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4:『秋の女神』1:秋神の物思い

 四季を統べるは四人の旅人神。

 豊かな収穫をもたらすは秋の君。木枯らしの扇で舞い踊る彼女は豊穣司る実りの女神。

 秋神の訪れた場所は、緑が一斉に色付き見事な紅色に飾られ、草木は収穫の日が訪れたことを人々へと告げる。その来訪を待ち望む民は多く、彼女の旅は常に宴と祭りが続く。

 人の形と心を持った秋神は、気の良い女神。しかし彼女は四人の旅人神の中で最も人間らしく、世界には彼女を語る多くの神話があった。


 “秋神様がいらっしゃったら宴会じゃ!宴会じゃ!酒は上物!鮭も上物!毎日たらふく食わせてやらっしゃい。酒を注ぐのは年若く見目麗しい童子にすると尚良か。秋神様は美しい者に目が無ぅて、その飲みっぷりを褒められたなら勧められるままにどんどん酒を呑まれでな。秋神様がほろ酔い気分になられたら立派な布団と枕に勧めらっしゃい。出立前の宴の日、寝惚け眼の秋神様に時間を聞かれたら日付も昼夜も付けずに答えっしゃい。そんだら、その年の実りは例年よりも多くなっがら”


 ただしそうやって女神を騙していいのは二日までと人は語り継ぐ。

 仏の顔も三度まで。それを破れば目覚めた女神の怒りを買い、実りの女神は収穫の死神へと変わる。

 信仰と恐れを無くした世界において、実りもたらす女神は人の目にはどう映るのか。留まらせれば永遠の繁栄を約束された秋の君。

 舞姫を見守るように咲いた赤すぎる紅葉が語る、一人の神のお伽話。


 *


 秋の女神は考える。月とはとても良いものだと。

 世には花鳥風月という言葉こそあれ、秋の旅路を進む女神にとって無関係のものも多くある。

 秋の化身である女神は、花見の宴などには招かれない。彼女が向かえば満開の桜も散らしてしまう。

 例えそれがどれほど美しくとも、雪見酒など恐ろしくて恐ろしくて逃げ出さずにはいられない。それは女神を殺す者の化身なのだから。

 共に永遠を旅する伴侶は夜空に浮かぶ、あの名月だけだ。他を羨むより今ある物を愛でる心が女神にはある。だから月見酒ほど美味い酒を女神は知らない。


「フォール姉様」


 ひょこひょこと後ろをついてくる子供は月のように柔らかな金髪。この少女と旅をするようになってから何年経っただろうと女神は考える。


「どうかしました、セレン?」

「何かお悩みことでもお有りですか?」


 お酒のお代わりでしたらお注ぎしますよと微笑む少女。

 今は宴の席ではない。何と言うことはない旅路の上。秋の夜長の月見酒。だから多生羽目を外して飲んでも構わないと少女は笑う。

 そんな少女の労りに、女神はしみじみと思うことがある。

 この子供を連れ出したのは何故だっただろう。何時だったか旅先で出会ったこの子供は泣いていた。

 旅は唯でさえ遅れていた。二日までなら目を瞑る延長期間も破られて、愚かな民は女神を一月も誤魔化し留まらせた。怒りのあまり多くを破壊してしまった秋神を、我に返らせたのがその泣き声。

 木枯らしに扇がれ傾いた国。熟した果実は毒を生み、人を内側から破壊した。秋神の呪いによってこの幼い子供は両親を亡くしたのだ。そんな子供の世話をする者などそこにはなく……神の怒りを静めるための生け贄として社に捧げられたのだ。

 裏と表の紙一重の神とはいえ、秋神も神。平静を取り戻しては人を殺めることなど出来ないし、この惨状を人の自業自得と捨て置けない程度には慈悲深かった。しかし、風の噂で聞いた春神のように一国に留まることは出来ない。実りの季節を待ち望む民は世界中にいるのだ。それでもこの子供を放っておけないなら、共に連れ出す他に道はなかった。


