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あれから

「だから〜女ってやつは、全身で受け入れるから〜男より、愛情が深いんだって!」


何かの情報誌を持って、話し続ける小林正利に、俺は軽くそっぽを向きながら、机に頬杖をついていた。


(つまり…男の愛情は、薄いと言うのかよ)


心の中で、毒づいた俺の脳裏に、別れた彼女の顔が浮かぶ。


思わず、顔をしかめた俺を訝しげに、正利は見た。


「きいているのか?太一」


質問に答えない俺に、正利は大袈裟に肩をすくめた。


「いいか〜!これは、重要なんだぞ!いつか、俺達に彼女ができてだな〜。その時が来る〜」


うだうだ話だした正利の話を、俺はもうきいてなかった。


比較的学校ではおとなしく…女の子にも、昔よく間違えられた俺は…奥手で、未だに童貞だと思われていた。


去年は、学校を休みがちで…体が弱いとも思われていたけど…実際は、彼女に呼ばれ、ずっとそばにいたのだ。


彼女と別れてから、休んだことはないが、あまりにも去年の印象が強すぎたのか…今だに、体育の授業は優遇されていた。


女の子のように、目が大きく…かわいい(らしい)俺は、クラスの女からは、守ってあげたい存在らしかった。


「お前は…女に人気があるからと言って…」


童貞で、耳年増とある正利から、何をきかされても…勉強になることはない。


逆に教えてあげたくなるときもあったが…彼女のことを話すみたいで、いやだった。



最後に彼女の話を聞いたのは…もう大分前だ。


見知らぬ男と、歩いていたと…。



俺の中で、悔しさでいっぱいになった。


見返してやりたかった。


自分も、女を連れて…彼女に見せ付けてやりたかった。


それも、彼女以上の綺麗な女と…。



人は無意識に…綺麗なものに目が行く。だけど…綺麗と思っても、あまりにも高嶺の花の場合…無意識に、意識しないようにしてる場合がある。


好きになっても…完全に無理な場合…。


俺にとって、彼女がそうだった。


同じクラスにいたのに、俺は長いこと気付かずにいた。



片桐麻衣。



俺の席の後ろ…対角線上にいる彼女は、確か…二年からの転校生だった。


あまりに、整った横顔や流れるような姿勢の美しさ。



(あんな…女だったら…)


