表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
墓守るハカモリ  作者: 苦慮緑了
れべる1:お手紙配達
29/30

飛来する理不尽

 「ここには報復に来た、ぶっ殺してやるよ」


 目の前の神官の声を聞きながら、後ろをチラリと見る。


 アランは生きていた、正直衝撃波で即死していても不思議ではなかったが、生きているのなら儲け物だ。


 今の自分はほぼ全ての村人を喰らい「聖人の瞳」を有している、単体性能ではドラムリ山にいた個体と同程度。


 それでも勝てはしない、ならば人質を取るしかない、後ろのアランまで距離を詰めるのには一秒も掛からない。


 ……だがたとえ0.1秒でも、目の前の女は反応してくるだろう、そういう凄みがあった。


 「……アラン・リック、彼女を止めてください、子の命が惜しければね」

 「子供だぁ?んなもんどこにいんだよ?」


 妊娠は嘘だ、アランを食神の使徒にする為の出鱈目、記憶の中に心当たりがあったから嘯いた出まかせ。


 神官ならば懐妊など当然見抜けるだろう、だがそれをアランが信じるかは別だ。


 「し、神官様……この、この女の、元の体は、こ、恋人の物でーー」

 「うるせえよ、黙れ雑魚」


 いつの間にか、全く気づかない内に女がアランの前に移動していた、確かに視界に捉えていたはずなのに。


 後ろを振り向くと同時に、女がアランの頬を叩いた。


 超高速の張り手はアランを吹き飛ばす、アランは残っていた家屋を突き抜け、何処かへと吹き飛んでいった。


 「な……!何を!」

 「大体分かった、どうせあれだろ?ガキこさえたとか嘘こいて騙してたんだろ?やり口が陰湿だなぁーおい」


 ば、ばれている……それにアランも……早すぎて確認は出来なかったが、アレは死んだだろう、無慈悲すぎる。


 「……私は魔術で妊娠を隠せますよ、外から見ただけでは分からないようにね」

 「はいはいそれな、確認出来ないものと存在していないものってーのはどっちか分からんからな、ありがちな手すぎてあくびが出るぜ」

 「……あの、シスター、一応本当の事かもしれないので、念の為確認してくださいね」


 少年が女に声をかける、気配を探ればわかる、少年の方は大した使い手ではない、雑魚ではないが、自身の敵ではない。


 もはや手段はそれ以外無い、背後を振り向き少年を人質に取ろうと駆け出し……。


 顔面を手で覆われる、再び瞬時に移動してきた女の手だ。


 「ケッ、面倒くせーな、んなもんさっさと殺せよ、ぶっ殺してから確認すりゃ良いだろ」

 「いや、殺してからじゃ遅いんですって」

 「はー、分かった分かった、しばらくは殺さねえよ、いるかも分からんガキもコイツもな」


 女の手が握り込まれる、頭蓋骨が割れる音がした。


 こ、殺さないと言ったばかりなのに……!


 女の手が振るわれる、一切の感覚が消え去り、風切り音と共に地面が凄まじい勢いで遠ざかっていく。


 投げられたのだ、そう気づいた頃には雲の上に飛んでいた、呆れた速度だが、それより気になるのはダメージの無さだ。


 地上からこの高さまで一瞬で移動すれば少なくとも内臓は完全に破壊される、体が燃え尽きる可能性すらある気がする、だが今それが無い。


 理由は神術だ、「聖人の瞳」は神力が見える、だから今自身の身体を覆っている神術も、見える。


 恐らく「肉体の堅牢」と呼ばれている神術だ、あの女は投げる直前に体を神術で保護したのだ。


 一応殺す気が無いというのは本当らしい、朗報だ、体も落下を始めた、ここから地上に戻るまでに、どうにか逃げる準備を……!


