冒険者はヤバい奴しかいない
決闘は終始ハカモリ優位に進んでいた。
ハカモリは男Bの攻撃を回避する、それと同時にカウンターで拳を繰り出す、男Bの腹にハカモリの拳がめり込み、殴られた勢いのまま、壁付近まで吹っ飛んで行った。
(これで五発目……後四発、いや……五発?)
男Bは強い、ギルドの床に傷をつけたことといい、かなりの実力者だ、だがハカモリには及ばない。
油断はできないが、油断しなければ負けはしない。
だからハカモリは自分からは仕掛けない、相手の動きを見て、相手の後に動く。
男Bはまともに立ち上がれないほどフラフラだった、だがハカモリには分かる、演技だ、こちらを誘っている。
このまま待っても良い、しかしそれでは時間がかかる、ハカモリはさっさとすませたいのだ。
一番近いテーブルの客から木製のコップを奪い取り、代わりに銀貨を一枚放る。
「おい、何しやが……おっと、儲け儲け、あんがとな」
神術「浄水」を発動してコップの中身を水にして飲み干す、周りからは神術を使った事など分からない、コップの酒を一息に飲み干したように見えたためか、感嘆の声が上がる。
男Bはかろうじて立っているが、フラフラ……なふりをしている。
ハカモリは空になったコップを男Bの頭に向けて投擲した。
男Bはハカモリ側にコップを弾き返し、同時に駆け出す、予想よりも対応が速い、飛んできたコップを大きく後ろに飛んで回避する。
男Bは転がるコップに追いつくと同時に、コップをハカモリに蹴り飛ばした。
さっきより早い、回避は間に合わない、腕を前に構える、それと同時に神術「肉体の堅牢」を発動する、これも見た目には分からない神術である。
コップを腕で防ぐ、コップはバラバラに粉砕された、それとほぼ同時に、男Bがハカモリの胴体に蹴りを放つ。
ハカモリは体格が小さい、そのまま蹴り飛ばす気だろう。
男Bの蹴りを受ける、しかし「肉体の堅牢」の効果で、ダメージもなく吹き飛ばされもしない。
……「肉体の堅牢」のダメージ許容値ギリギリだ、密かに冷や汗を流す。
「!?馬鹿な、重い!」
……失礼な相手の足を掴みそのまま振り回し、壁側に勢いよく投げる。
男Bが頭から壁にぶつかり、床に落ちる、ぴくりとも動かない。
……死んだ?ハカモリは今更心配になった、確かに怒りはあるが、殺したいわけでは無いのだ。
周囲の観客は大盛り上がりだ、しかしそんなことよりハカモリは男Bが心配だった、見ると、男Bは頭からだらだらと血を流している。
まずい、さっき重いと言われた怒りで少し力を込めすぎたのだ、大丈夫だろうか?
すぐに治療を……いやいや神術を使用するわけには……。周りの人が治療しないかと期待を込めて見渡す。
だが誰も男Bを気にした様子が無い、それどころか新しく喧嘩を始めている、賭けの勝敗が気に食わなかったようだ。
今更ながらギルド職員の言っていた決闘の管理の重要性を思い知った、無法すぎるし、冒険者は血の気が多すぎる、決闘を止めることはできないが、決闘を正しく行わせることは出来ると言う事だろう。
ハカモリはため息をつく、ポーションの類は持っていない、治療は神術を使用しなければいけないだろう、だが死なせるよりマシだ。
ハカモリは命を大事にするタイプのシスターなのだ、師匠とは違う、そもそも神術を使っても、ハカモリの正体がバレなければギリギリセーフである。
それでもやっぱり目立ちたくはないので、使用するのは下級の神術だ、男Bに近づこうとして……。
男Bがゆっくり、立ち上がった。
頭から血を流している、呼吸が荒い、顔は真っ青で、今度は演技ではなくフラフラだ。
しかし、それでもその力強い目だけはハカモリを射抜いている。
男Bが構える、まだ、続ける気だ……!
