征服者のゲーム - 第1章 覚醒(前編)
平凡な日常が一変する。倦怠したサラリーマン、クロード・バスクが、自分も他の人々も、超現実的で危険な場所に飛ばされていることに気づく。平凡な日常から解き放たれた参加者たちは、「勝てば巨万の富を得る、負ければ確実に死に直面する」という賭け金の高い残酷なデスゲームに駆り出される
オフィスでのいつもの一日。
ぼんやりとノートパソコンの画面を見つめていた。人工的な光がまるで「この退屈な日常に何か意味を見つけてみろ」と挑発するように、こちらをじっと見返してくる。エアコンの低い音と時折聞こえるキーボードの音が空気を満たし、白い襟の生活が奏でるバックグラウンドミュージックとなっていた。
俺の名前はクロード・バスク。28歳、どこにでもいるような典型的なサラリーマンだ。特徴なんて何もない、完璧に普通の人間。
多くの人にとって、この仕事は恵みとも言えるだろう。いや、夢みたいなものかもしれない。仕事量は少なく、同僚たちは気さくで、厄介な社内政治なんてものも存在しない。静かで予測可能な生活。でも、俺にとってはこの上なく退屈だった。正直言って、給料なんて必要なかった。他の人と違って、お金の心配をする必要はない。この仕事はただの暇つぶし――自分の無目的さという虚無を直視しないための、単なる気晴らしに過ぎなかった。刺激も満足感もない、ただの単調な繰り返し。2週間の数字の処理が終われば、その後はまた2週間、暇を持て余してスマホをぼんやりと眺めるだけの時間。
そして今は、その暇を持て余す期間だった。部署の仕事量が底を突き、俺はオフィスを幽霊のようにさまよいながら、同僚たちに会釈を交わし、スマホで同じウェブページを何度も更新していた。
「よっ、今日はなんかやることあるのか?」
声にハッとして顔を上げると、新入社員のドンが立っていた。彼は二十代前半で、身長は180センチほど。明るい茶色の髪をセンターパートに分けている。どこか気軽で若々しいエネルギーをまとった男だった。その隣にはクララという同僚が座っていた。彼女も女性としては背が高く、180センチほど。肩まで伸びた黒いウェーブヘアをしており、よくヘアクリップで留めている。クララもまた二十代前半で、社内では「一番美しい社員」との呼び声が高かった。
「で、何してんだよ?」とドンはニヤリと笑って聞いてきた。答えは分かりきっている――俺たち全員暇だったのだ。
「そっちはどうなんだよ?」俺はドンとクララの両方に視線を向けながら返事をした。
彼らは顔を見合わせて笑った。全員お約束のようなものだった。スマホを手にして、心ここにあらずのまま、定時までの時間をただ燃やすだけの日々。
そんな不条理さに静かに降参しつつ、自分のデスクに戻って椅子に沈み込んだ。頭の中では最近読んでいたマンガ『砕けた世界』のことを思い浮かべていた。それが面白くて夢中だったが、残念ながら公開されている話数がそろそろ終わりそうだった。このペースだと残り11話を昼休み前に読み切ってしまうだろう。新しいものを探し始めながら、面白いストーリーが終わってしまう寂しさをすでに感じていた。
そして、それは起きた。
スマホが手から滑り落ちた。しかし、それは不器用さのせいではなかった。床が震えたのだ――地震?ここで?今?そんなはずはない。地震の季節でもないし、前兆も何もなかったはずだ。
悲鳴が響いた。鋭く耳を刺すような音だった。声の主はクララとドンだと分かった。
こういう時の手順って何だったっけ?
そんなことが頭をよぎった。混乱の中で正常性を掴もうとする反射的な思考だった。でもすぐにその考えを振り払った。意味があるのか? 反射的にスマホを拾い、机の下に潜り込む準備をした。そして――
まばたきした。
次に目を開けたとき、世界は完全に変わっていた。
信じられない光景に立ち尽くす俺。周りには見知らぬ人々がいた。制服を着た若い学生や、俺と同じサラリーマン、そして皺だらけの顔に困惑と恐怖が入り混じった年配の人々もいた。ざわざわとした声が空気を満たす。
「ここはどこだ?」
「これは一体何だ?」
「いったい何が起こったんだ?」
俺たちが立っている空間は途方もなく広かった。その広さは理解を超えていて、前を見ても後ろを見ても、果てが見えない。10個のサッカー場をつなげたような広さだ。それほど現実離れしていた。さらに奇妙なのは、かすかでほとんど感じ取れない「動き」の感覚。非常に微妙で、多くの人は気づかないだろう。しかし、俺には分かった。この感覚…まさか…
周囲を見渡すと、壁沿いには無数の扉が並んでいた。それはどこかホテルの廊下のようだったが、配置に違和感を覚えた。まるで人工的で現実感がない。それぞれの扉の横には黒いスーツを着た人影が立っており、顔は仮面で覆われている。その均一さが不気味だった。彼らの黒いコートはまるでプロの殺し屋のような印象を与え、さらに悪いことに彼らは武器を持っていた。見えるように拳銃を構えていて、それを隠そうとする様子もなかった。
そして、彼女がいた。
廊下の遠くに、一人の女性が立っていた。堂々とした佇まいで、落ち着きと権威を漂わせている。金髪は照明の下で黄金のように輝き、その目は人間離れした鋭さを持っていた。彼女はフォーマルな服装をしていて、優雅さそのものだったが、その存在感は俺に寒気を与えた。
エレイン…どうして彼女がここにいる?
