〜彼女の過去 【kiss & Eyes】どうして〜
別に、目立った存在でもない僕…伊藤翔太にとって日常は、あまり変化がなかった。
ただいつも集まる仲間は多くて、12人もいた。
そんなにいると、全員と無茶苦茶仲が良いとは、考えられなかった。
12人でいると、一番端にいるのが多い僕と違い……いつも、中心にいたのが、彼女だった。
片桐麻衣。
大きな瞳に、さらっとしたストレートの髪が、印象的だったが、それより、心に焼き付けているのは、笑顔と笑い声だった。
明るい屈託のない笑顔が、好きだった。
そんな彼女がいきなり、学校をやめることをみんなに告げた。
結婚する為だった。
所謂、できちゃった結婚。
そんなことをするようなイメージではなかったが、できちゃったことより…16歳で結婚できる。
男と違い…女ができることに驚いた。
その話は、夏前に聞いた。
そして、夏休みが終わると、麻衣は学校をやめていた。
彼女は、堕ろすことより、産むことを選んだのだ。
そして、彼女がいなくなって、数ヶ月がたった…年末。
クリスマスと忘年会を兼ねたパーティーが開かれた。
11人に減った仲間だったが、その日だけは、12人に戻っていた。
そんなことを知らなかった僕。
店に入った瞬間、目に飛び込んだ…屈託のない笑顔が、カフェのどんな調度品よりも際立っていた。
予想外の事態に、僕はその場で動けなくなった。
そんな僕に気付き、
「伊藤!さっさと来いよ!今日は、特別ゲストが来てるんだから」
12人の中でも、一番お調子者の鈴木に促されて、僕は席に着いた。
なぜか、麻衣の前が空いていた。
「え」
戸惑い…さらに、向こうの席に座ろうとするのを、藤本が止めた。
「駄目!ここに座って!」
「な、何でだよ」
無理矢理、座らされる僕を見て、目の前にいる麻衣が笑った。
「そんなに嫌?」
「い、いや…」
上目遣いで見てくる麻衣の表情に、僕は視線を外した。
「こいつさ…お前がいなくなってから、さらに元気がないの!」
おどけて、麻衣にそんなことをいう鈴木を、僕は睨んだ。
「こわっ」
鈴木は、視線を外した。
「…ったく…」
怒りが込み上げてくる僕に、笑みを止めた麻衣が、話しかけてきた。
「久しぶりだね」
麻衣の方を見た僕は、真っ直ぐな彼女の視線に、また動けなくなった。
あまりの緊張が、僕に大切なことを忘れさせていた。
周りの友達も、それに触れなかったから、気付かなかった。
夏前と変わらない彼女の姿と表情に、僕は…時が戻ったような感じがしていたから。
時を忘れ、パーティーを楽しんだ。
「誰だ!お酒を頼んだのは!」
普段着だと、僕らは高校生に見えなかった。大学生に見えた。
「いいじゃん!少しくらい」
麻衣が、カシスオレンジを飲んでいた。
「あんた…体は…」
隣にいた千秋が、小声で心配そうにきいた。
それと同時に、僕の携帯が鳴った為、千秋の言葉は、僕には聞こえなかった。
「やばい!」
僕は席を立った。
家に、遅くなると言ってなかった。
慌てて席を立ち、僕は店を出た。
鳴り続ける携帯に出た。
「ごめん……今日は、ご飯いらない…」
電話の向こうで怒る母親に、頭を下げてると、店のドアを開けて、外に出てきた麻衣と…目が合った。
麻衣は妖しく…僕に微笑み、ゆっくりと近づいてきた。
「本当…ごめん…」
携帯を切った僕の首に、麻衣はゆっくりと、手を回してきた。
予想もしていなかった彼女の行動に、動けなくなった僕に、麻衣はただ…微笑んだ。
その時、彼女の微笑んだ顔の…瞳の…その奥を理解することができたなら…僕は拒んだだろう。
いや、拒むことなんて…できない。
今も、そして未来も…。
唐突に、押し付けられた唇が、僕のすべての思考を奪った。
その唇の柔らかささえ…随分、後にならないと…思い出せなかった。
「え……」
と、疑問の言葉だけが、僕の口から出た。
「伊藤だったら…いいよ」
彼女はそう言うと、ゆっくりと僕の首から、手を離した。
「あたしのメール知ってるよね。今までしてくれたことなんて、ないけど…」
麻衣はずっと微笑みながら、僕を見据え、一度唇をつむぐと、彼女は言った。
「本当は…ずっと伊藤のことが、好きだったんだよ」
彼女の言葉…。
言葉の意味を、理解できるはずがなかった。
彼女の言葉…彼女の笑顔だけが、あの時の僕の真実で…すべてだった。
彼女が、結婚している事実も頭にはあったけど、彼女の言葉の表面だけが、すべてだった。
麻衣は髪をかきあげ、笑った。
「け、結婚している女が言うのは、いけないよね」
「そ、そんなことは…」
「でも…」
麻衣は視線を、足下に落としながら、
「もう…離婚するんだ」
ゆっくりと視線を戻し、僕の顔を見た。
「今年中には…」
思いもよらない彼女の言葉に、僕は絶句した。
「こ、ことし……て…」
もう数日しかない。
言葉に詰まる僕に…片桐が微笑んだ時、ほんの少しの影を感じた。
だけど、離婚という言葉が、僕の想像をこえていた為、頭が回らなかった。
別れるという言葉は、たまに聞いたことはあるけど…離婚なんて、万が一、自分の親か知り合いの親にしか聞くことはないだろうと思っていた。
まさか、友達の口から告げられるなんて。
「あまり、暗くならないでよ」
麻衣は苦笑し、微笑んだ。
「離婚に関しては…納得してるんだから…」
「ああ…」
何て反応していいか…僕にはわからなかった。
言葉を選べずにいると、二人の間に割って入るように、ドアが開いた。
「麻衣!大丈夫?」
藤本だ。
「酔ったんじゃないの?」
藤本の言葉に、麻衣は手を振り、否定した。
(酔ってたのか…)
その酔ってたという…言葉が、さっきまでの二人の会話を否定した。
(だけど…)
藤本に連れられて片桐が、店の内に入ったのを確認すると、僕は…ゆっくりと確かだったことだけを、指先で確かめた。