「いえ、何……お前が私の所に来てくれてから、私の寝坊癖が治って助かっていると言ったのですよ」

「それが私のお役目ですもの、当然ですフォール姉様」


 恨み言を口にせず、後をついてくる少女に女神は時折苦悩する。そして怒りに支配されることの罪深さを思い知るのだ。

 だからこそ歓迎の宴の席でも好物の酒を控えるようにちびちびと飲み、眠らないよう気をつける。それでも眠ってしまった場合、ちゃんとこの少女が女神を起こしてくれる。優しい月に見守られる旅が始まってから、女神の旅が遅れるということはなくなった。

 それはつまり人に騙されることも久しくなくなり、女神が怒りに取り憑かれ収穫を行うこともなくなったということだ。


「セレン、冬神と夏神の進路はどうなってます?」

「ヒエムス様は北国を中心の旅路を。アエスタス様は北上をなさっているようです」

「なるほど。それならヒエムスは南下してくることになりますね」


 春神が停滞している今、一部の地域を除いて世界は春を失っている。故に秋の実りを世界に届けることは大事なこと。

 夏神の太陽で雪を溶かして苗を無理矢理発芽させ、入道雲で水をやり、枯らす前に国から消える。それを秋神が踊り狂って無理矢理実りまでこぎ着ける。冬神は予め降雪量を増やすことで夏の乾燥に耐えうるだけの水を確保する。

 失われた季節のために、三人の旅人神はその調整のために苦心している。

 もっとも二人の悪魔が女神のように思い悩んでそうしているかはわからない。唯単に今の世界は冬神を憂鬱にするような何かがあって、夏神を旅に追い立てる何かがあるだけなのかもしれない。それでも少なくとも秋神である彼女は春神の尻拭いである調節を行っている。それは、同病相憐れむと言ったところか。


(人間なんかに心を砕くなんて、馬鹿な女と笑ったものだけれども……私もあの子のことを笑えなくなってしまった)


 旅は道連れ世は情け。そんな言葉が脳裏を駆ける。

 旅路に月を見出すまで、唯々続いていく永遠の旅に嫌気が差していた節はある。美味いご馳走も上物の酒も、百年千年繰り返せば舌は麻痺してなんとも味気ない物へと成り下がる。

 それでも隣で微笑む月に注がれた酒は、何時口に含んでも新鮮な味わいを女神にもたらす。

 幼い頃にひもじい思いをしてきた少女は、旅先での食事の作り手と自然の恵みへの感謝を忘れず祈りを捧げる。信仰の薄れつつある世界の神としては、少女の祈りは心の拠り所であり慰みだ。

 そして本当に美味しい美味しいと箸を運ぶ少女を見ていると、女神の方もそんな気持ちになってくる。麻痺したはずの味覚が千年前に戻ったようで、祭りも宴も楽しみで……続く繰り返しの旅が女神の内面にも実り多きものとなる。

 そんな思いを知ったからこそ、秋神は春神を哀れむ心を見出した。


 神は神として生まれるけれど、神を産むのもまた神で。だから、作られた神は思うのだ。思い悩み生きるのだ。

 私を生み出した神は何故人の心を与えたのだろうとは、旅人神の全員が一度は思い悩むこと。旅人神の終焉は、おそらくそんな悩みの先にある。


(ウェールは旅人神の禁忌を犯した。これが上に知られるのも時間の問題。おそらくもう……長くはない)


 そうなれば次の春神が生まれるまで世界は本当に春を失う。その時世界は大いに荒れる。

 女神はそれを予見して、前もってその対処を施そうとしているのだった。


 世界が荒れればこの少女のような子供も大勢生まれる。女神が我を失わずともそれは変わらない。


(子供が泣くのは見たくないのよ)


 女神の溜息は冬神とは違い、北風などは起こさない。変わりに女神の長い睫と前髪を、芳醇な酒の香りで微かに揺するだけ。


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