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5:『冬の悪魔』2:冬恋うる少女の話

 北の国に、冬に焦がれる少女が一人。

 執拗に冬を追う少女には理由があった。理由もなく人は死など求めない。少女がそうする以上、そこには理由は存在している。

 夏の日に、少女が救いを求めるように見つめる先。窓の外に移る夏の景色不釣り合いな白い色。春も夏も秋も解けることない万年雪に飾られた魔の山。冬の悪魔が住まう場所。

 冬の悪魔は死神だ。心優しい死神だ。

 それでも自分を殺しに来てくれないのは、悪魔が存在していないから?やはりお伽話に過ぎないのだろうか。そんな考えが過ぎることもあるが、それでも少女は確かな証拠もないのに悪魔が存在していることを確信していた。

 少女が高熱にうなされる度、祖母が祈る相手は冬の悪魔の人形だ。熱が引いた後感謝するのも冬の悪魔の人形だ。そんな信心深い祖母に看病されて育った少女は、村の誰より冬の悪魔を信じていた。

 そんな少女の職が人形師というのも皮肉な話。少女の家が作るのは夏と冬の悪魔の人形。春祭りと秋祭りに用いる処刑用の人形だ。

 春神と秋神が雲隠れして数百年。世界は夏と冬という地獄の季節が半年ずつ訪れる場所へと姿を変えた。二人の死神が完全に恐れを失ったのはその頃から。人々は二人の悪魔への怒りを爆発させた。忌み嫌う季節を追い払うべく祭り年々過激となって、今では村中を首をくくった人形で飾り、祭りの終わりにその全てをバラバラに刻んで燃やすのだ。

 祭りの度に村の中央に飾られる祭壇。十字架に括られる悪魔の人形。それが全ての悪魔の親玉人形。最後はその首を刈り、冬の場合は土に埋める。夏の場合は川に流す。

 人形の首流れの秋祭りは観光客が一生のトラウマになると言う悲惨な絵。これに腹を立てたのか夏神は何時しか人を呪うようになった。夏の子は、夏の悪魔に呪われた生。少女もまた、夏の子だった。

 生まれながら高熱に苛まれ、常に病を患ったまま生きる。何時終わるとも知れぬ苦しみ。日に当たればすぐに高熱が出て倒れてしまう。共同農地の仕事も出来ない。夏の間はずっと家の中で寝込み続ける。

 夏の子は村からは嫌われる。得体の知れない病を煩っているから気味悪がられて人間の友達さえ出来ない。だからいつも傍にいてくれた人形に、少女は強い思い入れがある。

 誰からも疎まれる厄介者。死を願われるだけの存在。何のためにあの人形は産み落とされるのか。死ぬために生まれてくる人形。それが幼い日の自分に似ていると思ったから、少女は悪魔を哀れんだ。殺されるだけの人形が可哀想で可哀想で。

 ある年の冬の日に、処刑用の人形の手を引いて引き摺り……山の中へと逃げ込んだ。そして少女は吹雪の中、鳴り響く鈴の音を聞いたのだ。その夢とも現とも知れない吹雪の中、朦朧とした意識の中出会ったのは美しい声の少年。

 意識がもうろうとしていたせいで、姿をはっきりとは覚えていないが、雪のように白い肌が印象的だったことは覚えていた。その死の化身こそが己の救いだと、その日の少女は気付けなかった。幼い子供は人形こそが悪魔だと思い込んでいたのだ。

 その少年に連れられ辿った帰り道。村の入り口まで辿り着き、振り返るともういない。

 心配して待っていた祖母に、それこそが冬の悪魔なのだと教えられ……少女は冬の悪魔を求めるようになる。


 *


(痛いのは嫌。苦しいのは嫌……)


 昼寝でも、夜寝でも。瞳を閉じる度に少女は思う。このまま閉じた目が開かずに、そのまま眠るように息を引き取れたらとっても素敵。痛みもなく終わることが出来る。それは甘美な誘惑だ。

 苦しみの中、祖母から聞かせられたお伽話。冬の悪魔の物語。

 それを思い出しながら縋るように見つめる白は、突き放すように気高く冷たい。それでも倒れ込んだ雪の上は布団のように柔らかく、優しささえ感じる。

 それでもその冬を統べるはずの男がこれだ。半泣き顔で鼻を啜りながら薪拾いをしている青年の背中には、どうも今まで抱いていた荘厳なイメージが感じられない。


(まさか冬の悪魔がこんなに格好悪いだなんて、詐欺だわ全く……)


