触れたい...すべてに
昨日…キスした公園まで、俺は片桐を連れてきた。
相変わらず、誰もいない。
俺は昨日と同じように、夕陽に照らされている遊具達を見た。
片桐の腕を離すと、俺は真っ直ぐに彼女を見た。
「俺さ…」
夕陽に照らされても、それ以上に綺麗な彼女に目を細めながら、俺は言葉を続けた。
「前まで…好きになった人には、気持ちを真っ直ぐにぶつけ…その人の為に、何でもしたいと思ってた」
片桐は、突然の俺の言葉に…少し驚いたようだが、すぐに優しい顔になった。
「大切にしたいとだけ思っていた。だけど…」
俺は、片桐から少しだけ視線を外し、
「その気持ちは、大切だけど…。一番、大切なのは…俺の気持ちよりも、大切な人の気持ちなんだ」
俺は夕陽を見つめた。
「ただ…大切にしたいと、自分勝手に思ったら、いけないんだよ。いっしょに考え、大切な人と考えながら、一歩一歩…進んでいくことが、一番大事なんだよ」
俺は、片桐に手を伸ばした。
「俺は…片桐を大切にしたい。だから、昨日のようなことで、始まるんじゃなくて…。ただ大切に思う気持ちから、始めたい」
「…」
片桐は目を伏せた。
「片桐…」
しばらく…無言の時が過ぎた。
でも、俺は待つ。
例え…夜が来ても。
「ありがとう」
やっと発せられた言葉は、涙とともにだった。
「だけど…あたしは、大切に思われる資格が…」
俺は、これ以上…言わせなかった。
片桐をぎゅと…思い切り抱き締めたからだ。
俺は、片桐の華奢な体を抱き締めた。
「資格なんていうなよ。俺が、そうしたいんだから…。愛される資格なんてものは、誰にもないんだ。ただ…自分じゃない誰かが、自分を好きになった…。それだけなんだ」
俺はもう一度、強く抱き締めた後、
「ただ…願うのは、片桐も俺をほんの少しだけでも…見てほしい」
俺は、片桐をゆっくりと離すと、彼女に微笑んだ。
「無理はしなくていい。ほんの少しつづでいい…」
俺の言葉に、片桐は泣きながら苦笑した。
「馬鹿ね。もっといい子が、いっぱいいるのに」
「いないよ。俺の心が、そう言っている」
俺は、できる限り…優しく微笑んだ。
壊れそうな彼女に…。
改めて…抱き締めて、気づいた。
彼女は…。
壊れそうな程…傷付いている。
彼女の全身に走る傷口は、まるでひびのように、広がっている。
思い切り抱き締めたら、破片と化して…壊れそうだ。
普通なら、そう思うだろう。
でも、違う。
程度は低いかもしれないが、壊れかけた俺にはわかる。
逆なんだと。
壊れかけた心は、誰かに抱き締められて、ぎゅっと抱き締められて、 傷口がくっ付き、さらに強い絆へと変わるのだ。
昨日の俺のように。
「でも…」
片桐はいきなり顔を伏せ、俺から離れようとする。
「誰かを好きになる…心がないの。多分、今は…そういう心を失っているの。離婚してから…」
片桐は、俺に背を向け、
「その前に…本当に好きだった人に、気付いたの。そして、あたしにした行為は、その人にすがることだった」
「…」
俺は、離れた片桐に手を伸ばせなかった。
片桐は笑い、
「こんなことになってから…自分を押し付けようとした。その人の好きな気持ちを利用して…」
片桐は俺を見ないように、振り向き、
「最低…だよね。だから、あたしは…その人からも、みんなからも、離れた」
頬から、涙が流れた。
「それが、誰も傷つけない…一番の方法だから」
そう言うと、片桐は俺にまた…背を向けた。
(ああ…そうか)
俺は納得した。
だからかと。
だけど、 それでいいわけがない。
俺は、片桐の背中に向かって言った。
「馬鹿だろ!」
「え?」
驚いた片桐が、俺を見た。
俺は片桐を軽く睨み、
「誰も傷つかないって…片桐!お前自身は、傷付いたままじゃないかよ!」
(畜生!)
俺は毒づきながら、前に出た。
そして、片桐の体を前に向かせると、思い切り抱き締めた。
「お前が…傷付いたままだろうが!」
そうだろ。
誰も傷つけない。
そんなことはがり考えて、 自分はどうでもいい。
そんなことがいいはずがない。
だけど…そんな片桐が、 たまらなく、 愛しかった。
「俺のわがままをきけ…きいてくれ!」
俺は片桐が離れないように、強く抱き締め、
「俺のそばにいてくれ。これは、俺のわがままだから…」
2人の間に、少しの沈黙の時が過ぎた。
俺の腕の中にいる片桐の鼓動と、ちょうど鼻腔にあたる…髪の毛から漂うシャンプーの香りだけを、俺は感じていた。
「神谷くん」
片桐は、抱き締めている俺の腕に、そっと…手を置いた。
「…でも、あたしは…」
片桐が口に出そうとする言葉を、俺はさらに抱き締めることで遮ろうとした。
「…たっちゃん?」
その時、俺の心臓を止める声がした。
俺の頭が気づく前に、心臓が気付いた。
息も止まる。
さっきまで、俺達しかしなかった公園に、 あいつがいた。
いや…厳密には、あいつらだ。
「やっぱり、たっちゃんだ!」
嬉しそうに笑う…あいつ。
そして、その横に男がいた。
片桐を繋ぎ止めていた腕が、下に落ちた。
「久しぶりだね。元気にしてた?」
俺を見つめる…あいつ。
その隣にいる男を、俺は知っていた。
店の常連だ。
三回離婚してる男。
あいつは言っていた。
あんな…女を幸せにできない男は嫌だ。
と、言っていたのに…。
(何が、俺の知らない男だ!)
そんな最低の男に、俺は負けたのか。
あいつは、四回目の女になったのか。
目を見開き、動けない俺を…自由になった片桐が見つめていたが、 俺は気付かなかった。