冒険者ギルド
以前から師匠がハカモリに言い聞かせてきたことがある、それは、容易く神術を人前で使わないこと、もし使うとしてもできるだけ目立たないようにすること、である。
神術は秘匿されるべき、これは教会の教えではなく師匠個人の考えのようだ。
師匠がその考えに至るまで、どのような経験をしてきたかなど知らない、ただ、師匠がそうした方がいいというのなら、そうした方がいいと、ハカモリは思う。
だからここ……冒険者ギルドでもハカモリは目立たず行く、冒険者は血の気が多いというが、流石に何もしてない相手に喧嘩をふっかけたりはしないだろう。
目立たずに行く、地味にギルドに入って、地味にギルド職員にハカモリの仕事を伝え、協力者について聞き、地味に協力者と合流。
ハカモリは深呼吸して防音術式が仕込まれた扉を開ける、途端に喧騒が聞こえてくる、ギルドには人がごった返していた。
喧嘩かと見紛うほどに声を張り、依頼への参加を呼びかける者、ギルド職員に怒声をあげる者、隅の方で行われている殴り合いの観戦、酒を飲んで何かしらのお祝いをするパーティー……。
ハカモリは別に喧騒が嫌いなわけじゃない、ただ、さすがにうるさすぎる。
ハカモリは持っていたマントを着る、フードを被り、編まれた防音術式を起動、ハカモリに耳に届く音がどんどん小さくなる。
完全に遮断すると呼びかけなどに気づけないからある程度にとどめておく。
防音術式ありでもうるさい……。ハカモリは早くも墓地の静けさが恋しくなった、さっさと用事を終わらして早く仕事を終わらそう……。
ギルドの受付に向かって歩く、人混みで列が見にくいが、並んでいる人はそれほど多く無い。
これなら ……!?
目の前に突然、人が吹っ飛んできた、もし気づかず歩いていたらぶつかっていただろう。
どこから吹っ飛んできたのか見れば、隅でやっていた殴り合いによるものだったらしい。
観客がこちらに人を吹き飛ばした男、ハカモリと同じようなローブを着ている男に拍手している、……誰もハカモリの心配をしている様子はない。
ま、まあ、少しびっくりしたが、怪我なんかは無いのだ、別によしとしよう。
すると吹き飛ばされた男……男Bとしよう、吹き飛ばした方が男Aだ、男Bが叫ぶ!
「俺はまだ負けてねぇ!!」
そして殴りかかる!……ハカモリに。
「!!??なん、なんで!?」
咄嗟に後ろに下がって回避する。
なぜこちらに殴りかかってくるのか、いくら酔っていても間違えるだろうか?……そういえば男Aとハカモリの服はよく似ていたが……。
それでも普通間違えないだろう……明らかに飲みすぎである。
男Bの左の拳が、ハカモリの顎目掛けて振りあげられる、咄嗟に後ろに避けるが、男Bはさらに一歩踏み込み先ほど上げた左の拳を振り下ろす。
ハカモリは男Bの右手側に避ける、失策だ、振り下ろされた左手側に避けた方が良かった。
ハカモリの予想通り、男Bは右腕を雑に振るう、先ほどと同じように頭を狙っている、ハカモリは姿勢を下げた、頭上で腕が振るわれたのを感じる。
息つく間もなく、男Bはハカモリの顔面に向けて蹴りを放つ、ハカモリはさらに姿勢を下げる、ほぼ四つん這いだ。
その時ハカモリに猛烈に嫌な予感がした、師匠との訓練なんかで頻繁に感じるものだ、命懸けの試練でもたまに感じる。
ハカモリは瞬時に神術「身体の活性」を発動、何倍にも増した身体能力で横に跳ぶ、ほぼ同時にフードの防音術式を貫通する破裂音が聞こえた。
転がりながら勢いを殺し、姿勢を整え、男Bの方を向く。
男Bの足元、先程までハカモリがいた地点には、足を中心に亀裂が走っていた、蹴り上げた足をハカモリめがけて振り下ろしたのだろう。
問題はその威力だ、冒険者ギルドの床はただの床では無い、多数の魔術、神術、錬金術などを複合的に使用して、尋常では無い硬度を獲得しているのだ。
それに小さくない亀裂を入れるような攻撃……もし避けれなかったらと考えるとゾッとする、たかが喧嘩で使っていい威力ではない。
そして攻撃を避けている時は気づかなかったが、いつのまにか周囲の注目を集めている……ありていに言うと、目立っている。
なぜ……?何も……本当に何もしてないのに!
「おいてめえ、やるじゃねえか、今のを避けるとはな」
全ての元凶が話しかけてきた、思ったよりも、呂律が回っている、それほど酔っていないのか?顔は赤いが……。
「……まぐれ、それより突然襲ってきておいて、謝罪の一つもないの?」
「すまん」
……思ったより素直だった、とにかくこれで問題は解決、ちょっと目立ったが、このまま本来の目的を……。
「よし、じゃあ続きやるぞ!」
???何を言って?
