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明希のユーチューブ

フローライト第三十四話。

十一月、明希の誕生日にまた利成が食事に連れて行ってくれた。去年偶然翔太と会ったことを思い出す。


「何だか随分、歳取っちゃったな」


明希が呟くと「まだそんな歳じゃないよ」と利成が言う。


「でももうあと少しで三十だし」


「そうだね」


「次はもう四十・・・」


「ハハ・・・気が早いね」


「利成は気にしないんだね」


「そうだね」


「どうして?」


「歳は女性の方が気にするでしょ?」


「そうだけど・・・男性は気にしないの?」


「気にする人もいるだろうね」


「利成は?」


そう聞いたら利成が笑った。


「俺にどうしてもその答えが欲しいみたいだね」


「うん」


今日は去年と違ってホテルのレストランではなく日本料理の店に来ていた。どの店がいいかもすべて利成が考えている。あんなに忙しいのによく気が回るなと感心する。


「まず答えは「気にならない」ね」


「うん、何で?」


「明希にいいこと教えてあげるよ」


(あー・・・今までも結構“いいこと”教えてもらってるけど、全部忘れてるかも・・・?)とちょっと思う。


「うん」


「”自然の流れには逆らうな”だよ」


「えー・・・それだけ?」


「そう、そういうものには無抵抗の方が上手くいくよ」


「ふうん・・・」


 


店から出て車に乗り込む。今日は風がちょっと冷たかった。


「来年のお正月もどこか旅行行きたいね」と利成が言った。


「うん・・・フランスすごく素敵だったよね」と明希が答えると利成が嬉しそうな笑顔を作った。


「気に入ってくれて良かったよ」


「うん、楽しかったよ。ありがとう」と明希が言うと頬にキスをされた。


「俺も楽しかったよ」と笑顔を明希に向けてから利成が車を発進させた。


「明希の店ね、もう少し待っててね」と車を走らせながら利成が言った。


「うん、大丈夫だよ」


「多分年内にはオープンできるよ」


「そうなんだ」


「うん」と言ってから「後、家だけどね」と利成が続ける。


「ちょっといいところがあったから、今度の休みの時でも一緒に見に行こう」


「そうなの?どこ?」


「行ってからのお楽しみ」と楽しそうな利成。


もしかしてこれで何か文句言ったらバチが当たる幸せレベル?などと明希は思う。


 


次の日の夜、利成が帰宅してから食事の前にスマホを取り出していた。


「ちょっと俺の実家に電話するから」と利成が言う。


「うん」と言って明希はキッチンに入って食事の準備をした。


「都合はいいけど・・・そんなにゆっくりはできないよ・・・正月?」と利成が明希の方をチラッと見た。


「わかった、聞いてみるから・・・」


利成が通話を切った。明希はテーブルに料理を並べると「何かあったの?」と聞いた。


「クリスマスの前日なんだけど、俺の親とコンサートの予定があるんだ」


「え?そうなんだ」


「俺の予定がはっきりしてなかったからまだ言ってなかったんだけど、二、三曲歌ってくれって言われてる」


「そう」


「それに明希も連れてきてって言われてるんだよ」


「え?私?」


「うん、それと、今年は正月に親戚が来るから明希を連れて少しでも顔出して欲しいって」


「・・・・・・」


(どうしよう・・・)


明希は利成の母が苦手だった。物事を歯に衣着せぬ言い方で話す利成の母は、悪い人ではないが明希にはテンポが早すぎてついていけない時がある。


明希が黙っていると明希の気持ちを察したのか「俺が一緒だから大丈夫だよ」と利成が言った。



寝室に入ってスマホを開いた。ツイッターをチェックする。


<明希、誕生日おめでとう>とメッセージが入っていた。


(え?翔太って私の誕生日知ってたっけ?)と首を傾げた。


あ、でも・・・と思う。去年の誕生日の時に偶然レストランで会ったのだ。あの時誕生日だとは話したはず・・・。


(覚えてたのかな・・・)


