第3章「海底遺跡」 第1話:沈みゆく記憶の都へ
空と海の境界が、ぼやけて見えた。
南方の港町〈ルメイル〉——陽光に白く輝くこの都市に、アキラたちは初めて“海”を見た。遥か彼方まで続く蒼穹と波の匂い。山岳での修行と戦いを経た彼らにとって、それはまるで別世界だった。
「これが……海……」
アキラは波打ち際で立ち尽くしたまま、感嘆の声を漏らした。心を浄化されるような静けさが、彼の中にゆっくりと広がっていく。
リオは足を海水に浸しながら苦笑する。
「オレは泳ぎは得意じゃねぇんだがな……あの海の底に遺跡が沈んでるってのは、信じがたいぜ」
「伝承によれば、“鋼鎧の鍵”は古代精霊族が造った都市・セラグラードに封じられているらしいわ」
ミナが手にした書物を開きながら補足する。
古の時代、海中に築かれた文明——それが滅びた理由は不明だが、精霊族の禁忌に触れたとの記録が残っている。
そして今、潮導石がその眠りを破ろうとしていた。
「案内人は……あの子だな」
リオが顎をしゃくった先には、一人の少女がいた。
淡い水色の髪に、小柄な体。人間にも見えるが、耳はわずかに尖り、瞳は深海のように澄んでいた。
「私の名はリュミエル。精霊族の末裔です。セラグラードへの潜航路をご案内します」
柔らかな口調と礼儀正しい身振り。その姿に、ミナは静かに敬意を払った。
「ありがとう。私たちは“鋼鎧の鍵”を探しているの。あなたの助けが必要」
「鍵……それが正しき目的のために使われることを、私は願っています」
リュミエルはそう言って、潜航船〈ティランティス〉へと案内した。
それはまるで金属の魚のような形状をした魔導船で、外殻は青白い光を帯び、船体内部には結界と呼吸調整魔法が施されていた。
「本当に沈むのか、これ……」
アキラが呟くと、操舵席に座るリュミエルが微笑む。
「安心してください。深海用に調整済みです。——出航します」
魔導石が光り、船体がゆっくりと海中へ沈んでいく。
光が遠ざかり、やがて音も色も消えていく。
「……異世界って感じだな、本当に」
アキラの言葉に、ミナが小さく笑った。
「ここも、私たちの“旅路”の一部なのよ」
◇
数時間の潜航を経て、霧のような光の帳が現れる。
そこに広がっていたのは——
「……街、なのか……?」
石造りの円形ドーム群。崩れた塔。生物の気配すら感じられない、幽玄な光景。セラグラード——古代海底都市。
「ここが……鋼鎧の鍵の眠る場所」
リュミエルは、静かに結界の扉を開いた。
その奥に、何かが待っている気がした。鍵か、それとも——過去の記憶か。