その名前が頭の中に浮かんできた。まさか…本当に彼女なのか?
人々のざわめきが不安げな話し声へと変わり、空気が重くなった。恐怖は伝染し、水面の波紋のように広がっていく。しかし、誰も軽率に動こうとはしなかった。本能的に分かっているのだ――逃げることなどできない、と。
「あり得ない……」
俺は呟いた。思考が渦を巻き、現実感がどんどん遠のいていく。
しかし、聞き覚えのある声が俺を現実に引き戻した。クララとドンが俺のそばにたどり着いていた。その顔には、俺と同じような混乱と不安が浮かんでいる。
「ここって、どこなの? 何が起きたの?」クララの声は震えていた。普段は落ち着いている彼女が、今は恐怖を隠せない様子だ。
「地震があったと思ったら、それで……」ドンは言葉を途切らせた。その声には焦りが滲んでいる。
「俺も分からないよ……」俺は正直に言った。自分の不安を隠そうとしてもうまくいかなかった。
「出口を探してみるか?」ドンが提案したが、その声色からして、彼自身も出口なんて存在しないと思っているのが分かった。
俺が答える前に、廊下の中に響き渡る声が混乱を断ち切った。
「ようこそ。」
黒いスーツを着た背の高い男が、まるで空気を割るようにして廊下の中央に現れた。突然の登場に人々の間から驚きの声が上がり、女性の悲鳴が大きく響いた。近くにいた者たちは本能的に後ずさりしたが、俺たち残りの人間はその異様な光景に釘付けになった。
「ゲームを制し、富を手に入れよ。ゲームに負ければ、命を失う。二度目のチャンスはない。」
その男の声には不自然な重みがあった。広大な空間で響き渡るにもかかわらず、マイクやスピーカーの助けを借りているようには見えない。その声は、耳を通さず直接頭の中に響き渡るような感覚を与えた。
男は右腕を上げた。その瞬間、腕が変形した。手の形が槍のように鋭く光る形状へと変わったのだ。誰もが反応する間もなく、彼はその槍を悲鳴を上げた女性の首に突き刺した。血が床に飛び散り、女性の体がその場に崩れ落ちた。
パニックが爆発した。悲鳴が空間を埋め尽くし、人々は四方八方に走り出した。扉を開けようとしたり、壁を叩いたりして必死に逃げ道を探そうとした。しかし、扉はびくともしない。混乱が支配する中、群衆は出口のない迷路のように行き場を失った。
「モンスターだ!」
「逃げろ! 逃げろ!」
恐怖の叫びが耳をつんざく。クララとドンが俺の腕を掴み、必死な目でこちらを見ていた。
どうする? どこに行けばいい?
そのとき、廊下全体に響く銃声が鳴り響いた。
一発ではない。連続した一斉射撃の音だった。黒スーツの管理者たちが一斉にリボルバーを放ったのだろう。その数は数百、いや千人近いかもしれない。その音により、その場の全員の注意が瞬時に引き寄せられた。
黒いスーツの男は落ち着いた様子で手を2回叩いた。
「さて、さて……落ち着け、参加者たちよ。」
彼は冷静でカジュアルな口調でそう告げた。
そして、その言葉は効果を発揮した。混乱は即座に収まり、群衆の恐怖は作られたような静寂へと変わった。それだけでなく、全員が自然とその男の方を見ていた。まるで群衆全体の配置が操られたかのような不自然さだった。
その男の声は不思議なほど心地よく、催眠術のように人々を引きつけた。つい先ほど目の当たりにした恐怖にもかかわらず、誰もが耳を傾けざるを得なかった。
「この女はうるさかったから、例として選ばせてもらった。いい見本だろう。私の耳元であんなに大声で叫ぶとは、なんたる無礼か。」
その言葉は理解を超えていた。恐怖に反応することが許されず、その結果として命を奪われる――そんな理不尽さに吐き気を覚える。しかし、誰も反論することはできなかった。
彼は淡々と話し続ける。「これがルールを破った者の運命だ。だから、絶対にルールを破るな。私はエグゼクティブと呼ばれる者だ。黒スーツの者たちは管理者と呼べばいい。そして、君たち自身は参加番号で呼ばれる。番号は左袖に書かれている。」
その時になって初めて、自分の袖に縫い付けられた奇妙なパッチに気がついた。そこには太字で「009」と書かれていた。俺の参加番号だった。
「クロードは9番なんだね。」クララが自分の袖を見ながら呟いた。「ドンは61番……私は380番……?」
エグゼクティブは人々のざわめきを気にせず、話を続けた。
「これから皆さんにはゲームをしていただきます。勝てば、生涯で決して手に入れられないような豪華な生活を送ることができます。そして今から、最初のゲームについて説明します。」
誰も質問はしなかったが、全員の頭にある疑問は明白だった。それは「勝つこと」ではなく、「負けたらどうなるのか」という恐怖だった。しかし、誰も彼を遮ることはできなかった。空気を覆う重苦しい恐怖が、それを許さなかったのだ。