 「おーおー良い飛びっぷりだったな?」


 女の声が聞こえる、足首を掴まれた、暗闇と風切り音の中、女が明朗に笑うのが視界の端で見える。


 「次だ!今度は逆だぜ!」


 再び加速する、ついでに自身にかけられていた神術も一瞬解除されすぐに掛け直される。


 今度はおそらく地面に向かっている、そう直感した直後に水の中に落ちた。


 (これは……!村近くの湖!)


 水底に着く前に勢いは無くなった、今度は女がくる前に何かをしなければ……!


 加重魔術で自らの体重を増し更に沈む、ついでに自らの指を掴みちぎろうとするが、神術による防御を突破できない。


 しばらくそうしていたが神術が解けるより先に水底に着いた、このまま地面を掘り隠れれば時間が稼げる筈だ。


 そう思ったのも束の間、地面に向けた腕を誰かに掴まれる。


 「おうおう大丈夫か?息できねえじゃんかよ、助けてやるぜ」

 「!?」


 やけにはっきり声が聞こえた。


 「なーに驚いてんだよ!私がお前から目を離すわけないだろ?」


 再度投げ飛ばされる、水中だというのに一切抵抗を感じさせない投擲、一瞬で湖を抜け夜の空気に触れる。


 勢いのままに森に入り、木々の隙間に着地した。


 「……次!次は……!?」


 完全に遊ばれている、ハカモリやハイネライドを超える身体能力、肉体強度……驚くべきはこの一連の動作に大した神術を使っていない事だ。


 視認不可能な速度は精々上級神術一つによるものだし、今自身に掛けられている防御の術も超級に届かない程度。


 あの女は術もまともに使わずその肉体のみで自身を翻弄しているのだ。


 「……馬鹿げてる……!こんな、こんな事……!」


 周囲を見る、どこからくるのか、今どこにいるか、そもそも周辺にいるのか、それすら分からない。


 いつの間にか、瞬きの間に、女が目の前に現れる。


 「死ね!「フレアレーザー」!」


 指先を女に向け魔術を発動する、収束された一筋の炎が女に当たった。


 女は防がなかった、胸に炎を受けるが、小揺るぎもしない。


 「ん……?なんだこれ?なあなあ、これなに?」

 「死ね!死ね!死ね!」

 「なるほど死ね死ねビームって奴か、珍しいもん見たぜ」


 女が腕を振るう。


 それだけで女に向けていた自身の腕が吹き飛んだ、当然魔術も解除され、よろめく。


 「〜〜ッ!!」

 「痛そうだな?まあ安心しろよ、殺す気は無え」


 嘘っぱちだと、そう思いもするが、女は神官だ、嘘じゃないのだろう。


 本当なのに、殺す気はないのにこんなことをしているのだ、はっきり言って異常者である。


 だが、自身の腕を失ったのはむしろ僥倖だ、食神の権能により、自身の肉体を何かに食べられれば自分という個は滅びない。


 「ほら、次だ、次の場所に行くぜ?」

 「何を……!」


 するつもりなのか、と問う声は出なかった、それより先に殴り飛ばされたからだ、再び防御の術を掛けられていて、体は傷つかない。


 地面への着地の衝撃で周辺に土煙を撒き散らすが、勢いは全く衰えない、地面を削り勢いを殺していき、やっと停止したのは小屋にぶつかった時だった。


 「……何を、企んで……」


 一切傷のついていない体で起き上がる、周辺を見渡せば、そこは村だった、最初の位置に戻ってきたのだ。


 「あれはリナ!?一体何が」

 「下がってください、アランさん、危険です」


 付近にいたアランと少年が声を掛けてきた、アラン……生きていたのか。


 人質に取ることも考えたが、今までの流れからしてもうすでに近くに女がいるだろう。


 辺りを見渡せば、さっき自身が当たって完全に崩壊させた小屋の残骸に、女が座っていた、気配は無い。


 「んだよ、人質とかはとんねえのか?」

 「……貴女に止められますからね」


 女が何を考えているのかは分からないが、何か企んでいるのなら恐らく自分に益は無い。