困惑しているハカモリに向かって、男Bは殴りかかってくる、なぜ!?
回避する、まだ「身体の活性」の効果時間内だ、先ほどよりも余裕がある。
「なんで!攻撃!してくるの!?」
「うるせえ!!喧嘩中に喋くってんじゃねえ!!」
理不尽すぎる!
回避するたび、歓声が上がる、視界の端でどっちが勝つか賭けをしているのが見えた、かなり騒がしいはずだが、気にせず食事している人もいる、もしかして冒険者ギルドではこれが日常なのだろうか?
だがいい、騒ぎが大きくなってきた、流石にそろそろ注意が入るはずだ。
「そこまでです!!」
ギルド職員が声を上げる、男Bの動きもぴたりと止まる。
「クラッドさん、勝手に騒ぎを起こさないでください!」
男Bの名前はクラッドというらしい。
勝手に喧嘩を吹っ掛けるのを注意してくれるなんて……!ハカモリの好感度が上がった。
「そこ!賭けは即刻中止です!」
賭けも止めてくれた、ハカモリの好感度がさらに上がる。
「く、クラッドさん、この床は何ですか!?相手を殺しかねない技を使用しないでください!」
男Bのやりすぎも咎めてくれた、これがギルド職員……!
もはや尊敬の域に達しそうである。
「これよりこの決闘は我々ギルドが管理します!」
そして堂々と宣言する!決闘を管理することを……。
……決闘を管理?
職員はハカモリの疑問に答えてくれない、代わりに決闘の準備をどんどんと進めていた。
「賭けの集計と記録は彼が行います!決闘のルールを確認します!殺しは無し!奪った武器やアイテムは決闘終了後に返却するか買い取りを行いなさい!貴重品などは事前にギルド職員に預けることもできます、また、決闘前に冒険神への誓いをしてもらいます!」
ハカモリの好感度が下がる音がする、さっきまでのは決闘自体を止めていたのではなく、ギルドの管理外での決闘を止めていただけらしい。
ため息をつく、期待した分落胆は大きい。
この場にまともな人間はいない、ハカモリは確信した、だがもういい。
今更目立たないことにこだわる意味はない、もう充分目立った、だがまだだ、まだハカモリの名前も顔も知られていない、ギルド内ではずっとフードを深く被っていた、それに神術を使用したこともばれていないだろう、「身体の活性」は見た目には何の変化もない、魔力による身体強化との見分けはつけられない。
だから今ここですべきことは目立たないことではなく、少しでも早くこの場から離れることだ、決闘が避けられないのなら、速攻で終わらせる、ハカモリにはそれができる。
拳を握る、目の前の男Bを見据える、体には神力があふれている、「身体の活性」もいくらでも使える、ぶっ潰す。
男Bもこちらの戦意を読み取ったようだ、壮絶な笑みを浮かべる。
「……!やっとやる気になったか!」
すると決闘の準備を終えた職員がこちらに向き合う。
「さて、こちらは準備が終わりました、双方、何か質問事項ややっておきたいことはありますか?」
……もう覚悟を決めたとはいえ、事前に質問しておく、次からはこんなバカげたことに巻き込まれないようにしなければ。
「なんで私はこんな決闘に参加しなきゃいけないの?」
「……なんで?えっと、それは入会時に……」
そこまで言って職員は訝しげな表情を浮かべる。
「……一応確認なのですが、あなたはギルドの構成員、つまりは冒険者ですよね?」
「違う」
「……え?」
職員は茫然としている、そのまま男Bに向き合う。
「クラッドさん?もしかして冒険者じゃない人と喧嘩を?」
「あーっと、いや、あー、そのだな……」
「……正気ですか?どこの所属かも分からない人間に危害を加えようとしたんですか?」
「……すまん」
「すまんじゃ済みませんよ!?何やってるんですか!?怒られるのはギルドなんですよ!?」
……なんだかよくわからないが決闘はしなくていいのだろうか?
職員がまだまだ叫ぶ。
「万が一殺しでもしたら最悪戦争ですよ!?あなたが原因で!殺さなくてもどこかのお偉いさんだったらそれだけで極刑もあり得ます!あなたは自身の行動がどのような結果をもたらすか理解しているのですか!?大体あなたは昔からそうです、行く先々でトラブルを起こして!そのたびに私たちがどれだけ苦労するか、あなたは知りもしないのでしょうね!この間の件だってそうです!もう少し冷静にものを考えてください!聞いてますか!?あなたがちょっとでも冷静ならあんな事には……!?」
職員が話している最中、突然後ろから羽交い絞めにされた、そのまま人混みに引きずられていく。
「ちょっと!何をして……!放しなさい!やめ……!」
しばらくは何か叫んでいるのが聞こえたが、突如それが途切れる、その場には静寂が訪れた。
男Bが雄たけびを上げ静寂を打ち破りながら殴りかかってくる。
「うおおおおおお!!決闘開始だああ!!」
うるさいくらいの歓声を浴びながら、ハカモリは応戦する。




