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8:『秋の女神』2:秋の憂い月

 私が何処の誰かだなんて、私は気にしていない。

 今こうして、あの人と一緒に旅が出来る幸せ。それ以外には何も要らない。私とあの人を引き合わせたのがどんな理由でも、それは私の幸せに影を落とさない。

 少しずつ時間が流れる。私の背が伸びて、歩幅も伸びる。

 あの人との距離が縮まる。それでもあの日とはずっと同じ時間を生きている。一定の年齢まで育ったら、それ以上に成長しないあの人は老いない。少しずつまた、距離が伸びていくんだろう。追いかけて、追いかける。私は一生あなたについて回る月。あなたはこの星。

 そうやってグルグル回る周り旅。聞こえてくる噂話。

 春神様と、恋仲になった王様の話。その王様ったら、夏神様とも親しくなって、友達になったのですって。私はとても心配。私から大切なフォール姉様が取られたりしないでしょうか?

 どうしてあの国に行きたくないのか何て聞かないでください。私にそれを言わせないで下さい。そんなに次々神様を魅了する王様です。あなたの心までその方に奪われないか私は不安で不安で堪らないのです。

 そう言って私が子供みたいに泣いてしまうと、あの人は扇子で口元を覆い隠して、なんとも艶やかに笑った。

 実りの秋は収穫された心の農園から、更に心を奪うことは出来ませんよと。


 *


 風の噂が運ぶ声。春神が再び旅を始めた。それは喜ばしいこと。旅人神の本来の目的を思い出したのだろう。春を留めた春の国に赴いた秋神一行。二人を迎えた若き王は、優れた人柄の人間で、気持ちの良い旅になった。長らく春を留めた国。それは罪深いことだけれど、一度滅びかけた国は再び勢いを取り戻した。なかなか良い国だった。春神が留まりたくなるのも解る。

 それでも秋神は胸騒ぎを隠せない。国を出る前にすれ違った、人間の少女から神の気配を感じたからだ。


「フォール姉様?」

「今のは……夏神の従者では?」

「え?」


 幼い少女だった。おそらくは四姉妹の末女。戦争を司る現人神ではなかろうか。追いかけようとして、そこで再び思い直した。

 血を被れば自分は男神に変わり、災いをもたらすようになる。いつも四姉妹の一人ははぐれているのだから、あれが今回そうだったのだろう。仮にあれを殺しても、世界の何処かにその神性を受け継ぐ少女が現れる。その少女が夏神の傍に目覚めれば、それこそ面倒事になる。


「いえ……気のせいでした。先を急ぎましょうセレン」


 そう言って背を向けた春の国。次にそこを訪れるのは冬神であるはずだ。ならば問題ないだろう。胸騒ぎも忘れるくらい旅を続けた頃だった。街で情報を得て来た従者が、一目散に此方に駆けてくる。その青い顔に秋神も驚いた。


「姉様姉様!大変です!」

「どうしましたかセレン?」

「戦争です!」

「戦争!?一体何処で……まさか!?」


 ここでようやく以前の国のことを思いだした秋神。


「夏神と春神が戦争を!」

「アエスタスとウェールが!?」


 春神と夏神なら間違いなく夏神の勝利になる。まともにやり合って勝てる相手ではない。


「どういうことですかセレン?」


 加勢に行くべきか否か。秋神であるフォールが春神に味方すれば、今度危なくなるのは夏神。となれば退くはずである。しかし、何故今戦争を?あの国の王はどちらとも親しかったはず。


「あの国で破滅の四姉妹が揃ってしまったんです!」

「やはり、あの時の!?」


 あの国はまだ夏神が巡る季節ではなかった。それでも二人は親しくなった。優しさに飢えていた夏神は、王の顔が見たくなってしまったのか。それとも受け取る物が多かったから?感謝していたから?わからない。でもきっと、旅の土産でも渡したくなったのだ。あの王が喜ぶような花の種を旅先で拾い集めて。歓迎のお礼がしたかったのだろう。しかし通り過ぎる最中、四姉妹が揃った。揃ってしまったのだ。


