第4話:情報交換
――――――――――その日の夜。ノックレイブン公爵家邸にて。
「まったく王家は何を考えているのだっ! 平民をニコラス殿下の婚約者にするなどと!」
お父様がお怒りです。
もちろん昨日のニコラス殿下の婚約発表についてなのですけれども。
ただわたくしは図書館でウテナさんに会うことができ、話も聞けました。
わかってきたところとわからないところがありますが……。
ウテナさんはかなりの実力をお持ちの方です。
特待生となれるだけの学力があるだけでなく、物事を俯瞰で見ることのできる客観性を具えています。
得難い資質ではないでしょうか?
そして魔法の実力ですか。
魔物学実習の時に使ってイノシシの魔物を倒したというなら疑いようがありません。
わたくしにもおまじないをかけてくれましたし。
魔法の習得って相当難しいらしいですのに。
「ウテナさんは平民ではありますが、貴族学院の特待生になれるほど優秀であるそうなのですよ」
「だからどうした。成績を比べるならエルシーだって変わらんレベルであろうが。平民が殿下の後ろ盾になれないことに変わりはない」
「王家が何か言ってきましたか?」
「使者としてロジャー殿下を寄越した」
ロジャー殿下と言えば陛下の叔父、宮廷一の良識派として知られています。
やはりニコラス殿下の婚約者はわたくしと見る向きが強かったですので、うちにはロジャー殿下のような実力者を派遣してくれたのですね。
十分な配慮だと思います。
「結論としてニコラス殿下とウテナなる平民との婚約、これは決定だと」
「でしょうね」
あれだけ堂々と発表したことを覆すのであれば、ニコラス殿下が独断でことを進めた場合だけでしょう。
その時はニコラス殿下が王太子候補から外れると思われます。
ロジャー殿下の説明からすると、ウテナさんとの婚約は王家の総意であることを意味します。
「そしてウェステリウス王国は、ニコラス殿下と平民ウテナによって導かれることになると」
「つまりニコラス殿下は王太子から王への道を歩まれるという、王家の宣言ですよね」
「ああ。王家が何を考えているのか全くわからん」
ウテナさん本人を知らないお父様にはわからないと思います。
しかしわたくしはウテナさんの実力をある程度知っています。
王家がウテナさんの実力を買って、ニコラス殿下の婚約者にするという選択をしたところまではわかるのです。
でもだからと言って、 貴族の常識や勢力バランスを無視していいということにはならないでしょう?
普通の思考法ならばですが。
「……ロジャー殿下は何も仰ってませんでしたか?」
「何も」
では平民のウテナさんがニコラス殿下の婚約者になることを、思慮深いロジャー殿下も納得している?
ウテナさんの実力を直に見る機会があったのでしょうか。
それとも陛下とニコラス殿下が決定した方針には逆らわないだけ?
どちらとも取れますが……。
「いかにニコラス殿下の言葉を重んじるにせよ、我がノックレイブン公爵家よりも平民を取るとはな」
「お父様はこの度の婚約者の発表を、ニコラス殿下の完全な独断と見るのですか? 陛下の意思は含まれていないと?」
「どちらでも同じことだ。王家も長くないわ」
「お父様」
「半分本心だぞ?」
「今日わたくしはウテナさんに会ってきたのです」
「ほう?」
お父様が興味深そうです。
やはりニコラス殿下の婚約者の座を勝ち取ったウテナさんを無視できないようです。
「エルシーの行動は存外機敏ではないか。情報収集のためだな?」
「はい」
「見直したぞ。どこで会った?」
「学院の図書館です。ウテナさんは勉強家なので、これまでも時々図書館で会うことがあったのですよ」
名前や平民の特待生であることは知らなかったですけれど。
「エルシーが勉強家と認めるほどか。特待生ならば優秀なことは優秀なのだろうが……」
「ええ、学力が優れているだけでニコラス殿下の婚約者が務まるはずがありません」
「だろうな。ニコラス殿下もその平民に何を感じて婚約者に指名したのか」
「ウテナさんもわたくしに会いたかったみたいで」
「ふむ? 何か言っていたか?」
「ごめんなさいと」
お父様の表情は変わりませんね。
「平民がニコラス殿下を誑かしたわけではない、のだな?」
「はい」
「では、何がきっかけでニコラス殿下がウテナなる平民に注目することになったのだろう?」
「一〇日ほど前の魔物学の課外実習で、ニコラス殿下が魔物に襲われるという事件があったようなのです。ウテナさんも魔物学を選択していたそうなのですが、殿下と一緒になったのはたまたまだと言っていました」
「ほう? 女子が魔物学を選択するのは珍しいな」
「ウテナさんが魔物を倒して救い、ニコラス殿下がその技に感激して求婚したのですって」
「殿下は何の魔物に襲われたのだ?」
「えっ? イノシシの魔物だと……」
おかしな質問ですね。
何の魔物かが関係あるのでしょうか?