彼女は悔しがってくれるだろうか。


あまりにも、綺麗で…あまりにも、美しい過ぎる…女なんて、普段なら気にはしない。


分をわきまえているというか…臆病なんだろう。


そんな俺の一歩は、不純だった。


だけど…俺は、自分でも気付いていかなったけど…。


本当は…一目惚れをしていたのだ。


普段なら、近づかない花に、俺は近づくことになる。


それが、どんな結果を生むかなんて…考えもせずに。





「顔とか…容姿で、好きになるなんて…不純だよ」


俺から少し離れた席に座っていた多岐総司が、呟くように言った。


なぜか…届いたその声に反応して、振り向くと、


総司が俺の顔を睨んだ。


その瞳の純粋さに、俺は息を飲んだ。


「おいおい…総司。最初は、顔だろ?」


2人の間にいた正利は、総司の机に近付くと、手を置いて、顔を近付けた。


「俺達…青少年が、最初から…顔じゃなくて、心なんだああ!……みたいな綺麗事は、負け犬の遠吠えみたいで、駄目だろ?」


これまた童顔で、地毛が茶髪ぽい総司は、椅子を叩いて、いきなり…立ち上がると、


正利ではなく、俺を睨みつけ、


「また…傷ついても知らないからね!」


と言うと、教室から走って出ていった。


「何だよ…あいつは…」


正利が、首を傾げる。 



「チッ」


少し間を開けてから、俺は総司の後を追うように席を立ち、教室を出た。


「おい!太一?」


正利の声を無視して、俺は総司が向かった場所へ走った。



場所は、わかっていた。


階段を上り切った…一番上。つまり、屋上だ。


少し重い鉄の扉を開けると、日差しの強い青空の真下に、俺は飛び込んだ。


目を細めながら、俺は総司を探した。


いた。


扉から一番離れた手摺にもたれ、総司はそこからグランドを見下ろしていた。


「総司…」


俺は、ゆっくりと総司に向けて近づいた。


「見えたのかよ!」


俺は、総司の背中に声をかけた。


「それとも…感じたのかよ?」



総司はこちらを見ずに、首だけを横に振った。 


「だったら…なぜ…あんなことを言った…」


俺は一メートルくらい開けて、総司の後ろで足を止めた。



俺が、元カノとのことで秘密があるように…総司にも秘密があった。


それは、女とかではなく…もっと信じられないことだった。


感受性の高い総司は…その人の持つ心の闇の深さがわかるのだ。


いや、しかし…その闇の要因までは知ることは、できないらしい。


「あの子は…わからないんだろ?だったら…いいじゃ」


俺の言葉を遮るように、総司は振り向き、また俺を睨んだ。


「僕が言いたいのは、太一の気持ちだよ!」



「俺の……?」


総司は頷き、睨み付けながら言った。 


「太一の考えじゃ…また不幸になるだけだ!恋愛って、もっと真剣で、誠実なものだよ」


総司の言葉は、俺の内面を抉った。


だけど、繊細な内側を分厚い嘘と見栄で固めた俺は、そんな動揺を総司に見せなかった。



「俺はいつでも、誠実だよ…」


なぜか…最後はトーンが下がった。


「嘘つき!」


総司は、俺の横を通り過ぎて行った。


顔も見たくないからか、目を瞑りながら。


音を立てて閉まった扉に振り返ることなく、俺は空を見上げた。


深呼吸をしょうとしたけど、逆に呼吸困難になってしまった。


喉を押さえ、何とか呼吸を整えると、俺は笑った。



「情けない…」


未だに…彼女に捨てられた心が傷んでいることを…1人になると痛感した。


「ったく!」


何かわからず…(多分、自分自身に)苛立ちながら、毒づいた。


「ああ…」


俺は思わず、ズボンの後ろポケットから、煙草を取り出した。


これは、彼女のものだった。


いつも終わった後、虚ろな目で虚空を見つめながら、煙草をふかす彼女を見て、俺はそんな時…何を考えているのか知りたくて、吸ってみた。


初めての煙草は、とても苦くって…こんなのを、平気に吸える彼女が信じられなかった。



だから、俺はこう思った。


彼女の心は、俺のそばにはなかったんだと。



「くそ!」


握り潰して、棄ててしまいそうになるが… いずれ、この味がわかる時、あの時の彼女の気持ちがわかるかもしれないと思ってしまうと、棄てられない。


だけど…持っていても、未練があるみたいで、いやだけど。


(というより…未練があるんだろうな)


煙草を握りしめながら、ため息をついた。



「何やってんのよ」


突然後ろから、声をかけられて、俺は飛び上がった。


「うん?」


俺の後ろから、顔を覗かした女は、俺の手にある煙草に気づいた。


「た、煙草!おまえ何、やってんのよ!」


手を伸ばし、俺の手から引ったくると、屋上のフェイスの向こうに投げた。


「あ!」


俺はこうを描いて、下に落ちていく煙草を目で追った。


これは、これで…問題になるだろ。


事実、中庭の通り道の真ん中に堂々と落ちていた煙草は、問題になった。


「まったく!煙草なんて吸ってたら…」


俺から煙草を奪った女は、俺を指差し、


「丈夫な赤ちゃんを産めないぜ」


と言った。


しかし、俺は肩をすくめ、


「産む気ないし…むしろ、産めないし」


女に背を向けて歩き出そうとした。


女ははっとして、


「違った!う、う、う、産まさすことができないぞ!」


と自分で言ってから、顔を赤くした。


「馬鹿か…」


俺は振り向き、呆れたように女を見た。


「ば、馬鹿ってなんだ!」


女はムキになり、


「煙草を吸ってるやつが、馬鹿だろ!」



さらに顔を真っ赤にする女に、俺は頭をかくと、


「吸わないよ」


と言い残して、屋上から消えた。




「太一!」


後ろから、女の叫ぶ声がしたが、俺は足を止めることはなかった。


「太一!」


俺の名を連呼する女の名は、橘美佳。


幼なじみと言うか…腐れ縁である



「大体…お前に言われたくないっていうの」


お前は階段を降りながら、毒づいた。


美佳の見た目は、金髪にショートカット…異様に短いスカートは、完全に校則違反である。


パンクバンドのドラムをやっていたが、最近メンバーと揉めて、バンドは解散していた。


いや、他のメンバーは新しいバンドを組んでいた。


つまり、追い出されたのだ。



「まったくよお」



美佳は頭をかくと、ドアに向かって走り出した。


力任せに開けると、下に向かって叫んだ。


「太一!おれと音楽やるって、約束しただろが!どうなってるだ!」




後ろから聞こえてきた声に、俺は足を止めた。



「そうだった…」


すっかり…忘れていた。


「太一!」


俺は慌てて…階段を駆け降りた。



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