「ポーカーだ。」
エグゼクティブがそう宣言すると、その口元には不気味な笑みが浮かんでいた。
その言葉に、群衆の間には困惑のざわめきが広がった。
「誰もが知っているゲームだと思うが、念のため簡単に説明しよう。」彼は続けた。「皆さんにはそれぞれ2枚のカードを配る。そして、その後、共通カードとして3枚が表向きで公開される。ただし、通常のポーカーとは異なり、共通カードは最初の2枚と同時に公開される。」
「何だって?」思わずそう考えた。ポーカーの醍醐味は、カードが徐々に公開される緊張感と駆け引きにある。それを台無しにするルールは、まるでゲームの本質を無視しているように思えた。
エグゼクティブは、まるで私たちの困惑を見越していたかのように説明を続けた。「君たちは配られた2枚と共通の3枚から、最強の5枚の組み合わせを作り出す。それだけだ。そしてカードが公開されるたびに、チェック、レイズ、コールの選択ができる。さて、皆さんの右ポケットには3枚のコインが入っているはずだ。確認してみてほしい。」
反射的に右ポケットに手を入れると、確かにそこには冷たくて金属の感触があった。しかし、どうして? さっきまでは何も感じなかったはずだ。それがいつの間にか入っていたという事実が、背筋をぞくりとさせた。
ポケットから3枚のコインを取り出してみると、それぞれが青く輝いていた。クララとドンも同じようにコインを取り出したが、それらは赤と緑だった。答えのない疑問が頭を渦巻いたが、考えている時間はなかった。
「ゲームのルールは単純だ。」エグゼクティブは続けた。「廊下にあるプレイルームのいずれかに入り、ゲームを開始しなさい。参加するための最低賭け金はコイン1枚だ。2階に進むためには、3色の異なるコインを集める必要がある。追加でコインを集めれば、その報酬は指数的に増加する。数百万ドルの価値だ! もしくは……友達を助けることもできるかもしれない。」彼は暗く不気味に笑い、その音が静寂に響き渡った。
なぜかその言葉に心を奪われる人が数人いた。死の恐怖よりも、富への執着が勝ったのだろうか。それとも、勝者が余ったコインを分け与えてくれるかもしれないという楽観的な期待に縋っているのだろうか。
「2階に到達すれば、贅沢の限りを尽くした生活が待っている。5つ星の料理、マッサージ、何でも想像できるものが揃っている。全員がゲームを終えたら、希望すれば退出することも可能だ。そして……ルールを説明しよう。」
彼の口調が変わり、冷酷さとプロフェッショナリズムが奇妙に入り混じった調子になった。
「1. プレイルームでの暴力は一切禁止。
2. 異なる色のコインを3枚以上持つ者だけが2階へ進める。
3. 各ゲームには最低1枚のコインが必要で、追加で賭けることも可能。コインがない者は参加できない。
4. 各ゲームには最低3人の参加者が必要。
5. これら以外のルールは自由だ。
そして……もしも、ルールを試そうという気になったならば……」
最後の言葉は冷たく、恐怖を伴う響きだった。その威圧感に、誰も説明の詳細を尋ねることができなかった。ルール違反の罰がどれほど恐ろしいものか、既に十分に見せつけられていたからだ。
「これで説明は終わりだ。どうぞ、ゲームをお楽しみください。」
エグゼクティブの声は不気味なほど陽気だった。そして、再び静寂が訪れた。恐ろしい現実を前に、全員がその場に立ち尽くしていた。
しばらくして、小さなざわめきが群衆の中に広がり始めた。不安と戸惑いが会話となり、交錯する疑問が恐怖に満ちた混沌を形作っていった。ある者はルールについて話し、ある者は戦略を議論し、中にはただ「死にたくない」と繰り返す者もいた。
ついに、一人の男が緊張を振り切るように声を張り上げた。
「負けたらどうなるんだ!? 俺たちは死ぬのか!?」
30代くらいの男の声は震えていたが、全員の注意を引くには十分だった。
群衆は再び沈黙し、その場にいた誰もがエグゼクティブの返答を待ち構えた。この質問こそが全員の心に渦巻く疑念であり、誰もが口にする勇気を持てなかったものだった。
エグゼクティブは冷静で落ち着いた声で答えた。しかし、その声には不穏な響きがあった。「知りたくないだろう……」その言葉は静かだが、冷酷な最終通告のようだった。
その場の全員に寒気が走った。その言葉には、明確な脅迫以上の恐怖が込められていた。
「ゲームは始まった。」エグゼクティブは宣言した。「制限時間は5時間だ。時間内に3枚の異なる色のコインを集められなかった者は、敗者と見なされる。どうぞ、ゲームをお楽しみください。」
エグゼクティブの言葉が空気を重くし、場の雰囲気はさらに張り詰めた。誰も動かない。恐怖が全員の足をその場に縛りつけていた。「知りたくないだろう」という言葉が頭を離れず、その重圧に耐えかねて全員が押し黙った。
