終わらない心
激しくビートを刻む。
音が爆発するのではなく、弾むのだ。
聴いている人間の体が、飛び上がりそうになるくらいのスウィング感のあるビートは、 心も弾ませた。
「いいねえ…。彼女」
スタジオ内でドラムを叩く美佳の音を、ブース内で聴いている2人の男。
「拾いものだよ」
興奮気味に話す初老の男に、まだ二十代後半のプロデューサーが頷いた。
「偶然、彼女が叩いていたバントのテープを聴きましてねえ」
人差し指で眼鏡のズレを直すと、プロデューサーは美佳をじっと見つめた。
「今の若い子…いや、日本人のドラムには、あのスウィング感がない。これは、天性のものです。努力で、どうなるわけでもない」
プロデューサーはにやりと笑った。
「彼女は…私達がつくる新たな音楽の基盤になりますよ」
ひとしきり叩いた後、ドラムセットの中から抜け出した美佳を、拍手が迎えた。
「素晴らしい!」
スタジオ内に入ってきたプロデューサーは何度も頷きながら、美佳に近付いてくる。
「本当に素晴らしい!」
わざとらしく誉めるプロデューサーも方を、美佳は見た。
「君のドラムが加われば、私達のプロジェクトは完璧になる」
プロデューサーは拍手しながら、
ちらりと後ろを見た。
いつのまにか、スタジオの外に控えていた女の子達が頷くと、中に入ってきた。
「紹介しょう!君の仲間になるメンバーだ」
美佳は、ちらっとメンバーを見た。
一目で、実力ではなく…見た目で選んだことがわかる。
初老の男もスタジオ内に入ってくると、プロデューサーに耳打ちした。
「金髪の時は、少し悩んだが…今は、いいじゃないか。なかなかの素材だ」
満足げに頷く初老の男。
「さあ!一度、合わせてくれたまえ」
プロデューサーの声に、美佳は無言で、ドラムセットの中に戻った。
(曲は何だ?)
と心の中で思いながら、他のメンバーがセットするのを見つめていた。
(まあ…いいか)
準備が終わったのを確認すると、美佳は叩き始めた。
「素晴らしい!」
知らない曲だったけど、どうやら…このメンバーでのデビュー曲みたいだった。
どこかで聴いたことのある曲調に、 可愛さと、ほんの少し生意気さを強調する歌詞。
あっという間に、曲は終わった。
「完璧だよ!」
音の余韻の中で、まだ興奮しているプロデューサーの横を、美佳はすり抜けた。
「え!」
スタジオを出ていく美佳に気付き、慌ててプロデューサーは追いかけた。
「橘くん!どこへ行くんだい」
美佳は後ろを振り返らず、出口に向かって廊下を進んでいく。
「橘くん!」
プロデューサーの声を無視して。
廊下を歩きながら、美佳は携帯をかけた。
だけど、つながらずに…すぐに留守電になった。
美佳は苛立ちながら、携帯に叫んだ。
「馬鹿太一!いつになったら、あたしをバントやるんだよ!」
そこまで言うと、ブチッと携帯を切った。
「ほんと…」
つながらなかった携帯を見つめ、
「馬鹿なんだから…」
呟くと、
「フン!」
携帯をしまい、早足になった。
「いけね…」
家に着いた俺はベッドの上で、仰向けになりながら、 携帯を見つめていた。
「電源切れてる」
ため息をつくと、携帯をベッドの端に投げた。
「まあ…いいっか。こんな時間にかけてくるやつは、いないし」
昔の彼女は、寂しくなったら…夜中でも電話をかけてきた。
だから、電源を切らすことはしないようにしていた。
ずっと、その癖が抜けていなかったけど、 今は…取り急ぎ、かけてくるやつはいない。
総司や正利がかけてきたとしても、大した用でないだろう。
俺は、自分の部屋の天井を見上げ、
「片桐が持っていたらな…」
深くため息をついた。
なんだろう…。
前と違い、今回は…俺がかけたくて、たまらなかった。






