきりとした音。
さらに、怒鳴り声のようなものが混じっている。
「戦闘音……?」
その瞬間、嫌な予感が背中を走った。
「待てよ……このエリア……」
俺は足を止めた。
この草原、見覚えがある。
正確には――設定資料の片隅にしか載っていない場所だ。
「たしか……“未実装エリア暫定名:グリーン・ヴェイル”」
正式公開前に凍結されたマップ。
理由は単純。
敵が強すぎる。
「やばい……完全に初心者お断りゾーンじゃねえか……」
その時――
「うわっ!? ちょ、ちょっと待って!」
聞き覚えのある声が、背後からした。
「……星谷さん?」
振り返ると、草原の入口――
さっきまであったはずの階段の穴の前で、星谷さんが慌てていた。
「志賀くん! そのまま進んじゃダメ!」
「今さら言われてももう来ちゃいましたよ!」
「違う、そっちじゃなくて――」
彼女は足元を見て、真顔で一言。
「……あ」
次の瞬間。
ズルッ。
「きゃっ!?」
――ドンッ。
星谷さんの姿が、穴の中に消えた。
「……え?」
間。
「……えぇぇぇ!?」
慌てて駆け寄るが、穴はすでに塞がり、ただの草原になっていた。
「ちょ、星谷さん!?」
「…………」
返事はない。
「……まさか」
俺は青ざめた。
「これ、転送トラップか……?」
設定資料にあった。
ランダム転送陣。
しかも行き先不明。復帰不能。
「……最重要キャラが、先に消えるとか聞いてないんですけど!!」
あの人、天才だけど――
意外とドジだった。
いや、笑えない。
「くそ……」
星谷さんはいない。
戻る手段もない。
そして――
キィン!!
ガガンッ!!
戦闘音が、もうすぐそこまで迫っている。
「……腹くくるしかないか」
俺は再び、斜面を下り始めた。
草を抜けた先――
そこには、小さな谷があった。
そして、そこで起きていたのは――
「……やっぱりな」
三人組の冒険者と、
人型の魔物が対峙していた。
黒い皮膚。
赤い眼。
細身だが異様に長い腕。
「ゴブリン……いや、違う」
俺は息を飲んだ。
「《ヴェイル・スカウト》……!」
ゴブリン系の上位亜種。
知能が高く、集団戦を得意とする厄介な敵。
本来は――
中級者向けエリアのボス級雑魚だ。
「なんでこんなとこに出てきてんだよ……」
冒険者の一人が叫ぶ。
「くそっ! 話が違うぞ!」
「初期エリアだって聞いてたのに!」
「回復が追いつかない!」
――全員、初心者だ。
装備も、立ち回りも甘い。
「……まずいな」
俺は自分のステータスを思い出す。
HP50。
攻撃力3。
――戦えば、即死。
でも。
「……知ってる」
俺は、この敵の弱点を。
「ヴェイル・スカウトは――」
風の流れ。
草の揺れ。
そして、巨木の位置。
「音と匂いに異常に敏感」
俺は大きく息を吸った。
「――おい!! そいつら、後ろだ!!」
突然の叫びに、冒険者たちが一瞬振り返る。
その瞬間――
魔物たちの注意も、完全に俺に向いた。
「チッ……」
複数の赤い眼が、俺を捉える。
「……やべ」
だが、俺は笑った。
「ここだよ、バカども」
俺は走り出す。
目指すは――あの巨木。
「その木の根元に近づくな!!」
冒険者の叫び声が背後で響く。
だが、遅い。
魔物が木の周囲に踏み込んだ瞬間――
ゴゴゴ……。
地面が、鳴った。
「……やっぱり」
この巨木は――
古代精霊樹の未成熟体。
周囲に侵入者が入ると、
自動的に排除行動を取る。
木の根がうねり、
魔物を絡め取り、地面へ引きずり込む。
「ギィィィィ!!」
断末魔。
一瞬で、谷は静まり返った。
「……助かった?」
冒険者たちが呆然と立ち尽くしている。
俺は膝に手をついて、息を吐いた。
「はぁ……はぁ……」
戦ってないのに、死ぬほど疲れた。
だが――
「……やっぱり」
俺は確信した。
力はない。
スキルもない。
でも――
「この世界の“仕組み”を知ってる限り、俺は生き残れる」
そして同時に思う。
星谷さんは――
どこに飛ばされた?
彼女は、間違いなく――
この世界の“核”に関わる存在だ。
「……また会うよな、星谷さん」
その時はきっと――
今とは、まったく違う姿で。