ハカモリは感服した、ハカモリは知っている、師匠から無茶を言われ、ボロボロになりながら、死にかけたことがある、だから分かる、絶対に勝てない、出来ない、そう思えることに挑戦する難しさを。
男Bは震えている、ハカモリに勝てないことは理解してるのだ、自分がボロボロで、死にかけであることも、男Bはハカモリを恐れている、死を、恐れている。
それでも、それでもやる気なのだ、傷の手当てをするでもなく、誰かに助けを求めるのでもなく、ハカモリとの勝負を続ける気なのだ。
すごい、本当にすごい、ハカモリは男Bが嫌いだった、酔った勢いで攻撃され、その後も訳がわからないが決闘を挑まれた、好きになる要素がゼロだ、だが彼の覚悟を見た今は違う、ハカモリは心の底から男Bを尊敬している。
だからこそ、ハカモリは手を抜かない、本気でやる。
ハカモリも構えた、男Bの目が見開かれ、そして笑う。
「Aランク冒険者、上位剣士、クラッド」
「名乗りは、決闘の報酬、つまり」
ハカモリも笑う。
「私に勝ったら教えてあげる!」
そして突然、男が吹き飛んできてクラッドを巻き込み転がっていった!
「ええ!?」
せっかく楽しくなってきたのに!?……飛んできた方向を見るとそっちでも喧嘩をしていたらしい、吹き飛ばした方がこちらを見て申し訳なさそうにしている、どうやら事故のようだ。
クラッドは直前で気づき、防御したのか、無事だった。
「てめー、何しやがんだ突然!死ね!」
クラッドは吹き飛んできた男を投げる。……?そっちは……。
ハカモリが男が投げられた方向を見ると、明らかにハカモリよりも数段強い大男がいた。
即座に嫌な予感を感じたハカモリは俊敏に動き、テーブルの下に隠れ、マントの隠蔽術式を起動する。
「邪魔が入ったが続き、だ……?」
クラッドはハカモリがいないことに気づいているが、大男……男Cとしよう、男Cがずんずんと近づいてきているのには気づいていない。
「どこ行きやがった!?出てこい!戦え!俺と戦え!」
「おい」
「なんだて、め……?」
男Cが片手で持っていた男を見せる、さっきクラッドが吹き飛ばした男だ。
「飯食ってたらこいつが飛んできた、クラッド、お前だな?」
「え?あ?……あっ」
「やはりな」
男Cがクラッドをぶん殴った、吹き飛ぶクラッド、そして食事中の三人組のテーブルに思い切りぶつかり、テーブル上の料理を全て吹き飛ばした。
「テメー何すんだコラ!?」
「殺す!」
「ボケカスが!」
男D、E、Fが即座に男Cに向かう、血の気が多すぎる、男Cは雄叫びを上げ腕を振るい三人同時に吹き飛ばした。
男Dはギルド受付に突っ込んだ。
「オワー!?俺が3週間かけて作った資料がー!?」
そのままギルド職員と殴り合いを開始。
男Eはゴリラの女性冒険者にぶつかった。
「このあたしに痴漢かまそうなんざ良い度胸じゃないか!死になぁ!」
周辺の女性冒険者とともにリンチが始まった。
男Fは吹き飛んだ先で仲間を増やしたのか五人ほどで男Cに突撃している、男F、G、H、I、Jである。
そしてそれを男Cが男FとGを吹き飛ばし、男Hを殴り、男IとJを床に叩きつける。
男Fがさらに仲間を増やした、えーと、K?とL、M、Nの四人……いやMは見たことがある、あれはAだ。ということは?F、K、L、A、N、いやNじゃなくてMだ、F、K、L、A、Mだ、だんだん訳がわからなくなってきた。
そんな事を考えている内に、状況は変わる、GとLの仲間割れだ、Gの方にFとM……違う、あれはAだ、Lの方には……誰?なぜか関係ない人が参加している、しかもノリノリで、なぜ?
