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言葉を越えて

今…


何を言ってもうそくさい。


いや、言葉なんかで…本当に深い傷は癒せない。


だから、全身で伝えたい。


俺の気持ちを、俺の鼓動を。



俺は片桐を引き寄せると、ただ抱き締めた。


ただ…強く抱き締めた。


その単純な行為に、いろんな思いを詰め込んで…。


片桐は目を瞑り、ゆっくりと…少し戸惑いながらも、俺を抱き締め返した。




その日。


暗くなるまで、抱き締め合った俺と片桐は、そのまま…別れた。


勿論、家まで送ったけど。


微笑みながら、別れる2人。


妙に照れてしまった。


「じゃあ」


「うん」


それだけのくすぐったい会話を交わし、離れる2人は…この上なく、幸せだった。


手を振る片桐に見送られながら、駅に帰る俺は、軽くスキップを踏んでいた。


そんなことにさえ、自分では気付かない。


定期を通し、電車に乗り…最寄り駅の改札をくぐるまで、俺のスキップは止まらなかった。



「太一!」


改札の前に立つ…美佳に会うまでは…。


思わず足を止めた俺に、美佳はつかつかと近づいてきた。


この駅は、改札が一つしかない。


逃げる場所はない。


そもそも、どうして俺が、逃げなくちゃならない。


俺は足を止め、美佳の顔を見た。


力んで、少し睨むような目付きになっていました俺を、美佳は睨み付け、


「いつになったら、やるんだ!おれと音楽!」


とだけ…言った。


それは、俺の予想と違っていた。


(俺は…てっきり……!?)


てっきり…何だ。


自分で言おうとしたことを、俺は否定した。


「今度…学校の音楽室で、軽音がライブやることが、決定したんだ。ドラムが足りなくて、おれも参加することになった。勿論、お前もな!」


美佳は、俺を指差した。


「え!?」


突然の美佳の言葉に、俺は目を丸くした。


「えじゃない!おれをその世界に、引き込んだのは、お前だろが!」


キレた口調の美佳に、俺は慌てながら、


「む、無理だろ!俺は、楽器が弾けないぞ!」


「そんなことわかってる!」


美佳は顔を近づけ、


「だから、今回は一曲だけ歌え!お前に、音楽の素晴らしさを教えてやるのが、目的だからな!」


「な!」


いきなり、一曲歌えだと。


それも、人前で。


「む、無理に決まっているだろ!」


「もう決めた!」


きっぱりと言い切る美佳。


「か、勝手に、決めるな!」


キレる俺に、美佳は目を細め、


「こうでもしないと、お前は一生…音楽をやらないだろ」


「そ、それは…」


俺は口ごもった。


美佳がドラムを始めたのは、自分のせいだとわかっていたから、 少し後ろめたい気持ちがあったからだ。


そんな俺の動揺に気付いた美佳は、心の中でにやりと笑うと、


「とにかく決まったからな!」


いつのまに作っていたのか…ライブのチラシを見せた。


参加メンバーには、なんと俺の名前が…あった。


そのチラシを見て、俺はがくっと肩を落とした。


もう断れる話ではなくなっている。


(周りから…固めやがったな)


強行手段を行った美佳を、恨めしく思った。


「じゃあな」


それだけ言うと、美佳は俺の横を追い越し、改札の中に入った。


「待てよ!」


俺は振り返り、 美佳の背中に叫んだ。


「何の曲をやるんだよ!」


俺の声に足を止めた美佳は、振り返ったが、


俺の目を見ずにこたえた。


「アル・クーパーのジョリー」


「え!?」


美佳の口から出た…その曲名に、俺は凍りついた。


「す、好き…なんだろ?」


そう言うと、美佳は前を向き…走り出した。


俺は、美佳からあの曲名が出るなんて…予想もしていなかったから、ただ…驚いてしまって、しばらく声がでなかった。


「どうして…あいつが」


美佳の背中が見えなくなる頃、やっと俺は声が出た。


首を傾げたところで、理由はわからなかった。


「さんざん…学校でかけてるからかな」


まあ…あまり深く考えることなく、俺は改札に背を向けて、家路へと足を進めた。





俺とは逆に、美佳はプラットホームに出る前に足を止めて、振り返りそうになった。


「どうだったの?」


乗り越し精算機の影に、隠れていた総司が顔を出した。


「一応…言うだけは言った」


少し悲痛な表情をしている美佳を見て、総司はたまらなくなった。


だけど、どうしょうもできないことはわかっていた。


美佳が、どれほど太一を好きなのかも。


「そっか」


その言葉くらいしか…総司は言えなかった。


お節介な正利なら、ずけずけ言うかもしれないけど。


美佳の顔をまともに見れなくて、顔を伏せてしまった総司に、無理に元気を出した美佳が言葉をかけた。


「ありがとうな」


「え」


総司が顔を上げると、笑顔をつくった美佳の顔があった。


「お前がついて来てくれたから…あいつに言うことができたよ……ありがとう」


美佳は頭を下げると、走り出した。


もう友達の前で、笑顔でいるのは限界だった。


太一にも、強引に…無理矢理押し付けた。


嫌われたかもしれない。


だけど…今の美佳には、それしかない。


「橘!」


総司は、走り出した美佳の背中に叫んだ。


「そんな…無理矢理…嫌なことをするなよ!やっぱり、無理はよくないよ!」


総司の言葉に、美佳は足を止めた。


「だって…だって…」


美佳は拳を握りしめ、


「仕方ないだろ!」


叫んだ。



「美佳…」


総司は、美佳の感情を感じ取り…動けなくなった。


「だって、仕方ないだろ!」


美佳は振り返った。


「おれと太一の間には、音楽しかなんだ!それしか…ないんだ!」


振り返った美佳は、泣いていた。


(ああ…)


総司は、何も言えなくなった。


走り去っていく美佳の背中に向かって、腕を伸ばすだけしかできなかった。


(僕は…何もできない…)


友達ではあるけど…それ以上ではない。


慰めることもできなかった。


ただ近くで、美佳が傷つくのを…見守っていただけだ。


影に隠れて…。


「馬鹿野郎…」


総司はその場で、項垂れた。



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