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9:『冬の悪魔』3:冬神の山下り

「あの子は何故、そんなに死にたいんだろう?」


 冬の悪魔は考える。主の様子に精霊達は浮ついた笑みを浮かべる。


「旦那、そいつぁ、まさか……」

「嫌やわ主様、まさか本当にあんな子に現抜かしてはりますの?」


 雪の精霊に関しては、多少の嫉妬を滲ませる。


「ははは、そんなわけないじゃないか。僕の趣味じゃないよ。これまで僕がされたことを思いだしてご覧?」


 薪拾いで雪山を徘徊させられた。その間あの少女はだらけていたのに。


「え、でも冬神の旦那の名前って」

「ヒエムス様ってだけあってああ言うエスっ気のある子がタイプとか?」

「いや、そういう意味のエムじゃないから」


 その理論だと同僚の夏神はドSになってしまうよと、冬の悪魔は溜息を吐く。


「あ、しまった」


 また雪と北風の子分が増えてしまった。頭を抱えても、その悩みさえ人々を苦しめる災いだ。


(放って置いて欲しいんだけどな……)


 フィーネという少女。彼女が来れば来るほど冬の悪魔の憂鬱は増えていく。それが更なる冬を呼び込むだろう。冬の悪魔は自分が人々に嫌われている自覚はある。

 悪魔が悪魔であるのは、人々に嫌われている証。同僚の春と秋が女神であるのは、人々に愛されているからだ。もしも冬という季節が、誰かから愛されたのなら……次に生まれる冬神は冬の悪魔ではなく、冬の女神になるだろう。

 脅しになれない脅しで迫ってくるフィーネ。彼女のそれはきっと、少女期特有の死への憧れ。あんなにしっかり歩ける子のどこが病気だというのか。


(いや、無理か)


 ようやく手に入れた安住の地。宛てのない旅をしなくても済む世界。世界から爪弾きにされた神が、やっと息の出来る場所を手に入れた。何世紀もずっと、人から追い立てられてきた冬の悪魔にとって、あんな騒がしい少女なんかのために今を失うのはとても面倒なことだった。


「雪、北風。ちょっと出掛けるよ」

「冬の旦那、どちらまで?」

「あの子がどうして僕に殺されたいのか。それを見に行こう」


 辺りはもう夜だ。人々は家へと戻り、残り僅かな食料で命を繋ぐ。その家々からは冬の悪魔を罵倒する声が聞こえてくる。

 村のあちこちでは打ち棄てられた悪魔の人形。冬の悪魔を模ったそれは、人々の怒りによって暖炉に投げ込まれて燃やされる。早く春が来ますようにと、祈りながら暖炉から昇る煙に変わる。


(僕は神だって言うのに、祈りを聞いてあげられる神じゃない)


 そんな力はないし、あったとしてもこの冷たい心は動かない。旅人神は人と同じ心を持った存在。喜怒哀楽も確かに存在する。冬の悪魔の心を凍らせたのは、これまでの人間達の冷たい態度。

 この世に生を受け、目を開けたその日から……人間は冬の悪魔を罵った。枯れた秋の野。命を奪うように目覚めた。一面白銀の世界に変わる。


(冬はとても寒かった)


 冬の化身だって、寒さを感じる心がある。死なない身体を持っていても、風邪を引くことはある。一晩の宿を借りようと、村々の戸口を叩く。けれど誰も貸してくれない。逃げるように旅を続けた。


(人間は冬よりずっと、冷たい生き物だった)


 だからその死に心が震えることはなかった。迫害をする人間は、容赦なく凍らせ殺した時代もある。貸される宿は馬小屋とか牛小屋ばかり。スープの一つ、出されたことはなかった。それでも夜になって、皆が寝静まった頃……老い先短い老人達が小屋を訪れ、温かいシチューとパンを持って来る。

 自分は老い先短い。病で苦しんでいる。だから苦しまずに死ねるように、その時はどうか助けてくださいと。食事と毛布、それから懇願を捧げてくれるのはいつも老人達。冬の悪魔は思った。人間は氷として生まれてくるのだ。生きて生きて生きる内、その冷たい心は解けていく。死ぬ間際になってようやく優しい水になる。

 自分を神と崇める老人達。もう助からないと解ったらその枕に立って、苦しまないように殺すことにした。白の森に居を構えてからも、山を登ってくる老人は現れた。死にに山を登ってくる。自分が死神として存在しているのは、そういう人を殺すためなのだと理解した。それでもまだ年若いあの少女が、どうして山を登るのか。自分などに興味を持つのか。それが解らなかった。


「フィーネ、フィーネっと……あの家から呼ばれる声がするね」

「旦那、あそこは人形師の家ですぜ!」


 北風に言われ良く見れば、店先には看板が。なるほど確かにそこは人形屋。数年前に殺した老衰で老婆の家だ。その家には見覚えがある。老婆を殺した部屋を覗き込めば、その部屋で人形作りに勤しむフィーネの姿。