廊下には武装した警備員たちが立ち並び、静かに立っていた。その存在は、違反者が何を迎えるのかを改めて思い知らせる冷たい警告だった。
「……どうなってるの、これ……」
クララがぽつりとつぶやいた。その声はかすかで震えていた。
「わからない。」ドンが答えたが、その声には恐怖が滲んでいた。「やるべきなのか? 部屋の中で殺されたらどうする? 奴らには銃があるんだぞ……」
最後の言葉を口にしたとき、彼の声はかすれていた。恐怖が彼の心を支配しているのが明白だった。彼は私の方を見てきた。その瞳には、頼るべきものを必死に探す絶望が宿っていた。
私は息を呑み、内心の動揺を押し殺して冷静を装った。
「運が良かったんだ。」私はできるだけ落ち着いた声を出した。
「運が良かった? どういうことだ?」
ドンの眉が困惑で寄せられた。
「3枚のコインが必要なんだ。それも、色の異なる3枚だ。」私は手を差し出し、ポケットから取り出した青いコインを見せた。その青い光沢が人工照明の下で鈍く輝いた。「君たちのも見てみろ。」
ドンとクララは一瞬ためらった後、自分たちのコインを取り出した。赤と緑。それは私のものとは異なっていた。その意味を理解した瞬間、彼らの表情に安堵の色が浮かんだ。
「行こう。」私は立ち上がり、近くの扉の一つに向かって歩き出した。他の群衆がこちらを見ていた。その視線は好奇心、嫉妬、そして恐怖が入り混じったものだった。クララとドンは私の後ろをついてきた。その足取りには迷いが残っていたが、それでも決意が感じられた。
扉の前に着き、私はドアノブを掴んで回した。驚いたことに、簡単に開いた。さっきまで鍵がかかっているのに気付いていたが、どうやらゲームが始まった瞬間に解錠されたようだった。
部屋の中は質素だが必要なものは揃っていた。黒いスーツを着た3人の管理者が無言で立っており、彼らの仮面の下の表情は読み取れなかった。その佇まいには、外にいた警備員と同じ不気味さが漂っており、その腰にはホルスターに収められたリボルバーが見えていた。
「また武装した奴らかよ。」私は嫌味っぽくつぶやいた。「こんなクソみたいなゲームイベントのために、どれだけ人件費をかけてるんだ?」
クララもドンも笑わなかった。それも無理はない。この息が詰まるような空気の中では、ユーモアなど存在し得なかった。
部屋に完全に入ると、私は周囲を見渡して鍵があるか探した。しかし、見当たらなかった。
「部屋の鍵を閉めろ。3人だけでプレイする。それでいいか?」私は管理者の一人に向かって尋ねた。
「何だって?!正気かよ!」ドンが抗議の声を上げた。管理者が答える前に声を上げた彼の表情は恐怖で引きつっていた。「鍵を閉めたら、撃たれたときに逃げられないだろ!」
私は溜息をつき、冷たい表情で彼に向き直った。「撃ちたければ、もう撃たれてるさ。逃げる?どこに?あいつらは至る所にいるんだぞ。」
その言葉は冷酷だったが、紛れもない真実だった。ドンは身を縮め、恐怖が苛立ちに変わったようだったが、それ以上反論することはなかった。
クララはその緊張を察し、何とか安心させようとした。「大丈夫よ。私たち、安全だよね……クロード?」
彼女の声は震えており、自信を装おうとする様子が透けて見えた。彼女はドンを安心させるつもりだったのだろうが、その実、自分自身を納得させようとしているようだった。
私は再び管理者に向き直った。「で……鍵を閉められるか?」今度はさらに強い調子で尋ねた。
管理者は短く頷いた。「閉めた。これでいいか?プレイするのか?」
私は椅子に腰掛け、クララとドンに座るよう促した。「作戦がある。」私は低い声で言った。その声には確固たる決意を込めたつもりだった。
クララが身を乗り出し、目を輝かせて聞いてきた。「どんな作戦?」
ドンも同じように私を見つめ、恐怖が一瞬だけ好奇心に取って代わった。
「単純だ。」私は言葉を選びながら説明を始めた。「まず、全員が自分の色のコインを1枚賭ける。最初のカードが出たら、君たち2人はフォールドする。次にまたそれぞれの色のコインを賭けて、今度はドンと俺がフォールドする。最後にクララと俺がフォールドする。」
彼らは瞬きをしながら、説明の意味を理解しようとしていた。数秒後、その計画を頭の中で組み立てていく様子が見て取れた。そして、ついに理解の表情が浮かんだ。
「戦略的にフォールドすることで、コインを交換するだけってことね。」クララが気付いたように言った。その声には驚きと安堵が混じっていた。「そうすれば、全員が3色揃う。」
私は頷いた。「その通りだ。だから運が良かったと言ったんだ。俺たちはそれぞれ違う色のコインを持っているから、この作戦が成立するんだ。そして、ドアを閉めたのもそのためだ。他の誰かが入ってきたら、計画が台無しになるからな。」
