魔法士、街へ
物心がつくかつかないか、そんな頃だった。一度だけ、剣聖を見た。
その剣技は流麗だった。無駄がなく、洗練された美があった。戦いの中ですら静けさがあった。圧倒的な強さがあった。
気づいたら敵は二つに分かれている。彼の剣の前では汚れた血飛沫などあがらない。二つに分かれた敵は、静かに倒れる。月光に照らされた剣が蒼く光る。
まるで戦いなど何もなかったかのように、鞘に収められる剣。
俺はその剣技に、息をするのも忘れて見惚れていた。
綺麗だった。美しかった。鳥肌が立った。憧れた。
それは、俺が剣士を目指した瞬間だった。
そう、俺は剣士になりたい。剣士になりたかった。
もう、結界を抜けてからまる二日は立っただろうか。周囲1000km以内に追っ手がいないことを確認すると、俺は魔力を緩めて地上に降り立った。
周囲は深い森林だ。30mはあろうかという高くそびえる木々の間。俺は何重にも防御結界を張り巡らせると、ようやく腰をおろした。
二日間休みなく、燃費度外視で飛行魔法を使い続けていた。常に使用している、風の探知魔法・防御の結界魔法と合わせると膨大な魔力消費で、流石に魔力が尽きかけている。
「さて、ここからどうするか」
たしか、冒険者ギルドで剣士登録ができたはずだ。そこで剣士のジョブ登録をすれば剣士組合に所属でき、剣士としてのランクアップが可能となる。研鑽を積んでSランクになれば、剣聖になる道も開かれるはずだ。
よし、近くの街にいって登録をしよう。
ようやくだ。5歳から13年間も魔境に閉じ込められ、下品で美しさのカケラもない魔法ばかり教わってきた。ようやく、剣士として成り上がる道が見えてきた。
「ステータス確認」
【魔法士】Lv.999
筋力値 98
耐久値 142
敏捷値 3913
魔攻値 9999
—魔法—
初級魔法(聖光)
中級魔法(火)
上級魔法(土)
超級魔法(雷)
伝説級魔法(風)
伝説級魔法(結界)
神話級魔法(水)
神話級魔法(氷)
—武術—
なし
〈称号〉
【人類序列5位】
【伝説級魔法士】
剣士登録の際にこんな異常なステータスがバレたら、きっと魔法士登録を強制されてしまう。いや、それどころかちょっとした騒ぎになるかもしれない。俺は剣士として成り上がって名声を得たいのであって、下品な魔法で有名になんてなりたくない。
結界魔術を応用させてステータスを偽造しよう。伝説級と同等以上の結界魔法の使い手でない限りは見破れないはずだ。
さて、あと必要なのはお金か。お金がないと装備が買えない。今のように手ぶらで街にいったら怪しまれる。冒険者になるために田舎から出てきた青年、という風貌でなければならない。
お、ちょうどいいのがいるじゃないか。
先ほどから結界を攻撃してきている巨大な赤熊に目をやると、雷の槍を放って脳天を突き刺す。倒れた赤熊を風魔法で運んで毛皮を切り取った。なめし方など知らないが、結界魔法で覆ってやれば腐敗を遅らせられる。結界魔法が一番便利だ。
さあ、街へ行こう。
風魔法の探知によると、1000kmほど先の、森を抜けた場所に大きな街があるようだ。休憩は終わり。
周囲の結界を解除して宙に浮くと、俺は街に向かって飛行し始めた。
————
街が見えてくると、俺は結界魔法を使って自分の姿を消した。超級程度の結界魔法を使うか、攻撃を受けることで見破られてしまうので、細心の注意を持って進む。
街のスラム街に降り立つと、人目を避けながら闇市場へと向かう。
顔を隠せるようなローブか兜が欲しい。路地に入る。黒いローブをきて青い仮面をした人間が2人、向かい合って立ち止まっていた。
本当に申し訳ないが、すぐに返すので、少しの間だけ仮面とローブを拝借させてほしい。
強い良心の呵責に苛まれながらも、2人を風魔法で拘束すると、そのうち1人のローブと仮面を奪い取った。
すぐに逃げて別の路地に入ると、ローブと仮面をかぶる。周囲に誰もいないことを確認して姿を表した。
よしよし。これで誰も俺の顔をみることはできないはずだ。
闇市場の、贅沢品売り場に行く。
「おい、これを買い取ってくれ」
赤熊の毛皮を露天の台の上に置いた。
がたいのいい店主が片眉を上げる。
「なんだ、こんな質のいい毛皮……おい、まさかレッドベアーか?」
「森林にいた赤い熊から取ったものだ」
「……驚いた。噂には聞いていたが実在したのか。お前らにも手練のやつがいたもんだ」
目を見開いた店主は毛皮の状態を確認すると、ドンっと麻袋を台に置いた。
「500金貨だ。これがうちが今払える限界だ。文句はあるか?」
「これでいい。ありがとう、受け取るよ」
麻袋の中を見ると、金貨がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
その金を使って一式の旅道具を揃えると、そそくさと退散して再び路地に入る。結界魔法で姿を消すと、拘束したままだった2人の元に行って仮面とローブを返した。
よし、準備は整った。
俺は飛行して街の城壁を越えて外に出ると、姿を表して街の正門に向かった。