第3章「海底遺跡」 第5話:潮風の港、別れと約束
港町ルメイルは、どこまでも平穏だった。
潮風が心地よく吹き抜け、海鳥の声が空に響く。だがその穏やかさは、つい数日前に訪れたセラグラードの崩壊と、あまりにも対照的だった。
アキラたちはティランティス号を港の奥に停泊させ、宿屋に戻っていた。
「……なんだか、現実に戻ってきたって感じだな」
アキラがベッドに倒れ込み、天井を見上げて呟いた。
「まぁ、身体は現実の重みを忘れてねぇけどな」
リオは包帯だらけの腕を振り、痛そうに笑った。
ミナは回復魔法の陣を丁寧に張りながら言った。
「でも……こうやって皆そろって戻ってこれて、ほんとによかった」
「……ああ」
アキラの答えには、深い実感がこもっていた。
彼らは確かに、生きて帰ってきたのだ。
◇
翌朝。
ティランティス号の前で、リュミエルとの別れのときが来ていた。
「これで私は、一族の役目を果たしました」
リュミエルは清々しい表情で言った。
「本当は、鍵を巡る争いに関わるつもりはなかったんです。でも……あなたたちに出会って、気づいたんです。記憶は受け継ぐだけじゃなく、“共に歩む”ことができるんだって」
アキラは静かに頷く。
「ありがとう、リュミエル。君がいてくれたから、俺たちは鋼鎧の鍵を手にできたし、あの都市の真実にも触れられた」
「それでも私は、“過去”に生きる者。これからは……皆さんが“未来”を切り開いてください」
彼女が渡してきたのは、潮導石の欠片だった。ほんの少しだけ残った光が、次なる鍵の気配を示していた。
「この反応……北東、大陸中部方向。……魔法都市領域ね」
ミナが読み取る。
「魔法都市……ってことは、次の鍵はそこのどこかに?」
「ええ。恐らく、“吸魔の鍵”。魔力そのものを吸収し、相手の術式を無力化する特性がある鍵です」
「強力だな……だが、厄介でもある」
リオが険しい顔をする。
「魔法都市には、力に執着する魔導貴族や傭兵が集まってる。鍵を巡って争いが起きても不思議じゃねぇ」
アキラは真剣な表情で前を見た。
「それでも行くよ。待ってる鍵がある限り、俺たちは進む」
リュミエルが最後に微笑み、小さく頭を下げた。
「風の勇者に、祝福を」
その言葉とともに、彼女は潮風の向こうへと姿を消した。