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朔のこだわり

フローライト第百十六話

黎花のギャラリーに来ると利成がいたので美園は驚いた。今日は黎花に呼ばれて美園一人で来た。朔は相変わらず他の仕事で忙しかった。


「どうしたの?」と美園は利成に行った。


「どうもしないよ」と利成は微笑んでいる。


「今日は新人画家たちの集まりがあって、少しだけ利成さんにも顔を出してもらったの」と黎花が驚いている美園に笑顔を向けた。


「そうなんだ」


「それでね、美園ちゃん」と黎花が利成の隣に座ると黎花が話し出す。


「今回コンクールに出す司君と実は他にも二名ほどいるんだけど、入賞した人の絵を明希さんの店とオンラインショップで売ってくれるって話になって・・・利成さんが色々後ろ盾もしてくれるって」


「えっ?そうなの?」と美園はまた驚いて利成の顔を見ると利成が頷いた。


「後ね、司君なんだけど・・・」と今度は黎花が言いにくそうにしている。


「武藤さん?」


「そう・・・実は、今回美園ちゃんにモデル頼みたいって・・・」


「え?それは断りました」


「そうだよねー」と黎花が困ったような顔でため息をついた。


「どうかしたんですか?」


「・・・司君、そうじゃなきゃ出さないって・・・」


「えー・・・何それ」と美園は呆れた。


「まあ、強制じゃないからね、出さない人はそれはそれでいいんだけど・・・」


「何かあるんですか?」


「司君のお父様から色々釘差されてて・・・」


「お父さん?」


「そうなの。実は彼のお父さんは○○〇会社の社長さんで・・・うちの会社とも関係があるのよ」


「えっ?それはびっくり」と美園はほんとに驚いた。司はしがない貧乏画家みたいな雰囲気を醸しだしてしたからすっかりそうだと思っていた。


「会社は彼のお兄さんがつぐから、そういうことは関係ないんだけど・・・。いつまでもアルバイトだからその辺がね。司君は絵を描きたいから定職にはつかないっていうのよ。それで今回のコンクールで入賞できなかったら絵をやめさせたいって・・・」


「武藤さんのお父さんがってことですか?」


「そうなの。私も困っちゃって・・・。そしたら今度は司君の方が美園ちゃんじゃないと描かないって・・・」


「はぁ・・・」


美園がチラッと利成の方を見ると、利成がものすごく楽しそうな笑顔でこっちを見ていた。


(あー・・・利成さん、また楽しそうだな・・・)


「ダメかな?モデル」と黎花が遠慮がちに聞いてくる。


「ダメって言うか・・・朔が・・・」


「朔がダメだって?」


「そうです。モデルどころか、普通にしゃべるのもダメだって」


「司君とってこと?」


「はい・・・」


「また?あの子何言ってるんだか」と黎花が呆れたように言った。そして「そんな我がまま聞かなくていいよ」と言う。


「でも・・・かなり今神経質になってて・・・無理かも」


美園が言うと「じゃあ、ここに呼んで。私から話すから」と黎花が言った。


「でも、朔君の気持ちもわかるよ」と利成が話に入った。


「どうわかるの?」と黎花が利成の方を見た。


「朔君にとって美園は誰にも見せたくないし、触れて欲しくないものだからね。彼の母親への思いと混じってその気持ちが常軌を逸したものになってるんだよ」


「・・・だとしても、それをいちいち認めてなんかいられないでしょ?」と黎花が言う。


「そうだね・・・彼もいつかはそこから離れなきゃならないだろうからね。でも、その時を間違えると彼の場合壊れるよ」


利成の言葉に一瞬シーンと場がなる。


「じゃあ、どうしたらいいの?」と美園は利成に聞いた。


「美園はどう思う?」と利成にいつもの逆質問で返される。


「わからない・・・調子いいかなって思ったら調子悪くなって・・・こないだも・・・」


言いかけると利成が少し目配せした。


(あれ?)と思う。(どういうこと?黎花さんには言うなってこと?え?でも私、利成さんに言ったっけ?)


