スウィートソウル
学校に行くまで、ずっとたまらなかった。
気持ちが先走り、すべてが愛しく思えた。
教室にいくと、もう登校していた片桐に走り寄った。
「おはよう!」
満面の笑みの中に、照れる思いを隠し、挨拶した俺を…片桐はちらりと見上げると、広げていた教科書に目を戻し、
「おはよう」
少し素っ気なく返事した。
「?」
俺との温度差を感じ、少し眉を寄せてしまった。
「あ、あのさ〜。かたぎ」
少し雰囲気を変えようとした俺の肩を後ろから掴み、誰かが強引に振り向かせた。
「太一!」
俺の視界に、なぜか怒っている美佳が現れた。
「ごめん…忙しい」
俺はまた、片桐の方を向こうとしたが、今度は腕を掴まれた。
「痛い!」
思い切り俺の腕を握り締めながら、美佳は片桐の前から廊下に連れ出した。
「どうして!」
美佳は廊下に出ると、俺の腕を振り離し、
「昨日!携帯に出なかったのよ」
俺を睨み付けた。
「ああ〜」
俺は腕をさすりながら、昨日の夜のことを思い出していた。
「電源が切れたんだよ。悪かったな」
そう言うと、また教室に戻ろうとする俺の腕を、また掴んだ。
「留守電にも入れたのに…」
顔をふせ、呟くように言う美佳。
「聞いてない」
俺はもう、美佳を見てなかった。
教室内の片桐の方を向いていたから。
「太一は…」
美佳は、腕から手を離した。
「おれのことなんて…どうでもいいんだね」
「え?」
震えるような美佳の口調に、俺は振り返った。
美佳の黒髪が、俯いている顔の表情を隠していたけど、全身が小刻みに震えているのが、わかった。
「中学の時は、優しかったのに…高校に入ったら、おれのことなんて!見向きもしない!」
顔を上げた美佳は、泣いていた。
「!?」
その顔に驚き、思わず動きが止まった俺の顔に、美佳の拳が叩き込まれた。
「グーかよ」
首が跳ね返る程のパンチをくらって、俺はふらついた。
「太一の馬鹿!」
捨て台詞を残し、美佳は俺の前から消えた。
「何なんだよ」
思い切り叩き込まれたパンチは、鼻を直撃していた。
鼻血が出ていないか確認していると、後ろから声がした。
「好かれてるのね」
「え?」
振り返ろうとすると、横を片桐が通り過ぎ、少し前で止まった。
「羨ましい」
片桐の言葉に、俺は驚き…慌てた。
「あ、あいつとは、何も…」
言い訳しょうとした俺を、振り向いた片桐がじっと見つめていた。
俺は何も言えなくなり、息を飲み込んだ。
そんな俺に微笑むと、片桐は前を向いた。
「気持ちを素直に、相手にぶつけられる…。あたしにはできないことだから」
ゆっくりと廊下を歩き出す片桐の後ろ姿を、 俺は普通に見送ることしかできなかった。
「…で」
時間は過ぎ、昼休みに突入した。
教科書やノートを片付けていると、俺の前に正利が来た。
「どうなっているんだ?」
そばに立つ正利のこめかみに、血管が浮かんでいた。
「え?」
俺は、意味がわからない。
首を傾げていると、正利は俺の肩越しに、片桐を見つめた。
「警告したはずだけどな」
正利は顔を離すと、俺の肩に手を乗せ、
「飯、食ったら…屋上な」
それだけ言うと、教室の入り口で待っている総司と美佳のもとに向かった。
「フン!」
美佳が、俺を見てそっぽを向いた。
今日は、あのままいなくなることはなく、教室に戻ってきたが、 俺と口をきいてくれない。
本当ならば、4人で昼御飯を食べるのだが…どうやら俺は外されてらしい。
かといって…。
ちらっと後ろを見たが、片桐は自分の机の上で、弁当を広げていた。
何かを買ってきて、隣で食べる訳にもいかなかった。
クラスメイトの目もある。
「仕方ない!」
俺は席を立ち、学食へと向かった。
そして、学食の中にある売店で、パンを何個か見繕った。
「…で、屋上にいくまでの時間潰しで、ここに来たと」
