第2章「山岳地帯の道場」 第5話:風が運ぶ、次なる呼び声
風刃道場を出発して三日目。アキラたちは山を下り、谷間の街道沿いにある小さな村に立ち寄っていた。
山岳の厳しさに比べれば、ここは別世界だった。谷を渡る涼しい風と、水車のきしむ音。子どもたちの笑い声に、旅の疲れがすっと溶けていく。
「うわ……文明っていいな……」
アキラが茶屋の縁台に腰を下ろしながら、感慨深く言った。
「お前、もうすっかり異世界慣れしてきたな」
リオが苦笑しながら水を飲む。ミナは村の薬師と魔導草について話し込んでいた。
風斬の鍵を手にしてから、アキラの内面は確実に変化していた。剣の構えに迷いはなくなり、言葉にも芯が通っている。
だが、旅は終わったわけではない。
「次は……海底遺跡だっけ?」
アキラが小さく呟いたそのときだった。
茶屋の前に、旅の占い師を名乗る老婆が現れた。
「そこの、風を纏う少年……“蒼き封印”を求めておるな?」
老婆の目は濁っていたが、その声は妙に透き通っていた。
「……何を知ってるんだ」
老婆は静かに語る。
「遥か南の深海の底、かつて“古き精霊の民”が築いた都市が沈んでおる。そこに、“鋼鎧の鍵”が封じられておると聞く」
「鋼鎧の鍵……!」
アキラは思わず立ち上がった。
老婆はふいに笑い、手のひらに小さな石を乗せた。淡く光るその石は、どこか風斬の鍵に似た波動を帯びていた。
「これは“潮導石”と呼ばれる精霊の欠片じゃ。この石が、次なる鍵の気配を導くだろう」
アキラはそっとそれを受け取り、胸の内にしまった。
「ありがとう、ばあさん……」
「礼などいらぬよ。風は常に、新しき扉を開くものじゃ……」
その言葉とともに、老婆はいつの間にか消えていた。
その晩。
アキラたちは焚き火を囲みながら、これからの旅の計画を立てていた。南方の港町を経由し、そこから精霊族の案内人と共に潜水船で海底遺跡を目指す。
「アキラ……覚悟はあるか?」
リオの問いに、アキラは力強く頷く。
「もう、迷わない。だって、俺は……この旅で、“自分の剣”を見つけた気がするんだ」
ミナがそっと微笑む。
「じゃあ、次の目的地でもきっと、新しい自分に出会えるわね」
その夜、空には雲一つなく、満天の星が煌めいていた。
風は、海の方角から吹いていた。