考えている内にも、GとLの集団は数を増やす、意味が分からない……最初はCと戦っていたのに、今はCをほったらかして二つの集団に別れて争っている。
そこにCが参戦する、どちらの味方もせず、無差別に暴れ回っている、暴力は暴力を呼び、被害は際限なく広がっている、事態の収拾は困難だ。
……ハカモリはしばらく呆然としていたが、頭を切り替える、ギルドは天地がひっくり返ったような大騒ぎだが、ハカモリは今誰の注目も集めていない、最初の目標を思い出そう。
死にかけのクラッドが心配だったが、視界の端でギルド職員に治療を受けているのが見えた、多分大丈夫だろう。
クラッドが問題ないのならば、目標は協力者との合流だ、目立たずに、出来れば神術も使わずに。
ハカモリはマントを脱ぎ自らの袖に入れていく、そして肘に刻まれた神術、「次元の衣嚢」の中に入れる。
お気に入りだったが、しばらくは着れないだろう、クラッドとの決闘はかなりの観客がいた、不用意に着ていたら面倒なことになる。
「身体の活性」をかけ直す、身を伏せ、人の間を抜け、ギルドの受付に辿り着いた。
少し前まで人が並んでいたが今は空いている、好都合だ。
ギルドの大騒ぎを気にした様子もない受付の男性職員に声をかける。
「……少し聞きたいことがある」
「すまないが少し声を大きくしてくれるか?騒がしくてね」
「……少し、聞きたいことがある!」
「了解した、そのままの声量で続けてくれ」
リギールはギルドで協力者と合流するように言った、職員にハカモリの名前を伝えれば何かしらの伝言があると思うが……その前に気になった事を聞く。
「この騒ぎを止める気はないの?」
「ない、というか止められない」
そこで職員は少し思案し、返答を続けた。
「冒険者は血の気が多い、多すぎる、定期的に今回のような騒ぎを起こさなければ爆発するのだ、それも他のギルドや騎士団相手にな」
「あれらは大半の者が個人主義だ、わがままで自分勝手、統率は取れない、それでもその力の矛先を誘導することは出来る、辛うじてだがな」
「今回の様なギルド内の騒ぎは罰されないことになっている、決闘もそうだ、冒険者ギルド内で完結する問題ならば、容認する、逆に外部と揉めれば罰を与える、そうする事でアホ共の矛先を制御している、以上が騒ぎを止めようとしない理由だ」
……話が長いのと周囲がうるさいのでほとんど聴けなかった。
ハカモリが理解できていない事を察したのだろう、職員がもう一度口を開く。
「冒険者は待てができない、だから人の餌を食べる前に、飼い主が餌を与えるんだ」
……なる、ほど?なんとなく理解できた気がする、冒険者は犬以下、と。
「じゃあまた別の質問、私はハカモリ、私に対して伝言はない?」
「ハカモリ……ああ、あるぞ、協力者についてだな、俺が受けた」
「聞かせて」
「……協力者はリロ・ハーネス、ハイネライドの2名、合流はギルドで行う予定だったが……この騒ぎではおそらく、二人はギルド内にはいない、ここから北の広場で合流しろ」
ここまできてまた別の場所に……?リギールが合流地点をギルド以外にすれば済んだ話なのに……!
「……続ける、今回の仕事内容は手紙の配達だ、手紙はリロが持っている、配達先はこの街、リャスラから真っ直ぐ北の山中、そのどこかにある魔女、ギロストラトスの家」
つまり今回の仕事は山のどこにあるかも分からない家を探して手紙を届ける事である、まあ難易度は低い、遭難する可能性が高いが、それ以外に危険はほぼ無い。
「伝言は以上だ、リロとハイネライドは……ハイネライドはエルフ、長い耳が特徴だ、リロは幼女だ、幼女とエルフのコンビを広場で探せ」
?
「?」
なんて?
「……幼女?」
「ああ、リロは幼女だ」
「……幼女が冒険者なんて出来ない、それに今回の仕事に参加するのも危ないと思う」
「君がそれを言うか」
ハカモリはいいのだ。
職員は溜息を吐く。
「詳しい事情は彼に聞け、他に質問は?」
……彼?もう一人の……ハイネライドに、ということだろうか?
「無い」
「そうか、依頼の結果はこちらに報告をしてくれ、名を出して依頼の成否を受付に言うだけでいい」
「分かった、ありがとう」
これで一歩前進だ、足止めを食らったし、無駄に歩いた気もするが、それでも一歩前進だ。
ハカモリは未だ混沌としているギルドを見る、これから走り抜けると考えると憂鬱である、そんなハカモリに職員が声をかける。
「……どこに行こうとしている?」
「……?出口」
「それならばこちらにある一般人用の出入り口を使ったほうがいい」
……え?
職員が指を刺した方を見ると、ドアがある、てっきり職員用かと思ったが、一般人用だったらしい。
「正面入り口から出入りすれば、確実にアホどもに絡まれる、そのため一般人はこちらを使うが……その様子だと知らなかった様だな」
……つまり、こちらから入れば絡まれなかった……?今までのトラブルは本来なら起きなかった?
……それでも、それでも一歩前進だ、無駄でも、無意味でも、一歩前進だ、一歩前進なのだ。
ハカモリはしばらく立ち直れなかった、少し泣いた。