いえ、お父様も魔物退治の経験があるのでしたか。
「マッドボアか。不意を突かれるとかなり危険なやつだ」
「そうなのですか?」
「頭でっかちの平民特待生が、よくマッドボアを倒せたな。普通ならばあり得んことだ。すでに弱っていた個体か?」
「ウテナさんは元冒険者なのだそうで」
「はあ? 元冒険者だと?」
わかります。
わたくしもちょっと理解ができませんでした。
「どういうことだ? ただの平民ではないのか?」
「ウテナさんは他国の生まれで、両親が冒険者なのだそうです。ウテナさん自身も旅の冒険者だったということのようです」
「そんな経歴の平民がどうして突然貴族学院に現れるのだ?」
「辺境伯ワイアット様の推薦とのことでした」
「トルブレアム辺境伯家が背後にいるのか? ならば件の平民がニコラス殿下の婚約者に指名されるというのはわからなくもないが……」
お父様の顔色が悪くなります。
王家がノックレイブン公爵家を排除して、トルブレアム辺境伯家と組む想像をしたのでしょう。
貴族の勢力状況は変遷が激しいですからね。
お父様の危惧には根拠がありますが……。
でもウテナさんの様子からすると、トルブレアム辺境伯家はウテナさんの貴族学院入学には協力していても、ニコラス殿下の婚約者になったことには関係ないと思います。
ウテナさん自身が予期していないことのようでしたから。
ノックレイブン公爵家が切り捨てられるということではないと、わたくしは考えますけれどもね。
だって平民であるウテナさんを婚約者としたなら、王家は今まで以上に有力貴族との関係を緊密にしたいでしょうから。
「お父様、落ち着いてください。トルブレアム辺境伯家にはわたくしと同い年の令嬢シャーロット様がいるではありませんか。王家がトルブレアム辺境伯家との関係を強化するつもりなら、ニコラス殿下とシャーロット様が婚約することになったはずです」
「う、うむ。エルシーの言う通りだな」
「実際にニコラス殿下と婚約したのは平民のウテナさんです。わざわざ当家にロジャー殿下を派遣してそう伝えたのは、ノックレイブン公爵家を今後も重視するという王家の姿勢であることに他なりません」
「エルシーは冷静だな。うろたえた俺が愚かだった」
「うふふ。判断材料が足りません。お父様もウテナさんの情報を集めてくださいな」
「わかった」
婚約者決定の発表の時、シャーロット様が大いに頷いていたことが印象に残っています。
となるとトルブレアム辺境伯家にとっては、ウテナさんがニコラス殿下の婚約者になることは納得できる判断ということになりますね。
シャーロット様がわたくしの知らないウテナさんの情報を持っていること、ほぼ間違いないと思われます。
ならばわたくしの役目は、シャーロット様とコンタクトを取って話を伺うことでしょう。