朔がバルコニーから飛び降りそうになって美園も本気で飛び降りようとしたことは、奏空しかしらないはず・・・。


黎花が怪訝そうな顔をしている。美園は「あ、何でもない」と言葉を切った。


結局美園がモデルになることは一旦保留になった。黎花が少し朔の様子を見ようと言ったのだ。


「美園、時間あるなら少し話そう」と利成が黎花のギャラリーから出ると言った。


「いいけど・・・利成さん、車?」


「いや、実は仕事でお酒が出るからって車は置いてきたんだよ」


「じゃあ、私のに乗って」


 


利成が助手席に乗ってシートベルトを締めている。


(あー・・・初めてかも?利成さんが助手席って・・・)


何だか変な感じだなと美園が思っていると、「このままうちにおいで」と利成が言う。


利成の家に行くと明希の姿がなかった。


「明希さんは?」


「今日は店の方に行ってるよ」と言う利成。


リビングに入ってソファに座ると、利成がアイスコーヒーを出してくれた。


「ありがとう」と美園は言い、アイスコーヒーにミルクを入れた。


ソファに座ると利成が「奏空から聞いたよ」と言う。


「奏空から?何だっけ?」


「さっきの話、バルコニーから飛び降りようとしたって」


「何だ、奏空が言ったんだ。何で知ってるのかなと思ったよ」


「随分先走ろうとしたね」といつになく利成が真剣な眼差しを見せた。


「んー・・・でも、あの時は仕方がなかった・・・」


「輪廻の中にいる間に、自殺は良くないよ」


「うん・・・奏空にも言われた・・・」


「美園は死にたいの?」


利成が見つめている。それはいつもの楽しそうな表情ではなく真面目な顔だった。


「・・・死にたいっていうか・・・朔が死にたがってるのとはまた違う意味でね・・・早くここから去りたいって気持ちはあるよ」


「困ったね・・・変なところ引き継いじゃったみたいだね」


(え?)と思う。


「引き継ぐって・・・どういう意味?」


「カルマもやっぱり単独のものじゃなくてね、繋がってるんだよ。まして肉親ならなおさらね」


「・・・繋がってるって・・・それと死にたいが関係あるの?」


「あるんだよ。死にたいのは俺だからね」


(え?)


美園は信じられない思いで利成を見た。


「まさか・・・利成さんは違うでしょ?」


「どうしてそう思う?」とまた逆質問をされる。


「だって・・・いつも楽しそうだし・・・好きなこと目一杯してきたよね?」


そう言ったら利成が「アハハ・・・」と笑った。


「そうだね。好き放題やってきたよ」


「じゃあ、何で?」


「んー・・・人は皆何かしらのストーリーを持って生まれてきてね、まあ、それがよく言う「カルマ」ってわけだよ。ストーリーの中でしか存在できないエゴの思いなんだよ」


「うん・・・」


「でもエゴはこの世界にいるために必要なもので、ないと元々は一つなわけだから分離というものがなくなって自分も消える・・・正確には分離意識がなくなると、もとの全体に戻っちゃうってだけだけど」


「そうだね。でもそれと「死にたい」の関係は何?」


「考えてもみなよ。「生きてる」っていう勘違いの中でこの世は成り立ってる・・・だから「死」が存在できる。一つの物語なわけだ。人は「生」から「死」に向かっている気でいる。これはある意味狂気なんだけど、それが当たり前だから誰も気づかない。俺はこの輪廻を止めることも、ここからはみ出すこともできるけど、あえてこうしている話はしたよね?」


「うん・・・」


「つまりストーリーが必要なんだよ。エゴがないといられないから。それで俺は死にたがってるって設定なんだよ」


「ん?意味がわからない」


「”死”を存在させてるから生きれる、逆に言うと”死”を存在させてるから”生”がある・・・ハムスターの回し車に乗ってるわけ・・・でも俺は油断すると消えちゃうから、それは困るんだよね。それで「死にたい」って設定にした。常に「死にたい」のなら嫌でもこの回し車の中にいることになるからね」


「え?じゃあ、「死にたい」って思うこと自体が、輪廻の中から出られないってこと?」


「そうだよ。一番最強なカルマというかストーリーなわけ。ということは、これで死んだらどうなるか?」


「またストーリーの中?」


「そうだよ。言わば呪いのようなものだね。生と死があるから時間が生まれる。生まれてから死に向かっているなら、その間はその人の時間なわけだ。その”時間”こそがストーリーだよ」


「・・・んー・・・私はまだよくわかんないな・・・」


「わからなくていいよ。死のうとしたこと自体がこうした「時間」に制約されてしまう・・・「死」を生の終わりだと信じて自殺するわけだから」


「でも普通にみんな死ぬよね?自殺じゃなくても」


「そうだよ。普通にみんな時間の中にいるからね。自殺の場合、頑なに「死」を信じているから死のうとする・・・たまにそれ自体がカルマを解くカギと言う場合もあるけど、そういう特殊なものはのぞいて、大抵はその時間の中に閉じ込められるよ」


