そうなんだよ
「どこいってたんだよ」
控え室のドアを音を立てて開き、飛び込んで来た美佳に、俺が声をかけた。
もう俺のスタンバイは、出来ていた。
だけど、俺の出番は一番最後…このライブイベントのラスト曲でもあった。
美佳は俺の姿を認めると、ギロリと睨み、
「おれは、外の空気を吸いに行ってただけだ!お前こそ、来るのが遅いんだよ!」
「な」
どこか機嫌の悪い美佳にたじろぎながら、
「い、一番…最後だから、いいだろが」
そんな言葉を口にした俺に、美佳はスティックで指差すと、
「そんな考えが、甘い!甘過ぎる!バンドを舐めるな!」
「い、いい…」
あまりの迫力と正論に、俺はすぐに言い返せなかった。
そんなやり取りをしている間に、前のバンドの出番が終わり、美佳達の番になった。
「いくよ!」
スティックを握り締め、美佳は控え室から視聴覚室に向かう。
その後ろをギターや、ベースを抱えたメンバーが続く。
俺の出番は、まだだ。
扉が開き、1人残された俺は…ため息をついた。
「なんなんだよ…。まったく…」
前のメンバーとの入れ替え途中、シンバルの位置などを叩きやすいように調整していた美佳の目に、 観客席に戻った片桐の姿が映った。
先ほどよりかなり、前に座っていた。
「フン」
美佳は、軽く鼻を鳴らした。
「え!」
自分達より前に座った片桐を見て、総司はすっとんきょうな声を出した。
前に座ったことより、片桐がわざわざライブに来ていることに驚いていた。
「始まるぞ」
総司の隣に座る正利が、総司の肩を叩くと、ステージに集中するように促した。
「あっ…うん」
総司は頷くと、ステージに視線を向けた。
正利は頬杖をつきながら、一瞬だけ片桐の方を見たが、何も言わなかった。
「1、2、3、4!」
美佳がスティックでカウントすると、演奏が始まった。
それは、俺の出番までのカウントダウンでもあった。
「ふぅ〜」
大きく息を吐き出すと、俺はお腹に手を当てた。
腹式呼吸はできている。
喉だけの発声ならば、演奏に勝てない。
俺の声を客席にいる片桐に、届けなければならない。
悲しみを…幸せに変える歌を。
バンドの演奏は、ほぼ時間通り進行している。
俺は控え室を出て、ステージ横の扉の前に立った。
こちらからは、関係者以外入れませんと書かれている張り紙を見つめ、 少しだけ扉を開けた。
美佳のドラムが、俺の出番の前の曲のエンドロームを叩いていた。
「いくか」
一気に扉を開けると、俺はステージを目指した。
観客席は見ない。
まずは、ステージに立つこと。
その前に、キョロキョロしたらみっともない。
美佳のドラムが終わると同時に、ステージに立った。
俺の為に、開けてくれたマイクスタンドの前に立つと同時に、キーボードがメロディを奏でた。
俺の紹介もない。
ドラムやすべての楽器の音が、美しく混ざり合う。
「あっ」
イントロを聴いただけで、反応する生徒もいた。
そういや〜あ、毎日かけてたしな。
知ってるやつもいるか。
長いイントロと、繰り返すコーラスをバックに、俺の目は観客席の片桐を探し出した。
さあ…歌よ。
君に届け。
俺はマイクスタンドに、口を近づけた。
歌詞を歌いきるよりも、気持ちを伝える為に…ジョリーを歌い始めた。