突然寝室のドアが開いたので明希は内心焦った。けれどそ知らぬふりでツイッターをログアウトするとスマホをサイドテーブルに置いた。


利成は何も言わずにベッドに入ってきた。気づいてないと思うけど・・・。明希は不自然にならないように自分も布団の中に入った。


「明希」と声をかけられて少しギクッとする。


「何?」


「明日バンドのメンバー連れてくるかもしれないから」


「そう?ご飯いる?」


「いや、前みたいな感じでいいよ」


「そう、わかった」


利成が明希に口づけてから「おやすみ」と言った。


「おやすみなさい」と明希も答えた。


多分大丈夫だよね・・・。少し不安が襲う・・・。


 


次の日の夜、バンドのメンバーと言っても、二名ほどだった。一樹とギターを担当しているという長瀬という人は今回初めて会った。


前のようにおつまみ的なものをいくつか作っておいたのでそれをテーブルに運んだ。利成がキッチンに来てグラスとウイスキーやビールを持って行った。それからすぐまたキッチンに入って来た。


「今日は明希もおいで」と利成が言う。


「え?私も?」


(ちょっとやだな・・・)と思う。


けれど利成は「そう」とだけ言ってリビングに行ってしまった。


しょうがない・・・と自分の分のグラスも持ってリビングに行くと、利成が「こっちにおいで」とソファに座っている利成の隣に来いという。一樹と長瀬が明希に注目した。


(あー・・・やだな・・・)


何も話せないし、音楽の話は退屈だし、といいことがない。でも仕方なく利成の隣に座った。


お酒を作ったり、氷を追加したりしながら利成やメンバーの二人が話す音楽の話をぼんやりと聞いた。


ふと一樹のグラスが空だったので、ウイスキーをつくろうと思ったが、グラスの中には溶けた氷があったので明希は立ち上がって別なグラスを取りにキッチンに行った。


すると後ろから空いた皿を持った一樹がキッチンに入って来た。


「明希さん、あれありました?」と聞かれる。


「あれ?」


「明希さんの歌の動画の・・・」


(あ・・・)と思う。あれは結局探せなかった。


「ごめんね、探したんだけどなかったの」


「そうなんですか?」


「うん・・・利成が持ってるのかも・・・」


「そうですか・・・ちょっと残念」と一樹が肩をすくめて笑顔を見せた。


 


明希が新しいグラスに氷を入れると一樹と一緒にリビングに戻った。


そしてそのままテーブルの上でウイスキーを作ると、一樹のテーブルの一樹の前に置いた。


「すみません」と一樹が頭を下げた。


「天城と奥さんってすごく仲いいって聞いたけど」と長瀬が言った。長瀬だけが利成を呼び捨てにするところを見ると、年上なのかそれとも仕事上の何かなのか明希にはよくわからない。


「確かに奥さんがこんなに可愛いんじゃね」と長瀬が言って明希に向かって微笑んだ。


(また、お世辞?)と明希は曖昧に笑顔を作った。


「長瀬のとこも仲いいだろ?」と利成が言う。どうやら長瀬は結婚しているらしい。


「いや、うちはさ・・・微妙」と言って長瀬が笑った。明希も笑顔を作ると一樹と目が合った。一樹は焦ったように赤くなって明希から目をそらした。


(何か可愛い・・・)と明希は一樹を見つめた。


「一樹は彼女いないの?」と長瀬が聞いた。


「いないですよ」と一樹が答えている。


(あれ?そうなんだ、こんなに可愛いのに・・・)と明希は思った。


「明希、先にお風呂入っておいで」と急に利成に言われる。


「あ、うん・・・」と少しホッとした。


 


