どうしても、壊れたい心
「別れてよ」
口癖のようになっていた彼女の電話から、漏れる声。
最初は、寂しさの裏返しと思っていたから、
「いやだよ」
と軽くこたえていた。
そんなやり取りが、数ヶ月続いていたから、いつか別れるんだろうな…と心の隅では思っていた。
別れてが口癖のカップルなんて、続く訳がない。
だけど、その別れてが、俺以外の男と付き合う為とわかっていたなら…いやという意味も違ってくる。
だけど,そんないやを一週間くらい言い続けた後、俺は….
「いいよと言った…」
理由は、簡単だった。
その男は、彼女と付き合うとかのレベルではなく、婚姻届けを持ってきたのだ。
「たっちゃんじゃあ…あたしと結婚できない」
そりゃあ〜そうだ。
俺はまだ…未成年だ。
だから、俺は…頷いた。
「女って…すぐ結婚したがるのかな?」
そんなことを呟いてしまったのは、美佳の前だった。
「え?」
驚く美佳に、俺は首を横に振った。
「何でもない」
美佳と俺…総司の三人は、いっしょの高校を受けるからと、いっしょによく勉強をしていた。
高校に入っても、その習慣は変わらなかった。
ある日、学校の図書室で、呟いた俺の一言。
驚く美佳の表情を、俺は憶えていた。
「その言えば…あの頃のあいつは、金髪でなかったな」
俺は廊下を歩きながら、首を捻った。
教室に入ると、正利が欠伸をしていた。
総司も、自分の席にいた。
俺は軽くため息をつくと、席に着いた。
なぜだろ。
今日はよく…過去を思い出す。
「いいよ」
完全に別れたはずなのに…。
それからしばらく、2人は離れなかった。
会うことは会っていた。
彼女がもう…他の男と会っているのが、わかっていたのに…。
女々しいと思うから、離れようとするが、彼女が許さなかった。
帰り…自然ではなく、無理矢理に近いキスをかわしていると、俺はいつも動けなくなった。
(もう…結婚したのだろうか)
キスをしながら、ぼんやりとそういうことを考えていた。
「もう…来ないで」
と言われたのは、いつだろうか。
理由は、簡単だった。
彼女の家に、男が住むようになったのだ。
俺の恋は、完全に終わった。
振り回され…ボロボロになった恋。
いつまでも、そんなことを引きずっては駄目だ。
そう何度も思い。
何度も離れ。
何度も掴まれた。
まるで、ゴムのような俺を、突然離したのは、彼女である。
伸びきっていたゴムを、千切るのは簡単だった。
未練や憎しみではない。
今残っているのは…そう… ただ千切た心だ。
千切た心が、まだ修復されていない。
最初、別れた時はダメージはなかった。
最後に、彼女…だった人に会ったのは、その人が勤める店の近くだった。
風邪気味とメールが来たから、心配になって様子を見に行った。
自転車をとばして。
店から出てくるその人に、大丈夫という前に、俺が声をかける前に、その人は烈火の如く、怒った。
「どうして来たの!」
どうやら、その人の男が近くで、待っているようだった。
とぼとぼと自転車を押しての帰り道、ごめんとメールを打っても、返事は来なかった。
それから、1ヶ月後、メールが来た。
こんな内容だ。
(あたしの誕生日…来てくれないよね)
なんて…勝手な女だと思った。
多分、あの時の男とは別れたのだろう。
少し考えた後、俺は誕生日プレゼントだけを、彼女に送った。
返事はなかったけど、その1ヶ月後の俺の誕生日に、服が送られた来た。
その服に、俺は袖を通したことはない。
少し話はもとに戻る。
彼女だった人に怒られて、とぼとぼと帰る道の途中、俺は…閉まりかけた商店街で立ち止まった。
そこから、流れる音楽に心を奪われてしまったのだ。
その時の曲名を知るのは、大分先のことだけど…。
アル・クーパーのジョリー。
クインシー・ジョーンズの娘との悲哀を歌ったと言われる…この曲を聴いた時、
無意識に、俺の瞳から涙が流れた。
そして、いつのまにか…自転車に飛び乗り、こぎだしていたのだ。
まったく興味がなかった音楽に、俺は動かされたのだ。
彼女の店から、俺の家までは駅でいうと、五つくらいあった。
途中、何度か…坂を越えないといけなかった。
最後の心臓破りの坂を上りきった時、音楽で、突き動かされた俺のガソリンは切れた。
「何してるの?」
自転車に股がりながら、激しく息をする俺の横に、金髪になる前の美佳が不思議にそうな顔をして、立っていた。
そうだ。
その時、俺は美佳に、音楽の素晴らしさを語ったんだ。
一曲しか聴いてないのに…。
当時ピアノを習っていた美佳に、無知にも音楽の良さを語ったのだ。
今思えば、虚しさと悲しさを、たった一瞬の感動で、誤魔化していたんだろう。
あまりにも、必死な誤魔化は、美佳の心を動かしてしまった。
美佳はピアノを辞め、ドラマーになったのだから。