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3. 水野 乙葉の近因②

 「乙葉は文化祭の後、左手首を怪我しちゃったんだ。多分もう治ってると思うけど…。でも、部活には来なくなっちゃった。乙葉はサーカスのことは大好きなはずなんだよ。だから私は部活には戻って来なくてもいいからサーカスには関わっていて欲しいんだ。」


「水野先輩。良かったら一緒に帰りませんか?」

湊は乙葉と偶然鉢合わせ、チャンスだと思って声を掛けた。

「え、あ、うん。いいよ。」

乙葉は困惑していた。思いもしない言葉が飛んできたことに加え、会って数回の後輩と一緒に帰るなんてほとんど起こり得ないからだ。

湊と乙葉は図書館から少し歩いた廊下にいた。

「水野先輩はなんでサーカス部を辞めちゃったんですか?」

湊は乙葉に一番聞きたかったことを真っ先に聞いた。

「実は左手を怪我しちゃんたんだよね。ほら、これ見て。」

そう言うと乙葉は左手を湊へ差し出して見せてきた。手の甲の辺りに怪我の後と思われるものがあった。

「これはね、玉乗りの練習をしてた時に何かに引っかかって落ちちゃったんだよね。そこで左手を咄嗟に出したらこんな感じになっちゃったんだ。だから辞めたの。」

乙葉は続けて言った。湊は乙葉の話を聞いてから新たに質問をした。

「乙葉先輩はなんでサーカスやってたんですか?」

「…………」

乙葉は言葉に詰まっていた。乙葉が話す前に湊は話し始めた。

「僕は自分の夢のためにサーカスをやっています。乙葉先輩はどうなんですか?」

「私は…人を笑顔にしたくてやってたんだよ。」

乙葉は湊に対して、というよりも自分に言い聞かせるように言った。湊は真剣な眼差しでまた、新たに質問をした。

「本当にそうですか?僕の勘違いだったら申し訳ないですけど、あの時の演技を見た僕からすると、そんな目標のためにやっているとは思えません。何か他に理由があるんじゃないですか?」

「…………。」

乙葉は黙っていた。図星だったのか、今までの態度とは違い、少し早く歩いて湊を引き離そうとした。

「先輩!待ってください!」

引き離そうとする乙葉に対し湊は走って追いつこうとする。徐々にその差は縮まっていき湊は乙葉の手を掴む。

「先輩。待ってくだ…、って、え?」

湊が驚くのも無理はないだろう。乙葉の顔は少し赤くなっており、目から涙がこぼれ落ちているのだ。

「っ、うっ、私だって日本一のパーフォーマーになって、いつか、世界一のパフォーマーになりたいっ。でも、私じゃその夢は叶えられない。実力がないんだよ。私は部活で一番上手いパフォーマーだと思っていた。でも、でも、私は、あんな段差に転んでしまった。そんな奴が日本一、ましては世界一なんて無理なんだよ。こんなやつ、部活にもいらないんだよ。」

乙葉は顔がぐしゃぐしゃになりながらも答えた。湊は話を聞き確信した。乙葉はサーカスを辞めたいわけでもなく、部活を辞めたかったわけではない。むしろ、両方ともやりたいのであると。

「水野先輩。それなら、いやむしろもう一回サーカス部に入るべきではないですか?」

湊はそう提案した。

「ふぇ?」

乙葉から赤子が発声したような声が帰ってきた。泣いてしまっている影響だろうか。

「水野先輩はパフォーマンスをすることに対して自信がないんじゃないんですか?だから部活でどんなにミスをしても本番で最高のパフォーマンスをすればいいだけです。」

「でも、それじゃあ日本一に…。」

乙葉が話すところに被せて湊は少し大きな声で話し始めた。

「じゃあ、僕が水野先輩を日本一、いや世界一にします。だから部活に入ってくれませんか?」

「どうして?どうして私なんかにこだわるの?佐久間君や優菜を手伝ってあげた方がいいよ!」

あの時から湊の心は変わらない。中学三年生の時の白楽園高校の文化祭のあのパフォーマンスを見てから。湊は決めていたのだ。


水野 乙葉を自分がプロデュースする


と。

「僕にとって先輩は特別なんです。僕に夢を与えてくれました。それだけです。」

「それだけって言われても…。」

「水野先輩。お願いします。」

「…………。」

乙葉が答えるまでどれくらいの時間が経ったのだろうか。ほんの数秒かもしれない。しかし、湊にとってはとても長く感じられた。

「…わかった。私、部活に戻るよ。でも1つだけ条件がある。私は私のために、あなたはあなたのために部活を頑張ること。いい?」

乙葉の顔はいつもと同じように、華麗であった。しかし、笑顔は無く、真剣な表情をしていた。それに呼応して湊も真剣に答えた。

「分かりました。」

ここで乙葉の口角が上がって笑顔で話を始めた。

「でさ、部活に入るのはいいんだけどさー、君、名前なんていうの?」

こんなに濃い内容を話したはずのに片方は名前すら知らなかったのだ。湊は苦笑しながら答えた。

「神木 湊です。よろしくお願いします。」

「湊君。よろしくね。」


そしてそれぞれの帰り道を歩いて行った。

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