本当に本当?
リロ・ハーネスは路地に置いてある木箱に座ろうとして、身長が足りず苦戦していた。
そのうち長身のエルフ、おそらくハイネライドがリロを持ち上げて木箱に座らせる。
「おお、助かる、珍しいな、お前がこんなことすんの」
「先ほどの串焼きのお礼ですよ」
「……金は払えよ?」
「……はあ、分かりました」
ハイネライドが不満げに言う。
リロはこちらを見下ろし、尊大な態度でいる、さっき木箱に座るのに苦戦していなかったら威厳が少しはあったかもしれない。
「改めて……俺はリロ・ハーネス、そっちはハイネライドだ、今回、お前さんの仕事を手伝う事になった」
「そう、よろしく、私はハカモリ」
リロの見た目は完全に幼女だ、髪はよく手入れをされた濃緑のショートカット、装備は使い古された様子で、熟練を思わせる出立だが、軽装で、冒険者という感じはしない、装備も、喋り方も、見た目の年齢とはチグハグな印象を受ける。
膝丈のハーフパンツに脚を隠すタイツと皮のブーツ、上はシンプルで体にフィットしたノースリーブで、腕全体を露出させている。
……あと、ハカモリは別に全然全く気にしていないが、胸がそこそこあった。
「……武器は?」
「弓だ、見りゃわかるが、こいつもな」
ハイネライドは大きな弓を背負っている、腰には矢筒と大型のナイフを下げていて、身長が高くスレンダーな事も込みで、ハカモリが想像するエルフそのものだった。
腰の辺りまである金髪と、中性的な顔のこともあって、女性だと言われても信じられるが、声からして恐らく男性だろう。
「依頼は手紙を届ける事って聞いた、手紙はある?」
「ああ」
リロが小声で幾らか呟くと、リロの目の前の空間に穴が開く。
開いた穴に手を入れて、中から封筒を取り出した。
「これだ、普段はマジックポケットに入れてある、俺が預かったままの方が良さそうならそうするが?」
「……私が持つ」
「了解、リーダー」
木箱から降りたリロから封筒を受け取る。
袖を通して次元の衣嚢にしまう。
それにしてもリーダー……良い響きだ、もっと言ってほしい、だが直接ねだる様なはしたない真似はしない。
「……」
無言のアピールだ、目の前のリロの目をじいっと見る。
「……なんだよ?俺の顔になんか付いてんのか?」
顔を近づけてさらにじいーっと見る。
「……なんだよ、怖えよ、なんか言えよ」
どうにも言ってくれそうにない、ハカモリは誤魔化す様に質問した。
「……なんで自分の事を俺って言うの?」
「男だからだ」
……!?男!?嘘、じゃ、ない!?
事前に聞いた話では幼女だった、その話に嘘はなかった。
外見は……わからない、胸はあるが、詰め物かもしれない、見ようによっては男の子にも見え……る?
限りなく女の子っぽく見える男の子?女装?なぜ?周りに幼女だと思わせてる?ハカモリに打ち明けたのはなぜ?
混乱しているハカモリを、リロはニヤニヤしながら見ている。
「おと、こ?」
「ああ、そうだ、俺は男だ」
「……幼女だと、聞いていた、違うの?」
「男はどう解釈しても幼女にはならんだろ」
……誤魔化しだ、質問に答えていない。
「幼女ではない?」
「……ん?俺は男だ」
「質問の答えは「はい」か「いいえ」で答えて、幼女ではない?」
リロは微かに瞠目し、笑みを深める。
「……いいえ、だ」
これは本当、つまり幼女であり男でもある、という事。
……幼女でもあり男でもある?
どういう事なのかさっぱりわからない。
そこでハカモリは思い出した、随分前に聞いた身体を作り替える変身術の存在を、あれならば中身は男で外見は幼女ということもあり得る、それなら男であり幼女でもあると言える……かもしれない。
問題は変身術は大小関わらず禁術に指定されている事である、魔法をかけるものはもちろん、かけられる側も罪に問われる。
だとすれば……。
「呪い?」
呪いと魔法は違う、魔法はほとんどの生物が使うことができるが、呪いは忌み者、あるいは怨霊などしか使えない、忌み物に宿る場合もある。
最大の違いは発動条件だ、魔法は結果が術者の思想、思考に左右されないが、呪いは違う、術の対象者に悪意を持たなければ発動できないのである。
魔法の術者は被術者にメリットをもたらすことができる、だが呪いはそれが出来ない。
そのためほとんどの場合被術者は被害者であり、それが理由で変身魔術などのかけられる事が違法の術をかけられても許されるのだ。
「正解だ」
リロは楽しげに肯定した、幼女だと言ったり男だと言ったりして、ハカモリをからかっていたのだろう。
「……私は、嘘が嫌い」
少しの怒気を込めて睨む。
「嘘でなくとも、人を騙すのは嫌い」
リロは嘘つきだ、ハイネライドは……まだ分からないが。
「私と一緒に行動するなら、嘘はダメ、人を騙すような事もしないでもらう」
それが守れない場合、ハカモリは一人で依頼に向かう覚悟がある。
リロは可愛らしい仕草で首をコテンと曲げた。
「……可愛くしてもダメ」
「?」
リロはキョトンとした後、不思議そうな表情を浮かべる。
どうやら素だった様だ、本当に元男なのだろうか?
