第2話 最弱ですけど、設定資料なら全部覚えてます
――意識を失う直前、俺は思った。
ああ、これで俺の人生も終わりか。
メダカの墓も作れなかったな……。
* * *
「――おい、生きてるか?」
……誰だ?
やけに低くて、ぶっきらぼうな声。
いや、低いというより、やる気がない声だ。
「……おーい。聞こえてるなら、返事くらいしろ」
目を開けると、そこは――
「……は?」
青空。
石造りの天井……じゃない。屋根すらない。
俺はゴロンと石畳の上に転がっていた。
「いやいやいや……」
見覚えがありすぎる。
というか、毎日のように見ていた景色だ。
噴水。
露店。
剣を振り回す初心者。
やたらリアルなNPC。
「……ここ、初期街じゃねえか」
俺の横に立っていたのは、黒いローブを着た少女だった。
背は低め。細身。無表情。
そして――
「……星谷、さん?」
「正解。さすが志賀くん」
彼女は淡々と頷いた。
「って、さすがって何!? どうなってるんですかこれ!」
「見ての通り。ゲーム内転送事故」
「軽く言わないでくださいよ!」
「現実よりはマシ」
いや、判断基準そこ!?
俺は慌てて自分の身体を確認した。
手も足もある。ちゃんと動く。
しかし――
ステータスウィンドウを開いた瞬間、現実を突きつけられた。
【HP:50】
【MP:0】
【攻撃力:3】
【防御力:1】
「……は?」
思わず二度見した。
「なにこれ」
「初期テスター用仮ステータス」
「弱すぎません!?」
「バランス調整前だから」
だからって!
「スライムにも負ける数字じゃないですか!!」
「たぶん負ける」
断言するな。
「じゃあ俺、何ができるんですか!?」
「うーん……」
星谷さんは少し考えてから言った。
「……死なないこと?」
「無理ゲーじゃないですか!!」
俺は頭を抱えた。
剣も使えない。
魔法も使えない。
HPは紙。
MPはゼロ。
まさに――最弱キャラ。
「……終わった。俺、完全に詰んでる」
「でも」
星谷さんが俺を見た。
「志賀くんには、私にないものがある」
「……髪の量とかですか?」
「殴るよ?」
初めて感情が出た気がする。
「ゲームの知識」
「……あ」
そうだ。
俺はこのゲームの設定資料担当だった。
世界観、歴史、文化、神話、種族設定、隠しクエスト――
「全部、覚えてます」
「でしょ」
彼女は少しだけ口角を上げた。
「この世界は、知っている者が強い」
「……力じゃなくて?」
「力はあとからついてくる」
なるほど。
確かに、この世界には――
**“知っていないと絶対に辿り着けない要素”**が山ほどある。
隠し職業。
特殊称号。
特定のNPCの好感度条件。
未実装予定だったイベント。
「……俺、やれることあるかもしれません」
「うん。期待してる」
その瞬間。
街の中央に、巨大な赤い魔法陣が浮かび上がった。
――見覚えがありすぎる。
「星谷さん」
「なに?」
「これ、例の“転送陣”ですよ」
「知ってる」
赤い文字が空中に浮かぶ。
【第一段階試験開始】
「……試験?」
「本来は、半年後のイベント」
ですよね!?
「つまり」
「つまり?」
「この世界、完全にバグってますよ」
星谷さんは頷いた。
「うん。最高にね」
俺は乾いた笑いを浮かべた。
最弱ステータス。
ログアウト不可。
世界はバグだらけ。
だけど――
この世界の“裏側”なら、俺は誰よりも知っている。
「……社畜なめんなよ」
こうして俺は、
力ゼロ・知識全振りの冒険者として、
この狂ったMMORPG世界を生き抜くことになった。
次は――
死なない方法から、探さないとな。