入浴を済ませてからリビングに行くとスマホをチェックしている利成だけが一人いた。


「あれ?他の人は?」


「寝室に行ったよ」


「そうなんだ」


随分早いなと明希は思った。


(そっか、明日も仕事だろうし・・・)と思う。


「明希はツイッターやる?」といきなり利成に言われてギクッとした。けれど何とか平常心を保った。


「ううん、やらないよ」


「そうか・・・じゃあ、俺のツイッターで明希がやる店の情報出すか・・・インスタはやってた?」


「ううん、やってない」


「そう、今度からやろうか」


「利成がやるの?」


「いや、明希がだよ」


「私?何で?」


「お店のアクセサリーとかつけて明希の写真のせて」


「えっ?私自身が出るってこと?」


「そう」


「えー・・・それは無理」


「何で?」


「恥ずかしいし・・・」


「どういうところが恥ずかしい?」


「顔出すんだよね?」


「そうだね」


「・・・顔出すのが恥ずかしいから出さないでもいい?」


「ダメ」


「・・・・・・」


「明希、ちょっとおいで」とまた利成の隣にくるように言われる。


「何?」と利成の隣に座る。


「明希はもっと表に出なきゃ」


「だって出たら前のファッションショーの時みたく・・・」


「あれはごめんね。俺のせいだから」


「・・・その女の人は今もモデルさんやってるの?」


「さあ」


「知らないの?」


「知らないよ」


「そう・・・」


「明希は可愛いんだからもっと表に出なよ」


「可愛くなんてないよ」


「可愛いよ」


「それは・・・身内びいき?」


そう言ったら利成が笑った。


「何?その身内びいきって」


「だって利成の妻って言うか家族になるわけでしょ?」


「それで身内びいき?」


「うん、そう」


「明希はやっぱり可愛いね」と口づけてくる利成。すぐ唇を離すと思ったのに、しつこく明希はの口の中に舌を入れてくる。


(また・・・酔ってる?)


しばらく口づけられてから利成がようやく唇を離す。


(やだ、あんまりされるから感じてきちゃった)