狭く暑苦しい箱部屋の中に、俺は来ていた。
「いいだろ?一応、部員なんだし」
俺は、カレーパンにパクついていた。
「何を言う…幽霊部員が」
ここは、昼の放送室。
みんなが休んでいる間、缶詰状態で音楽をかけていなければならない…むさ苦しい場所だ。
そんな寂しい行為をしなければいけない…放送部部長半田純一は、ただラジオを流すのではなく、 自分で選曲し、きっちりと昼休みが終わるまでかけていた。
どうして〜俺が、放送部の幽霊部員になっているかというと…それには理由があった。
昔の彼女に傷付けられた帰り道で、俺の心を癒した曲…アル・クーパーのジョリーをかけたからだ。
その曲を学食で聴いた俺は…ご飯を喉にかきこむと、急いで放送室に向かった。
初めていく放送室のドアを思い切り開け、 俺は叫んだ。
「この曲は、何ですか?」
アル・クーパーの赤心の歌というアルバムの三曲目に入っている…ジョリー。
それが、俺の衝撃の曲だった。
「次、これかけてよ」
俺はアル・クーパーのアルバムを、純一に差し出した。
純一の中にある流れを遮断する行為だが、 いつものことだ。
俺が来たことで、覚悟はしていただろう。
「好きだな…」
純一は苦笑すると、アルバムを開け、CDを取り出した。
「まあな」
俺は、音が流れるを待つ。
CDがデッキにセットされた。
流れるようなイントロが、学校中に響く。
俺の心は弾み、自然と鼻歌を口ずさんでしまう。
「よく飽きないな」
そんな俺を見て、純一は感心した。
「飽きるかよ。名曲は何回聴いても飽きない。それに、お前がこの曲をかけなかったら、俺は…ここにはいなかったからな」
「そうか…」
純一は、アルバムを手に取った。
しばらく、見つめてから…おもむろに口を開いた。
「だとしたら…俺のせいではないな…。幽霊部員を獲得したのは」
フッと笑い、
「これは、俺のCDではないからな」
アルバムを俺に渡した。
「え?」
今の言葉に、少し驚いた俺を見ないで、次にかける曲を探している純一は、 ジョリーのサビに耳を傾けながら、
「借りてるんだよ」
「え!だ、誰に?」
「勿論、この学校の生徒さ」
純一の次のCDを、対にあるデッキにセットした。
ジョリーが終わると同時にかける為、ボリュームのつまみに手をかけた。
「ある日、放送室に持ってきたんだよ。なんでも、今住んでる家には、CDをかける機械がないから…たまに、学校でかけてほしいってさ」
無理言って、ごめんなさい。
と言って頭を下げる生徒を、純一は憶えていた。
「まあ〜聴いたことはなかったけど…名曲だとは知ってたから、早速かけてみると…」
純一は俺を見て、
「お前が釣れた」
「え」
「それからは…お前が部員になって、結構かけてるから…その子も、喜んでいるだろうよ」
ジョリーが終わり、次の曲が始まる。
俺も屋上に行く為に、椅子から立ち上がった。
放送室から出ていく前に、俺は気になることをきいた。
「このCDを持ってきたやつは、誰だよ」
「お前と同じクラスのはずだけど」
純一はデッキから、アル・クーパーのCDを取り出し、丁重にケースの中に戻した。
「誰だよ?」
俺は平然とした態度できいたが、
なぜか…心の中は、ドキドキが止まらなかった。
純一のこたえを待つ。
「片桐…だったよな?名前」
純一は、そんな俺の動揺を知らずに、逆に聞き返した。
「お前んとこの…あの美人」
「あ、ああ!」
俺は深く頷いた。
まさか…ここにも、運命のプラグがあったとは。
俺は興奮しながら頷き…放送室を後にした。
まさか。
片桐も好きだなんて。
俺達はやっぱり…
結ばれる運命だったのだ。
スキップして、屋上に向かった俺は、 鉄の扉を開けた瞬間に、 さっきまでの幸せは、 どこかに消えた。