その計画の単純さは滑稽に思えるほどだったが、恐怖と混乱に包まれた状況では冷静な思考が欠けていた。クララの顔には新たな決意が浮かび上がっていた。
「始めよう!」彼女は言った。その声には重い状況が一瞬だけ忘れられたような興奮が込められていた。
一方、ドンはまだ半信半疑だった。「本当にうまくいくのか?」彼は不安げに管理者たちを見ながら尋ねた。
「ルール違反にはならないよな?」私は管理者の一人に目を向け、その冷たい視線を受け止めながら問いかけた。
「ルール違反ではない。」管理者は淡々と答えた。その曖昧な口調からは、彼らがこうした抜け道を予期していたことが伺えた。
私は口元に小さな笑みを浮かべた。その瞬間、少しだけ自信が湧いてきた。「ゲームを始めよう。」私はクララとドンを交互に見つめながら言った。「全員でここから出る。」
ゲームが進むにつれ、場の緊張感は高まっていった。それぞれのプレイヤーにカードが2枚ずつ配られ、続いてコミュニティカードとして3枚のカードが公開された。スペードのエース、ダイヤの8、そしてダイヤのジャックだった。
「プレイヤー9、次の行動を宣言してください。」
管理者の冷たく機械的な声が響く。
私は自分の手札を見ることもなく、クララとドンがカードを確認する暇を与えもしなかった。迷うことなく、全てのチップを前に押し出した。
「レイズ。オールインだ。」
クララとドンは私をじっと見つめ、困惑した表情を浮かべた。これは事前に合意した計画にはなかった。彼らの視線から、私の意図を問い詰めるような気配を感じた。
「君たちはフォールドしろ。計画通りにだ。」私は断固とした声で言い切った。その言葉で彼らの迷いを断ち切るように。
少しの間の沈黙の後、彼らは従い、それぞれフォールドした。内心では安堵の波が押し寄せていた。これで私は5枚のコインを持つことになった。青が3枚、赤が1枚、緑が1枚。クララとドンには、それぞれ元の色のコインが2枚ずつ残った。
戦略は順調だった。慎重に賭けてフォールドすることで、私は青いコインを2枚失うだけで、3色の組み合わせを確保できる。これで確実に次のステージに進むことができる。
管理者が古いカードを回収し、新しいデッキと入れ替えた。次のラウンドが始まり、今度はドンが最初に行動する番だった。コミュニティカードとして公開されたのは、スペードのジャック、ダイヤのクイーン、クラブの10だった。
「レイズ。」
ドンは落ち着いた声で宣言し、チップを2枚テーブルに投げた。彼は自分の手札を確認しており、その内容に自信を持っているようだった。スペードの9とハートのキング。ストレートが完成していた。強力な手札だ。
クララは即座に混乱した様子を見せた。
「何? あなたはフォールドするはずだったでしょ?」
その声には恐怖と失望が滲み出ていた。彼女の視線はドンに向けられ、答えを求めていたが、ドンは何も答えなかった。
私はすぐに介入した。「大丈夫だよ。次のラウンドでは、ドンと俺がフォールドするから、クララ。」
私の言葉で彼女を安心させようとしたが、完全には成功しなかった。彼女の体の動きからは、不安が消えないことが伝わってきた。震える手、残りのコインに留まる視線――彼女が追い詰められているのは明白だった。クララにはわかっていた。このフォールドで彼女は最後の1枚しか持たなくなる。そして、もしドンが再び計画から外れれば、彼女の運命は決まる。
「フォールド。」クララが囁いた。その声はかすかで、決断の重みが空気を支配した。
その直後、私も従った。「フォールド。」
チップはドンのものとなり、彼は4枚のコインを手に入れた――元の色が2枚と、異なる色が2枚。クララは最後の1枚だけになり、その顔には絶望が浮かんでいた。彼女はその最後のコインを見つめていた。それはまるで死刑宣告を受けたかのような表情だった。恐怖と諦めが入り混じった顔だった。
私はドンに目をやり、不穏なものを感じ取った。彼の口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。ごくわずかな変化で、ほとんど気付かない程度だったが、それは確かにそこにあった。それは喜びや安堵の笑みではなかった――何かをやり遂げた者が浮かべる狡猾な笑み。闇の中で勝利を収めた悪役が浮かべるような笑みだった。ドン自身、その笑みを浮かべていることに気づいていなかったかもしれない。
これだ……これこそが、私が「人間の本性は欲深く醜い」と考える理由だ。だからこそ、最初のラウンドで私が主導権を握り、オールインして他の二人にフォールドを指示したのだ。このゲームの仕組みは意図的なものだった。この歪んだ状況の創造者たちは、人々がどのように行動するかを完全に把握していた。彼らは人間の欲望と恐怖を利用するようにデザインしていたのだ。