「地縛霊みたいな?」


「そうだね・・・自分で自分を縛りつけてしまうからね」


「じゃあ、私も?」


「そうだよ。美園の「死にたい」はある意味設定なんだよ。だからそれと一体化しなくていい・・・もっと早く言っておけば良かったと思ってね」


「何で私、利成さんの設定を引き継いじゃったの?」


「さあ、それは美園自身のことだからね。美園にも何かの理由でこの設定が必要だったんだんだろうね。


「そうなのかな・・・」


「・・・朔君は設定というより完全に「カルマ」だね」


「朔が死にたいのはってこと?」


「そうだよ。美園は朔君のために「死にたい」思いを受け継いだのかもしれないし・・・そこはわからないけどね」


「それはそういう気持ちがなければ、朔のことを理解できないからかな・・・」


「そうだね。それもあるかもね」


「で、結局今日の黎花さんからの話、どうしたらいいの?」


「美園をモデルにしたがってる子の話?」


「そう。朔が絶対ダメだし、武藤さんとは必要であっても喋るなって」


「アハハ・・・そうなんだ」


利成がいつものような表情に戻って笑った。


「でもずっとこうでも困るし・・・」


「そうだね、でも朔君には朔君の理由があるんでしょ?そこを少し理解してあげないとね」


「理由・・・」


それは何だろう・・・。


 


自宅マンションに戻ると、もう夜の七時を過ぎていた。


「遅かったね。何だったの?黎花さん」と朔に聞かれる。


「利成さんが今回のコンクールで入賞した子の絵を、明希さんのところのお店で売ってくれるって・・・」


「へぇ・・・そうなんだ。じゃあ、みんなやりがいあるんじゃない?」


「うん・・・それとね・・・武藤さんがやっぱり私をモデルにしたいって・・・」


武藤の名前を思い切って出してみたが、案の定朔の顔色が変わった。


「それ、断ったよね?」


「うん・・・だけど黎花さんの方に事情があるみたいで・・・」


「どんな事情?」と朔が聞く。美園は黎花から聞いた司の家のことを話した。


「何、それ?あいつの家の事情?」


「そうみたい・・・それで黎花さんの方は会社がらみみたいで・・・」


「じゃあなおさらモデルなんてやることないよ。あいつの我がままなんだから」


「でもそれだと黎花さんがこま・・・」


「何?やりたいの?!美園は?」と朔に怒鳴られる。


「やりたいわけじゃないよ。黎花さんが困るかなって気にしてるだけで」


「・・・美園ってそんな八方美人だったっけ?断ればいいんだよ」


(八方美人?)


少しムッとくる。こっちにしてみれば、黎花さんが困るだろうって思っているだけだ。


「朔こそ、そんな冷たかったっけ?黎花さんが困ってるのに」


「俺は元々冷たいよ。黎花さんのことなんて気にしなくていいよ」


「何で?昔、黎花さんのおかげで朔だって何とかやってこれたんでしょ?」


「そうだね」


「じゃあ、助けてあげたいって思わない?」


「思わない。それとこれは別だから」


「別って?」


「美園が武藤のモデルになることと、黎花さんが困ることなんて関係ない。美園がモデルにどうしてもなりたいっていうなら、別れてから行けよ」


(は?)と思う。


「別れるって、離婚ってこと?」


「そうだよ。それ以外に何ある?」


「ひどい・・・そんなことで?」


「そんなこと?ひどいのは美園の方だよ」


「モデルだけだよ?私だってやりたいわけじゃない。黎花さんのこと思っただけで。それを離婚っておかしいでしょ?」


「俺のこと考えてくれてない。そんな人と一緒にいたくない」


「考えてるよ。朔のこと」


「考えてないだろ?!」と朔が切れたように怒鳴った。


美園は朔の顔を見つめた。どうしてそこまでこだわるのか美園にはわからなかった。


「・・・わかった・・・いいよ、別れても」


何だかその方がいい気さえした。自分がいることで朔が苛立っているような気がした。


「そう・・・」と朔が立ち上がってリビングから出て行った。


美園はどうしていいかわからないまま、やっぱり朔と少し離れていた方がいいのではと考えていた。こんな喧嘩ばかりが増えていく。それっきりアトリエにこもってしまった朔に対して、美園はどうするのが一番良いのかわからなかった。

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