「元々原因はあの国の内乱で、夏神まで歓迎した王への不信感。それを利用した者が、玉座の簒奪を謀ったみたいです」

「それでウェールが舞い戻ったと言うことですか」


 なんということだ。秋神は頭を抱える。

 春神が大切にしていた国を、悪意なく夏神はまた滅ぼしかけているのだ。それを止める術はもはやなく、怒り狂った春神に戦いを挑まれている。


「夏神……貴方は」


 後ろを振り返れば、巨大な夏の入道雲。彼の慟哭を映したような雷雨が始まった。雷は兵の武器や鎧に落ちて、多くの魂を刈り取るだろう。それがまた、春神の怒りに繋がっていく。


「先を急ぎますよ、セレン」

「春神様に加勢しないのですか!?」

「いいえ……必要とあれば、冬神の力を借りなければならない事態もあり得ます。先に進み、彼が追い付くのを待ちましょう」

「どういうことですかフォール姉様……?」

「……夏神は、春神にわざと殺されるやもしれません」

「ええ!?でも!!」

「そうですね。相性の関係で、止めは刺せません。それでも彼は……一度死を選ぶことでしょう。問題は仮死から彼が甦った後」

「仮死、ですか?」

「セレン、我々四季神が天敵以外に殺された場合は仮死状態になるのです。次代の神に役職を譲るのではないので、新しい神は生まれません。暫く眠って力を回復し、また目覚める。けれどその際……記憶の不備が生まれます。眠る以前のことをよく思い出せなくなる。それでも彼の怒りは消えないことでしょう」

「では……」

「彼が眠ったところで私は彼を討ちに行きます。同僚の苦しむ様は見ていて楽しいものではありません。ですからそれまでは彼の好きにさせてあげましょう」


 夏神の守りを固める四姉妹の相手は、唯の人間である少女には辛い。秋神は彼女を安全な国に預けに行こうと考えて、世界地図を見る。


(秋の実りが必要そうな国……)


 ちゃんと秋に感謝して、その従者を大切に預かってくれそうな国はないものか。地図を眺める内に、貧しい国が見つかった。夏神の怒りを買って、暫く前に半壊させられた国。まだ復興には程遠い。滞在期間を延ばすことを条件に要求を承諾させようと、秋神は頷いた。そして従者の少女を手招き。その両手が夏と冬の神のように悲しい力を持っていないことを幸せだと思いながら、旅の道連れを抱き締めた。そうすることで、微かに震えていた少女が落ち着いていく。


「お前は戦争は嫌いでしょうが、彼を怨まないであげてください。我々旅人神は……心のある神。人間と同じく感情を持っている」


 だから悲しいし、寂しいし、傷つく心がある。神に不要なそれがあるから、旅はこんなにも前途多難。秋神自身、この少女が共にいることで、救われているのだ。


「彼と彼女は、お前を失った私に等しい」


 その時自分はまた暴走してしまうかも知れない。だから今、夏神を責めることが出来ないのだ。秋は実りの季節。そして別れの季節だ。別れの悲しみを悲しみとして人一倍感じてしまうのは秋神の性質。抱き締めてあげているつもりで、抱き締められているのは自分。


「フォール姉様……」

「お前は死んではなりませんよ。寿命以外で死んではなりません。良いですね」


 名残惜しさを感じながら、秋神は微笑んで従者から腕を放す。


「姉様……」


 後ろ手を握られたのは突然だ。思わず秋神が振り返れば、少女は泣きそうな顔で笑った。


「姉様こそ、置いていかないでください。お仕えさせてください、私が老いて死ぬまで。私が呆けて姉様を忘れても、姉様は私を忘れないでください。私がちゃんとフォール姉様をお守りしますから」


 冬神にも他の神にも、殺されないでくれと少女が嘆く。彼女自身を天涯孤独に、生贄にした原因である秋神に向かって、そんなことを願い出る。

 少女の健気な思いに、秋神はこれからのことをちゃんと説明できるかと暫し考えた。それでもちゃんと迎えに行くと約束すれば、この少女は戦場に着いては来ないだろう。歩く速度を僅かに落として、秋神は目的地までの道すがら……少女に語り聞かせることにした。

夏が暑い。そんな理由でまた、冬の悪魔を書きたくなりました。

四季折々の息吹を感じると、自然への愛しさから書きたくなる小説です。

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