この戦略では、2回フォールドした者は必然的にコインが1枚だけになる。一方で、他の2人は確実に次に進む道を確保できる。ドンは、クララと私が彼を見捨てるのではないかという恐怖に飲み込まれていた。先ほど執行者が女性を殺害する様子が、その不安をさらに煽っていたのだ。そして今、クララが同じ立場に追い込まれ、彼女の心も恐怖と不安に締め付けられていた。
管理者はカードをシャッフルし、新しい手札を配った。続いて、コミュニティカードが公開された。スペードのエース、ハートのエース、そしてダイヤの3だった。
「フォールドは自動的に敗北となるため、プレイヤー380の初手はコールに設定されます。」
管理者が淡々と告げた。
その宣言に興味を引かれ、私は自分の手札を確認した。そこにあったのは、さらに2枚のエース。フォーカードだ。ゲーム中で最強の手札――どんな組み合わせでもこれを上回ることはない。
「このゲーム、どれだけ仕組まれてるんだよ……」
私は苦々しい笑いを押し殺しながら考えた。管理者が意図的にこの手札を渡してきたのは明らかだった。そして、その理由も分かっていた。
監視カメラの映像が映し出される部屋には、モニターがずらりと並び、その前にスーツを着た肥満体の男が座っていた。その男――ゲームマスターが、大きな笑い声を響かせていた。
「おっしゃる通りです、ゲームマスター。」
近くに立つ警備員が言った。
「この汚らわしい動物どもめ。」
ゲームマスターは侮蔑に満ちた声で言い放った。
「一緒に進むために計画を立てるだと?そんなもの、ちょっとした刺激で崩れる。負ける恐怖、勝ちたい欲望――強い手札を渡せば、やつらは迷いもなく裏切り合うのさ。」
彼の笑い声は腹の底から響くようだった。
「俺の考えた通りだ。醜い生き物だ。人間は知的な存在を気取るが、そんなものじゃない。ただの欲深い犬だ。ハハハハハ!」
ゲームマスターの娯楽は、私たちの命を犠牲にして成り立っていた。ゲームは仕組まれていた。裏切りが避けられないように設計されていたのだ。公平さなど微塵もなく、ただ私たちが互いを引き裂く姿を楽しむためだけのものだった。
「やつらは日々、競争の中で生きている。そして、適切な圧力を加えれば、野生の獣のように互いを喰い合う。プライドも、尊厳もない。無価値な存在だ。これ以上に見ものなことがあるか?」
再びプレイルームに戻ると、私は自分のカードを全員に見えるようテーブルに裏返した。
「フォーカードだ。」
そう宣言しながら、皮肉を込めた口調で続けた。
「これが君たちの仕組んだゲームってわけか?この状況で潔白を主張なんて無理だな。」
私は管理者の一人と視線を交わした。挑発的な眼差しを向けると、彼の表情には何も表れていなかったが、私の言葉が神経を逆なでしたのは明らかだった。
その瞬間、クララが勢いよく立ち上がった。椅子が後ろに倒れる音が部屋に響く。彼女の顔には恐怖、衝撃、怒り――様々な感情が渦巻いていた。彼女の視線は私のカードに注がれ、そして裏切られたという絶望が彼女を押しつぶした。
その一瞬、彼女の体は本能に突き動かされた。感情が生のままにあふれ出し、制御を失った動きだった。彼女は私を傷つけたかった。自分を裏切ったと思う私に、代償を払わせたかったのだ。
管理者たちは即座に反応した。二人がクララを椅子に押し戻し、一人がリボルバーの銃口を彼女のこめかみに当てた。
「プレイルーム内での暴力は許可されていません。」
一人の管理者が淡々とした口調で言い放った。
クララは椅子に崩れ落ち、彼女の表情は壊れたように虚ろだった。
「フォールド。」
私は静かな声で言った。
部屋全体が凍り付くような沈黙に包まれた。管理者たちでさえ、一瞬だけ驚きを見せた。クララの絶望は徐々に薄れていき、代わりにかすかな希望の光がその瞳に宿り始めた。彼女の唇には小さく、ためらいがちな微笑みさえ浮かび始めていた。
だが、その視線がドンに向けられた瞬間、その希望は打ち砕かれた。
「……コール。」
ドンの声は弱々しく、不安に満ちていた。
管理者たちはカードを公開し、ドンの勝利を宣言した。彼の手札――スリーカードが勝負を決めたのだ。チップはドンの側に移動し、その数は合計6枚になった。私には3枚、各色1枚ずつが残された。そしてクララは……1枚も残っていなかった。
「ドン……ドン、お前なんて最低なクソ野郎だ!」
クララは叫んだ。その声は怒りと絶望で剥き出しになっていた。彼女はドンに向かって飛びかかったが、再び管理者たちに押さえつけられた。
ゲームが終了したことで部屋のロックが解除された。また、規則により3人未満ではゲームが続行できないこともあり、ドンは一瞬の迷いもなく部屋から走り去った。クラウドとクララだけがその場に残された。