 少女の吐き出す白い溜息。それが鼻先の雪を僅かに溶かした。


 北国のその村は、家の仕事の他に村の仕事を行う共同体。過酷な環境の中生きるには互いに協力しなければならないのだと人はこの数百年間で学んだのだ。

 夏の日は外を歩くことも出来ない少女が働けるのは冬の日だけ。農作業の出来ない少女が行う仕事は薪拾い。夏の子は体温が高い。常人より寒さに強く、雪道での仕事も人より得意ではあった。冬が廻ってくる度に、割り当てられた仕事をこなしながら、少女は森を目指した。麓からはよく見える悪魔の森も、山に登れば在処を見失う。

 そんなことを続けた結果、少女は再び遭難をした。最悪死ぬなら死んだでそれはそれで構わないと腹を括ってはいたが、せっかく集めた薪を家に届けられないのは腹立たしい。そのことで父と母が嫌味な村長達に文句を言われないだろうか。それだけが心残りだった。

 苛々としながら灰色雲に覆われた冬の空を見上げてどのくらい時間が過ぎただろう。そこにやって来たのは一人の青年。

 彼が探し求めた冬神なのだと少女はすぐに気がついた。その理由は簡単。見るからに。

 第一そんな人間を少女は知らない。

 青年の髪は不思議な色。雪のように真っ白な白髪に透き通った水面に、水色を数滴混ぜたような青のグラデーションの髪。瞳は氷張りの湖の色。彼の耳は尖っていて、頭からは山羊のような羊のような角が生えている。低血圧なのか常に眠たそうな顔をしているが、見た目は整っている。冬を司る者の癖に寒いのだろうか?厚手のコートを着ているその悪魔。

 悪魔は少女に近づいて、まだ息があることを察すると……伸ばした腕を引っ込める。そして少女から離れる。それでもすぐ傍にいる。誘われるように少女が起き上がれば、更に数歩離れる。それを追えば更に数歩離れる。本で読んだ通りだ。悪魔はこうやって村まで遭難者を帰すのだ。しかし少女は村に帰るつもりなど毛頭無かった。

 あろう事か悪魔の名を呼びながら全力疾走してくる少女の迫力に、悪魔は驚き木の上へと逃げ出した。朦朧とした意識の遭難者は、夢か現かわからぬまま帰還するものだというのに、こんな人間初めてだと悪魔はとても怖がった。

 怒らせても怖がらせても構わない。少女は悪魔に殺して貰いに来たのだから。相手が神だというのに我ながら不遜なことをしたものだと自分の行動を少女は省みる。

 しかしあれは相手も悪い。神という者が、あんなにも人間みたいな反応をするとは思わなかったのだ。神ならば神らしく傲慢に踏ん反り返って我が儘であるべきだ。人間なんかに脅える神がどこの世界にいるだろう。


(今日もまた、殺して貰えなかったわ……)


 籠いっぱいに詰められた薪を背負いながら少女は山を下る。

 意外とあの悪魔は頭が固い。気が弱い割りになかなか折れない。もう一歩だと思うのになかなか殺して貰えないのだ。

 吸い込む息はとても冷たく、吐き出す息は真っ白だけれど、少女はこの空気が好きだった。冬の空気は冷たく、身体の熱を冷ましてくれる。こんな風に思いきり動くことが出来るのは、この土地が冬に支配されているからだ。


「ただいま!」

「あらフィーネ、凄いわこんなにどこから拾ってきたの?」

「あら母さん、私だってやるときはやるのよ」


 胸を張って荷物を下ろせば母が寒かったでしょうと頭の雪を払ってくれる。


「半分が村に収める奴で、残り半分がうちの奴。これだけあればしばらくは大丈夫よね」

「そうね。これだけあればしばらくはお役目は来ないと思うわ」


 それを確認して少女は小さくガッツポーズ。自由な時間を手に入れた。これであの氷頭の悪魔を口説き落とすことが出来る……かもしれない。


「そうだ母さん、発注の人形はあと何体だったっけ?」


 作業場兼自室への階段を上りながら、少女は母を振り返る。


「今年も祭りは大々的に。人形も増やすっていうから、多ければ多いほどいいみたいだわ」

「稼ぎ時ね」


 不敵な笑みを浮かべる少女に母親は心配そうな声を上げるが、少女は笑みを崩さない。


「でもフィーネ、あまり無理は……疲れたでしょう?今日はもう休みなさい」

「嫌よ。ここで稼がないでいつ稼ぐのよ。私の人形は出来が良いってよく売れるじゃない」


 少女はそのまま階段を駆け上がり、自室の扉に手を掛ける。その取っ手の冷たさを感じられるのは、高すぎる体温のため。


(そうよ……今年が最後かもしれない)


 次の夏を越せるという確証はない。父と母のためにも稼げる内に稼いでおきたいのだ。



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