第10話 なんだかシリアス展開になりそうで嫌なんだが
「……今、何とおっしゃいました?
いのりびと?」
「ええ。祈り人、です」
祈り人。
初めて聞く単語だ。
意味は文字通りなら分かる。祈る人。
だが、何に祈る?誰に?なんのために?
そもそも――だ。
この国の人間が、なぜ日本語を普通に話しているのか。
そこからして、俺はまだ整理できていない。
街中の看板や、城の壁に刻まれた文字は、どう見ても日本語じゃない。
見たこともない記号のような文字だ。
それなのに――
俺には読める。意味も分かる。
俺は日本語を話している。
相手も、それを当たり前のように理解している。
だが、完璧じゃない。
なんだろう、この感覚。
言葉は通じているのに、どこかズレている。
例えるなら、
安物の翻訳ソフトを通して会話している感じだ。
その典型が、今の「祈り人」だ。
日本でそんな言葉、使ったことがない。
祈る人?
祈る……プレイ?
……あれ?
もしかして。
Prayer?
ゲーム内の「プレイヤー」じゃなくて、
英語の prayer(祈る人)を直訳した結果、とか?
つまり、
翻訳事故。
「姫。ひょっとして、それって……プレイヤーのことでは?」
「プレイヤー……ええ、確かにそのように話していました。
ただ、我々の言葉には“プレイヤー”という概念が存在しません。
ですので、“祈る人々”と訳したのですが……意味が違いましたか?」
違う。
全然違う。
だが、今ここで訂正しても混乱が増えるだけだろう。
「……いえ、大きくは違いません。
それで、その祈り人たちがどうされたのですか?」
「はい。アイラの召喚の直後、王都に多数現れました。
しかも……元々の王都の住民の姿のままで」
「……え?」
嫌な予感が、背筋をなぞる。
「言葉通りです。
彼らは、つい昨日までこの王都で暮らしていた住人でした。
親であり、母であり、子であり、兵士であり……
ごく普通に暮らしていた人々が、突然“自分はプレイヤーだ”と言い出したのです」
……なるほど。
さっき出会った、あの兄妹と同じだ。
誰かに“なった”わけじゃない。
元からいた人間の中身が、入れ替わった。
乗り移った?
憑依した?
そんな感覚だ。
それは、この国の人間にとっては――
間違いなく悲劇だ。
昨日まで普通だった家族が、
突然、別人格になる。
親が。
恋人が。
子どもが。
「祈り人たちは、突然現れました。
……いえ、正確ではありませんね。
“住民の一部が、突然おかしなことを言い始めた”のです」
「自分たちはプレイヤーだ、日本人だ、と。
そして、突然この世界に飛ばされたのだと」
俺と、同じだ。
違うのは一点だけ。
――俺は、誰にも憑依していない。
姿も、身体も、完全に俺自身だ。
この差は、何なんだ?
「我々は、まず対話を試みました。
彼らがどこから来たのか。
元の人格はどうなったのか。
できるだけ穏便に、自然な形で話を聞くつもりでした」
「……ですが?」
「混乱が混乱を呼び、
結果として――悲劇が起きてしまいました」
「悲劇?」
嫌な予感が、確信に変わる。
「学者や有識者を派遣する予定だったのですが……
なぜか、兵士が派遣されてしまったのです」
「兵士を?
姫が、ですか?」
「いいえ。私の知らぬところで行われました。
それを指揮していたのは、この国の執政官です」
執政官。
つまり、政治のトップ。
「まさか、イゼル大臣が兵を動かしていたとは……」
「そうか。国王は、今いないんでしたね」
「ええ。
国王陛下の代わりに、イゼル大臣が臨時の執政官として国を預かっています」
「父王は彼に、政の一切を任せてしまいました。
その結果、王女である私には、兵の派遣どころか、政治への介入もできなくなったのです」
……嫌な構図だ。
「つまり……
兵を差し向けたことで、何か取り返しのつかないことが起きた、と?」
「……その通りです」
クリアーデ王女は、わずかに唇を噛みしめた。
「一体、何が?」
その答えを聞いた瞬間、
俺は確信することになる。
この世界は――
ゲームの舞台に“よく似た別物”だ。
そして、
俺はただの巻き込まれでは、済まされない場所に立たされている。