クラウドは静かに考え込んだ。クララはチップを失ったが、殺されていない――これは慈悲ではなく、計算づくだ。
「いつかのタイミングで、暴力が奨励される仕掛けなんだろう。」
彼はそう考えながら、沈痛な面持ちでクララを見つめた。
「この部屋にいろ。ここにいれば安全だ。」
クラウドは静かにクララに言った。
「黙れ……。」
クララの声には毒が含まれていた。
「え?」
クラウドが困惑して聞き返す。
「黙れって言ってんだよ!」
クララは突然叫び声を上げ、立ち上がるとクラウドの顔を鋭く平手打ちした。その表情は怒りと絶望、そしてどうしようもない無力感で渦巻いていた。
「お前のせいだ……あんたのクソみたいな計画のせいで……私をこんな目に遭わせたんだ……。」
彼女の声は言葉を紡ぐたびに弱々しくなり、ついには立つことすらできなくなった。クララは椅子に倒れ込むように座り込むと、その目はどこか虚ろで、心が壊れてしまったかのようだった。彼女がまだ意識を保っているのかすら分からなかった。
「何とかするよ。だからここにいろ。」
クラウドは自分の声を落ち着けようと努めながら言い、部屋を出た。一度だけ振り返ると、そこには動かずに座ったままのクララがいた。彼女の表情は虚ろで、生気を失った人形のようだった。
廊下を歩きながら、クラウドの頭の中は思考で渦巻いていた。
「ドンがあんな臆病者だとは思わなかったな。」彼は考え込んだ。「それとも……これが普通なのか?」
彼はオフィスでのドンの態度を思い出した。ドンはいつも気配りのできる、思慮深いタイプの人間に見えた――衝突を避け、妥協点を探すような。だが、もしかしたら彼の評価が間違っていたのかもしれない。
クラウドは自分をドンの立場に置いてみようとした。恐怖に駆られた状態では、生存本能が道徳より優先されるものだ。ドンは「何も得られない」状況を恐れて、自分を守るために行動した。それが人間の本能なのだろう。
「ほとんどの人間にとって、自己保存が最優先なんだ。」クラウドは思った。「絶望的な状況に自分を追い込むな。そして、欲望が君を誘惑したら、それを掴む。それがドンのしたことだ。2回目のゲームでレイズした時は恐怖から。3回目のゲームでコールした時は欲望からだ。人間って本当に醜い生き物だよ。」
クラウドはため息をつき、その重苦しい考えを振り払おうとした。廊下は以前より静かで、最初の参加者たちの約10分の1しか残っていないようだった。ほとんどの人がゲームをしており、廊下の端に設置されたタイマーには残り時間が「2時間15分」と表示されていた。クラウドは何か、もしくは誰かを探して廊下をさまよっていた。
タイマーから目を外すと、彼の視線は先にいる人影に留まった。
「おや。」
彼は小さくつぶやき、唇に笑みを浮かべた。探していたものを見つけたのだ。
彼の目を引いたのは、かなり太った男だった。その男の名前はケネス。30代で、乱れた髪、メガネ、そして嘲るような傲慢な表情をしている。負けた者たちをあざ笑うような、自信たっぷりの笑みが彼の顔には浮かんでいた。まるで他人の不幸を楽しんでいるかのようだった。
ケネスはゆったりと歩きながら廊下の角にある部屋に向かい、どうやら男性用トイレらしい場所に入っていった。
「こんなところにトイレがあるなんて気づかなかったな。」クラウドは心の中でつぶやいた。「まあ、当然あるよな。他にどこで用を足すっていうんだ?床の上か?」
彼は頭の中の独り言で自分を楽しませながら、ケネスの後を追ってトイレに入った。
バスルームの外で、クラウドはケネスの笑い声を聞いた。それは大きく、耳障りで、狂気すら感じさせるものだった。
「アハハハハ!!!バカどもが!全員バカだ!俺だけが賢いんだよ。こんな簡単なことだったのに!アハハハ!」
ケネスの声はタイルの壁に反響しながら響き渡った。
中では、ケネスが自分の独り言に酔いしれていた。彼は自分の存在にクラウドが気づいていることなど露ほども思っていない。手元には52枚のコイン――彼にとっては想像を超える富への切符――を握っていた。
ケネスの戦略はシンプルながら狡猾だった。クラウドと同じように、彼も他のプレイヤーたちに協力を提案していた。しかし、彼は常に自分の手持ちを少なく見せ、わざと「3枚しかない」と偽り、相手を信じ込ませていた。第2ラウンドで突然レイズを仕掛ける際には、実際には隠していたコインの山を利用していたのだ。これにより、相手にフォールドを強制し、1ゲームごとに4~6枚のコインを確実に手に入れていた。彼のターゲットは主に高齢の参加者たち――恐怖に駆られ、抵抗する気力を失った人々だった。