『くそっ!もっとリアルに作るべきか……いや、あいつはこんなに格好良くないっ!駄目だ!』

「あんなんゆうてはりますけど?」

「どうしよう、少し殺してあげたくなった」


 デザイン画を丸める少女に、雪が吹き出し笑う。悪魔は苦笑した。

 あの娘は祖母から悪魔の信仰を伝えられていたのだろうか?部屋の中に飾られた四季神達の人形。桜の花を纏った女の子、向日葵を背負った男の子、楓着飾る女の人形、氷の花とベルを付けた男の人形。人形には種類があって人間を模した物や、ぬいぐるみのような愛らしい物もある。


「へぇ……」


 二人の女神が可愛らしいのはまだ解る。本人達を知らない彼女が浮かべた想像上のぬいぐるみ。それぞれが動物を元にしてあるのか、なかなか可愛い。

 春の女神は桜の色から兎、夏の悪魔は不吉を表す黒猫、秋の女神は木の実を抱えた縞栗鼠。


「ウェールはあれで戦女神だから結構過激だったり残酷なところもあるし、フォールも男神化すると怖いんだけどなぁ……」

「夏神の旦那までデフォルメされてやす」

(僕は何だろう?)


 見ればふわふわと雪のような綿毛を纏った白い動物。冬の悪魔は羊のベルを身につけている。その音を鳴らして自分の存在を人に知らせ、逃げるように合図する。その伝承から、彼女は冬の悪魔の正体は羊なのだと思ったのか。羊のぬいぐるみが部屋中に転がっていた。


「うち、主様の一体買いたいわー」

「雪……」


 面白そうに窓の中を見つめる精霊に悪魔は少し呆れて笑う。


『でも、みんな酷いのよ』

「精霊と神を扱き使う君も大分酷いけどね」


 悪魔は思わず少女の一人事にツッコミを入れてしまうが、気付かれては居ない。もっとも、窓の外は吹雪だから見えるはずもない。今度は精霊達が吹き出した。


『売れる分には良いんだけど、折角作った人形を殺すんだもの。今日なんか首を切って引き回し!酷いわよね!そんなことされるために作ったんじゃないのに。別に貴方達が悪いわけでもないのにね……』


 夏と冬の悪魔の人形を抱き締めて、少女は悲しそうに笑った。その表情に、悪魔は彼女を誤解していたのではと狼狽える。


『何も、殺されるために作っているわけじゃないのに……』


 どきんと、胸が痛んだ。それは人形を通じ悪魔を哀れむようで……彼女自身を嘆いているように見えた。彼女は本当に、何かの病を患っているのだろうか?悪魔はそんなことを思い始める。


「命のない人形を哀れむなんて良い子やわ……」


 その横で微笑ましいと語る雪の精霊だが、その直後に窓の中の少女はろくでもないことを言う。


『ぶっちゃけ悪いの私の作った人形じゃなくて、あの野郎じゃない』

「命のある僕に対してはあの態度か」


 悪魔の嘆きに精霊達は腹を抱えて大笑い。悪魔は頭を抱えてそれを咎める。


「ほら、二人とも。そんなに笑うと気付かれるよ。彼女が寝静まるまで様子を見よう」

「主様、変質者みたいやわ」

「そういうことは言わないの」


 *


 少女が寝静まったところで、その部屋に忍び込んだ悪魔。けれどそこに手掛かりがあるわけではない。どうするのかと問いかける精霊達に、悪魔は至極真面目な顔つきで答えてみせた。


「これから彼女の夢を覗き見る」

「そんなこと出来るんですか旦那!?」

「主様やっぱり変態みたいやわ」

「僕は死神だから、それくらいは。最期を司る神なんだから走馬燈を、記憶を盗み見ることくらい訳はない。唯それは彼女には夢として回想して貰う必要があるってだけだよ」

「どっちにしろ変態臭ぇ」

「変態でもうちは主様好きどすえ」


 非難囂々。予想通りの反応に悪魔はげんなり俯いた。ここで気落ちしていては冬が更に広がるばかりだ。


「彼女が本当に重病人なら、僕も考える。その時は……」

「殺すんですか?旦那はそれで……寂しくねぇんですか?」

「寂しい……?僕が?」


 彼女のことは煩わしいと思いはしても、寂しいなんて思わない。何を今更。


「北風、僕は冬の悪魔だよ?人間とは違う」


 一時でも人間の恋人を得た、春の女神を羨ましいなんて思わない。従者の娘を傍に置いた秋の女神を妬んだりはしない。僕の心は凍っている。何かに苛立つこともなく、唯ひたすらに冬であり続ける。触れ合うことが許される、温かな両手が羨ましいなんて思わない。

 それでもこの少女を死ぬほど憎んでいるわけでもない。確かにこの少女が山を訪ねることで、変わらない終わらない日常に変化があったのは事実。一種のなれ合い。親しみくらいは覚えている。だから知人が本当に助かる見込みのない病人なら、殺してやるのが情けだろうと思ったまで。

 これ以上の無駄は不要。あまり傍にいては少女に風邪でも引かせてしまう。さっさと用事を済ませてしまおう。悪魔はマントを止めるため、喉元に付けていたベルと角飾りの鈴をシャンシャンと鳴らし、少女の夢に割り行った。


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