「……嘘がダメとは、案外お堅いんだな?」
「別に、これぐらい普通」
嘘を嫌うのはハカモリだけではない、教会所属の神官には多い。
「……嘘を嫌う真面目な神官ってのは騙されやすいが、お前は違う、さっきの串焼き屋でもそうだし、俺の性別に関する事でも、騙されなかった」
師匠の教えの賜物である、学べるまで騙され続けたのだ。
「そういう騙されにくい奴ってのは大体ずる賢い奴なのさ、神官という役職上嘘はつかなくても騙す事を厭わない、そういう奴」
「さっきの俺の質問は、どういうタイプの神官なのか、判別する質問でもある、コロっと騙されたら真面目な奴、疑ってかかったらずる賢い奴、まあお前はどっちでも無いみたいだが」
……なるほど?
「……それを知ってなんになるの?」
「一緒に依頼をこなす仲間の事だ、知らないより知っといた方がいいだろ?」
……確かに。
「試す様な真似して悪かったな、もうしねえよ」
……嘘じゃないみたいだ、それなら別に……。
……でも試す意図があってもからかいが含まれている事は確実では?
さっきの串焼き屋にも謝って事を納めていた。
誤魔化されてる?
「おーい、聞いてるか?俺が悪かったよ、ごめんな」
……どっちか分からない。
神官の嘘探知はかなりの精度を誇る、相手が真実だと思っている物でも、相手が心の底で嘘が含まれていると感じたら嘘を感知する、だから間違いにも反応する。
対して誤魔化しの探知はあまり精度が良くない、今まで誤魔化しがないのに探知してしまったことは無いが、誤魔化しを探知出来なかった事はかなりある。
……どっちだろう?怪しいと思えば怪しく見えて、怪しくないと思えば怪しく見えない。
リロは黙っているハカモリを見て、怒っていると思ったのか困っている様子だ。
「なあー、なんか言えよー、俺が悪かったよー、許してくれよー」
可愛く言っても無駄だ、ギロリと睨み八つ当たり気味に中級神術「威圧」を発動する。
「ひぃっ、うひゃわあ!」
リロは後退りした時躓いて、尻餅をついた。
「いたた、な、なにすんだ突然!」
尻餅のまま涙目の上目遣いでこちらを睨むリロ。
本当の本当に元男だろうか?可愛い。
「……可愛い」
口に出てしまった。
リロは意外そうに目を見開き、すぐに立ち上がって調子に乗った……いや、心なしか怒っている様な気がする。
「おっとー?そうか?可愛いか?思わず見惚れるほど可愛かったか?照れるねえ!」
言いながらハカモリにズンズンと近づいていく、思わず後退りするが、後ろに壁があってこれ以上下がれない。
リロはそのままの勢いでハカモリに近づき、手を伸ばしハカモリの後ろの壁をドンと叩いた。
後ろの壁を、ドンと叩いた。
壁を、ドンと。
壁ドン。
思わず腰を抜かし、その場にへたり込む、今度はハカモリがリロを見上げている。
「さっきのは「威圧」だな?仲間に術なんざ使ってんじゃねーよ」
リロは囁き、ハカモリの目を真っ直ぐ見る。
「あまつさえそれを世辞で誤魔化そうとした」
気まずさに思わず顔を背ける。
「……別に、嘘じゃない」
リロはハカモリの顎に手を当てて、顔をクイっとリロの方に向けた。
顎に手を当てて、クイっと。
顎を、クイっと。
顎クイ。
「嘘じゃなくてもだ……あれは言う必要があったか?」
「それ、は……」
ハカモリは思わず口ごもり、目を逸らす、確かにいう必要は無かった、だが、思わず漏れてしまったのだ、お世辞をいいたかった訳じゃない。
「こっちを見ろ、人と話すときは、相手の目を見ろ」
「……」
「見れないのか?なら見させてやる」
……さっきの壁ドンといい、顎クイといい、なんだか既視感があると思ったら、昔読んだ恋愛小説だ。
あれは異世界の勇者が書いたものだったか、斬新な切り口と時代を先取りし過ぎた表現は、発刊してから即座に教会から有害図書扱いを受けた幻の本だ。
師匠が教会から盗み出してきたのを読んだことがある。
壁ドン、顎クイ、そして、その本では、キス、だった様な気がする。
ま、まさか……!?
「楽しそうなところすいません、遊んでないで早く行きませんか?」
ハイネライドが唐突に声を掛ける。
「んだよ、せっかく今面白いところだったのによ」
リロはさっさと離れて行った。
……まさか、からかわれた?また?
羞恥と怒りで顔を赤く染める。
この……!人が怒らないのをいい事に……!
「リロー!」
大声で叫ぶ、リロは焦った様子でハイネライドの手を引いて走っていった。
服飾に関する描写よく分からなすぎる、脳内で補完してください、後で修正するかも。