しかし、ケネスの戦略が成功していたのは、彼の狡猾さだけが理由ではなかった。彼自身が気づいていない事実があった。このゲームそのものが最初から不正に操作されていたのだ。ゲームマスターは意図的に、各グループの初勝者に「フォーカード」や「ストレートフラッシュ」のような無敵の手札を与え、最初の勝者が圧倒的に優位に立つよう仕組んでいた。それにより、勝者の優位は雪だるま式に膨らみ、敗者たちを徹底的に叩き潰し、不信感や怒り、そして最終的には暴力を誘発する構図を作り上げたのだ。
「これで、この辺の年寄りどもは片付いたな。」ケネスはそう呟きながら、コインを数えた。「52枚か……もし1枚が何億円の価値なら、52枚は何千億だ!アハハハ!」
彼の笑い声は計算ごとに大きくなり、その誇らしげな調子とは裏腹に、その計算はどこか粗雑だった。
突然、バスルームのドアが開いた。ケネスの笑い声は突如として止まった。
「……なんだ?!」ケネスは動揺しながら振り返った。
そこには、クラウドが立っていた。
「楽しそうだな。」クラウドの声は穏やかだったが、その奥には冷たい威圧感が滲んでいた。
「あ、ああ……やっと3色揃ったんだよ。これで次に進める!」ケネスは興奮を装ったが、その内心は焦りに満ちていた。自分の「本当の手持ち」がバレることを恐れていたのだ。
「俺もだよ。」クラウドは軽く頷きながら言った。その声には安堵のフリが混じっていた。
ケネスの不安はさらに高まった。「は、はは……おめでとう、兄弟。」彼はカジュアルさを装いながら、徐々にドアへと後退した。「それじゃ、俺はこれで……」
その瞬間、クラウドの手が伸び、ケネスの襟を掴んで引き戻した。ケネスの巨体がぐらつき、彼の自信は一気に崩れ去った。
「慌てるな、犬。そんなに急ぐなよ。」クラウドの声は鋭くなり、その余裕たっぷりの態度がケネスの怒りをさらに煽った。
ケネスの頭は混乱していた。「何が起きた?!俺の方がデカいんだぞ……110キロだ!なんでこんなガリガリの奴に片手で押し返されるんだ?!」
「……何が欲しいんだよ!クソが!さっさと消えろ!」ケネスは声を荒らげ、動揺を隠せないまま逃げ道を探していた。
「52引く3……49。49枚のコインを渡せば見逃してやるよ。」クラウドの声には侮蔑が込められていた。
ケネスはその場に凍りついた。「どうして知ってる?!どうして俺が52枚持ってるって知ってるんだ?!」恐怖は怒りに変わり、怒りは絶望的な衝動へと変わった。彼は自分の体格に頼り、クラウドを突き飛ばして階段へ逃げようと決めた。
「クソが!小僧が!」ケネスは叫びながら、クラウドに突進した。
――瞬間、バスルームの床が赤く染まった。
ケネスの下半身が地面に崩れ落ちる。血が勢いよく噴き出し、床に広がっていった。彼の上半身は――消えていた。臓器も、肺も、頭部もない。ただ血と、無残な下半身だけが残っていた。
クラウドはその残骸を足で払いのけ、しゃがみ込んでケネスのポケットからコインを取り出した。無言のままそれを数え、その表情からは何も読み取れなかった。そして、部屋の隅に設置された監視カメラに視線を向けた。
待つこと数秒。何の警報も、アナウンスもなかった。
「やっぱりな。」クラウドはそう思い、口元に冷たい笑みを浮かべた。「暴力は許されてる。……プレイルーム以外ならな。」
バスルームを出ると、クラウドの頭の中は新たな疑念と計画で渦巻いていた。
「殺しが許される。コインの奪取も許される。……俺の戦略は何の意味があった?プレイしなくても、ただ交換すればよかったんじゃないか。」
真実は明白だった――このゲームは最初から仕組まれていた。ルールは人間の行動を操作するように作られ、恐怖と欲望を利用するための罠だったのだ。そして、ゲームマスターはその状況を楽しんでいた。参加者たちが自らの思い込みに縛られ、苦しむ姿を眺めるのが、彼にとって何よりの喜びだった。
監視室には静寂が漂っていた。ゲームマスターは、管理者の一人が渡した報告書を手に取り、目を通していた。
「なるほど……2人か。」彼は呟きながら、報告書の最初のページを開いた。そこには、クラウド・バスクの詳細な個人情報が記載されていた。
「プレイヤー009……」ゲームマスターの声は低く、意図的な響きを帯びていた。「あのバスルームで見た。俺自身の目でな。だが……あれは拳を振るっただけなのか?いや、どう見ても違う。この男……参加者009……クラウド・バスク……間違いなく……“こちら側”の人間だ。」
こんにちは、私の名前はエリジウムです。私は小説を書くことが初めてで、原作は英語で書かれています。そのため、翻訳にいくつかの誤りがあるかもしれません。どうかご容赦いただければ幸いです。私が書いた小説を楽しんでいただけることを願っています。読んでくださり、ありがとうございます。