銀色のプレート
楽しそうな笑い声と時々怒声がまじる賑やかな館内。冒険都市エーランにある冒険者ギルドの建物は、この国でも有数の大きさを誇っている。10列ほどある受付窓口の奥には酒場が設置されており、まだ昼間だというのに冒険者達が酒を酌み交わしていた。
いつもこの時間は酒場には誰もいないのに。彼女はその光景に一瞬不思議がるが、すぐに思い出して納得した。
それもそのはずか。大森林のダンジョンからAランクレベルのレッドオーガが脱走した。Aランク未満のパーティーは大森林にもダンジョンにも入ることができず、こうして昼間から飲むことしかやることがないわけだ。
「お疲れ様〜。交代するよ」
彼女はいつものように受付窓口にいる同僚に声をかけ、交代して椅子に座る。
レッドオーガのおかげか、今日は列に並んでいる冒険者は少ない。
「次にお待ちの方、こちらどうぞ〜」
並んでいた冒険者に声をかけると、旅の途中のような青年が近づいてきた。
黒い短髪に、澄んだ蒼い瞳をしている。一見線が細そうに見えるが、体つきを見るとつくべきところにしっかりと筋肉がついている。手の甲を隠すように、指先だけが覆われていない黒い手袋を、右手にしていた。何かの魔道具だろうか。
青年が口を開く。
「冒険者登録をしたいのですが」
「はい、冒険者登録ですね。ジョブはどちらをご希望ですか?」
「剣士で!」
食い気味に答える青年。若干引きながら、彼女はステータスプレートを渡した。
「適性検査を行いますね。こちらを持って、『ステータス確認』と唱えてください」
青年がそれを唱えた瞬間プレートが爆発した。いや、爆発したように見えた。大きな爆発音に館内中が静まり返り、視線が集まる。しかし、まるでなにもなかったかのように青年はプレートを窓口に置いた。見間違え? いや、確かに爆発していた。彼女はプレートを確認する。
【村人】Lv.003
筋力値 9
耐久値 5
敏捷値 3
魔攻値 0
—魔法—
なし
—武術—
なし
〈称号〉
なし
なにもおかしいところはない。いたって平凡な村人のステータス。村に出る小さい魔物を倒していればこれくらいか。筋力が上がっているところを見るに、剣士の適正もないわけではない。犯罪歴もなさそうだ。
「あ、で、ではジョブチェンジを行います。ジョブチェンジを行うと、レベル1の剣士としてステータス1からスタートすることになりますが、大丈夫ですね?」
「はい、もちろんです」
「ではこちらの魔道具に手を触れてください」
ジョブチェンジが正常に終わると、青年はすぐにプレートを確認し、満面の笑みを浮かべる。田舎暮らしでずっと憧れていた冒険者、憧れの剣士というわけだろうか。世の中そんな甘くはないというのに。
少しの同情と罪悪感を抱きながら、彼女は青年に説明する。
「冒険者ランクはFからSまでの、7段階あります。個人としての力量を示す個人ランクと、パーティーとしての力量を示すパーティーランクがあります。ランクごとに、受けることのできるクエストが決まっています。
実績が認められてギルドからの推薦を受けると、ランクアップ試験を受けることができます。そちらのステータスプレートは冒険者証となりますので、肌身離さず常に持っていてください」
それは、魔物の餌になっても溶けないように設計された銀色の特別なプレートだ。使い回しているのが一眼でわかるように、各所が傷ついている。
クエストの受け方などを詳しく教えた後、彼女は笑みを浮かべていつもの言葉を述べる。
「英雄のSランク冒険者を目指して、頑張ってくださいね。あなたの輝かしい活躍に期待しています」
青年は笑みが抑えられないような顔でうなずくと、感謝の言葉を言って去っていった。
彼も、あれの餌になる。市民を守るために仕方のないことだとしても、無邪気な青年を騙すことは心が痛む。どうか彼が苦しまないように死ねることを願って、彼女は手を胸に当てた。