「少し感じた?」


利成が楽しそうにそんなことを言ってくるので、明希は顔を赤らめて利成を睨んだ。


「じゃあ、今日は先に休んでいいよ。俺はちょっとやることあるから」


「うん、じゃあ、おやすみなさい」


「うん、おやすみ」


利成が階段を上って仕事部屋に行く。それをい送ってから明希がリビングを出たところで、一樹と鉢合わせした。


「あれ?何か用事?」と明希が聞くと、「いえ、お水をもらおうと思って」と一樹が言う。


「あ、うん」と明希はもう一度リビングに入り、キッチンに行った。


冷蔵庫から水を取り出し、グラスに注いだものを一樹に渡す。


「すみません」と一樹が受け取りそれを一気に飲み干す。


「飲みすぎた?」と明希が笑顔になると「ちょっと・・・」と一樹が顔を赤らめた。それが何だか可愛らしくて明希はまた笑顔になった。


「あのね、利成との動画はないけど、私だけ歌ってるのはあるよ」


何だか急に教えたくなった。


「えっ?本当ですか?」


「うん、あ、パソコンで見る?」


「もちろん」と嬉しそうな一樹。


明希はリビングにあるパソコンを立ち上げて自分のユーチューブをつけた。それからヘッドホンを差し込み一樹に渡した。


「自分も一緒に聞くの恥ずかしいから」


「そうですか?」と一樹が笑顔で言ってヘッドホンを受け取った。


一樹が明希の歌を聴いている間、何だか恥ずかしくてドキドキとしてきた。様子を見ていると、一樹の顔がだんだん真剣な表情に変わっていった。それからヘッドホンを外す。


「明希さん、すごくいいですよ。もっと歌えばいいのに」


「えーほんと?ありがとう」


「ほんとに真面目にもったいないです」


「えーそんなに言ってくれると嬉しいな・・・あ、それと安藤さん、私に敬語使わなくていいよ」と明希は笑顔で言った。


「え?でも・・・」


「ほんとにいいよ」と笑顔をまた作ると、一樹が赤くなってうつむいた。


(やっぱり、可愛いな・・・)と明希は一樹を見つめた。


「じゃあ、そうします」


「うん、そうして」


「明希さんも「安藤さん」じゃなくて「一樹」の方で呼んでいいよ」


「え?一樹さん?」


「さんじゃなくても・・・」


「一樹君?」


「それがいいかな」と一樹が笑顔になった。それから明希さんのアカウントスマホに送ってくれる?」と言った。


「うん、ちょっと待ってね」と明希は自分のスマホを取りに寝室に行った。リビングに戻ると、一樹がまたヘッドホンをつけていて、明希に気がつくとヘッドホンを外した。


「やっぱり、いいな・・・」


「やだな~そんなに褒められると何かしてあげたくなるよ」と明希は笑った。


「ハハ・・・じゃあ、今度何かして下さい」と一樹も笑う。


「うん、じゃあ、アカウント送るけど・・・」


「良ければライン教えてくれる?」と一樹が言う。


「あ、そうだね」と明希はラインを開いた。


二人でラインを交換していると、部屋の階段から利成が降りてきて、こっちを見て少し驚いた顔をした。


「あ・・・」と一樹がバツが悪そうな顔をした。


「何やってる?」と利成が立ったまま聞いた。


「その・・・」と一樹が口ごもったので、明希は「私のユーチューブを教えてたの」と言った。


「明希の?何で?」


「えーと・・・一樹君が聴きたいっていうから・・・」と明希が言うと、利成が明希の隣に座ってきて、ついていたパソコンをのぞいた。


(あ、マズイ・・・翔太からのコメント消してない・・・)


明希がドキドキしていると利成はすぐにパソコンから目を離した。


「明希、もう遅いから寝よう」と利成が立ち上がった。


「うん・・・」


一樹が座ったまま利成を見上げると「一樹も早く寝な」と利成が言った。


「はい、すみません」と一樹が答える。


明希がパソコンをシャットアウトしてから一樹に「おやすみ」と言うと、一樹が「おやすみなさい」と笑顔で答えた。


 


寝室に行って明希がすぐにベッドに入ると利成もベッドに入って横になった。


「何だろうね、一応忠告したつもりなんだけど、どうやらわかってなかったみたいだね」といきなり利成が言った。


「忠告って何のこと?」


そう聞いたら利成が自分の腕を立て、枕にして明希の方に身体を向けた。


「そうだな・・・」と言ってから笑顔になる利成。


「ライン、教えたらダメだった?」


「ダメじゃないよ」


「じゃあ・・・」


何なのか明希にはさっぱりわからない。


「さあ、どうしようか?」と利成が言ったので明希はハッとした。


「やっぱりダメだったんだね」


「そうじゃないよ」


「じゃあ、何?」


「明希はモテるね」


「え?何?急に」


「・・・寝ようか?」と利成が枕に頭を乗せて布団に入った。


(また・・・わけわからないんですけど?)


 


次の日の朝起きると一樹と長瀬がもう先に起きていた。


「おはよう」と長瀬が明希に言う。


「おはようございます」と明希が答えると、一樹も明希に向かって「おはようございます」と言った。


「俺たちもう出るんで・・・」と長瀬が言う。


「え?そうなんですか?早いんですね」


明希が時計を見るとまだ七時だった。


「うん、色々立て込んでてね」と長瀬が笑顔で言う。


「何にも出せなくてすみません」と明希が言うと、「いいの、いいのそんなのは」と長瀬が笑顔で答えた。


利成が起きてきてリビングのドアを開けたら「お、天城、俺らもう行くから」と長瀬が言った。


「そう?じゃあ、後で」と利成が言った。


一樹が利成に頭を下げた。明希は二人を玄関まで送ると「明希さん、じゃあ、また」と一樹が言った。


「うん、じゃあね」と明希が言うと「何?二人はずいぶん仲良くなったんだな」と長瀬がからかうような笑顔を一樹に向けた。


「いえ・・・」と一樹が赤くなってうつむいている。


「じゃあな!天城」と長瀬が部屋の方に声をかけると、「おー」と利成の声がした。


 


リビングに戻ると利成が仕事用のパソコンを開いていた。


「利成は何時に出るの?」


「・・・・・・」


返事がない。どうやら何かに没頭しているらしいので、明希がそのままキッチンに行こうとしたところで利成に呼び止められた。


「明希」


「ん?」


「ちょっと来て」


(また?)


「何?」と利成の隣に座った。


するといきなり利成の両手で頬を挟まれた。


「何?」と明希が聞いても利成は何も言わずにただ明希の顔を見つめている。


「困ったね」といきなり言われる。


「困ったとは?」


「・・・・・・」


利成は明希を見つめたまま黙っている。明希も黙っていると「・・・さてと、コーヒーでも入れるかな」と利成が立ち上がった。


(・・・・・・)


何なんだろう?芸術家の考えてることはわからんと明希も立ち上がってキッチンに行った。


 

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