 それがなんであるか、知らなくては、その為には……。


 「アランさん、助けてください」

 「……?」

 「アランさん、耳を貸さないで」


 少年が止めようとしているが、アランは……リナの恋人はそれでは止まらない、何故なら彼はリナの恋人だからだ。


 「私はこの肉体を捨てます、元の……リナに返します、だから助けてください」

 「え?」

 「アランさん、あれは嘘です、騙されないで」


 アランの表情は疑わしげだ、まあ、ぽっとでの異常者と神官であれば神官の方を信じるだろう。


 「アランさん、リナを取り戻したいでしょう?この場を切り抜けれれば必ずリナを元に戻しますよ、契約しても良いです」

 「契約……?」

 「アランさん!」


 契約神は民衆に信頼されている、だが異教徒側からしてみれば契約神は穴だらけの欠陥品だ。


 契約神が権能を振るうのは契約が破られた時だけ、誤魔化し様などいくらでもある。


 「……本当に、契約するのか?」

 「アランさん、やめてください」

 「少し、静かにしてくれ」

 「……!異教徒との契約など不可能です!」

 「いいえできますとも、私には出来ます」


 アランの瞳が揺れる、所詮は人、可能性をちらつかせればこの通りだ。


 「……契約を、してみるだけなら害はないだろう?」

 「シスター!貴女からも何か言ってください!」

 「んあ?私かぁ?」


 あの女はきっと誰かを殺すことに躊躇はしない、それは分かる、契約など結ばせないと一瞬で殺されても不思議ではない。


 だがアランがそれを見ればどう思うか……既に自身の腕を森の中に置いてきた、この場で自分が死のうが滅びようが、次がある。


 アランに疑心を植え付ける、女の目的もここで発言すればアランが記憶する、次だ、次自身がアランに出会う時のために、自分は捨てる。


 契約が結ばれるのであればそれはそれで良い、どっちに転んでも美味しいのだ。


 女はしばらく黙っていたが、ふと思いついた様に立ち上がった。


 「んじゃーこうしよう、私の持っているコインの数を当てろ、そうすりゃそこの女が元に戻る様協力するぜ」

 「シスター?ふざけないでください、異教徒は元に戻せません、不可能です」

 「おお、異教徒は治せない、そりゃそうだな、だけど挑戦する機会ぐらいはあっても良いだろ」

 「良くありません」


 コインの枚数……?否、助かる可能性があるなら僥倖だ、ただアランへの疑心の植え付けが上手くいかないかもしれない。


 ……厄介だ、なんというか、こちら側のされたくない事を平然としてくる、すごく厄介だ。


 「……めんどっちーな、おら」


 女が瞬時に移動する、場所は少年の背後。


 少年が振り向くより先に頭に拳を叩き込み、地面に沈めた。


 「……!?な、何やって」

 「ぴーぴー喚くなボケが、ほら、始めるぞ」


 女がアランに見える様コインを二枚取り出した、自分も視認する為女から一定の距離を保ちつつ回り込む。


 少年を見れば、完全に気絶している事が分かる、死んでいても不思議じゃない打撃を喰らっていたが……あれも神術による防御だろう。


 次に女が持っていたコインを見る、それはなんの変哲もない金貨だった、イカサマの余地はない。


 女が周辺を明るくして、金貨を二枚高く掲げる。


 そして手首を振り金貨を空に放った。


 落ちてくる金貨二枚を両手で叩く、破裂音が鳴った。


 「さあ、私の手の中のコインは何枚だ?」

 「……一枚だ」

 「ほう?考えたなぁアラン……流石だぜ」


 ……確かに二枚ではあまりにも簡単すぎる、ここは女が両手で金貨を圧縮して一枚にしたかもという可能性の方が高い気がする、それぐらいめちゃくちゃな女だ。


 だが二枚の可能性もある、果たしてどちらか……。


 「正解発表だな」


 女が手を開き金貨を地面に落とす、じゃらじゃらと()()も。


 「!?」

 「おっとどう見ても二枚以上だ、ひーふーみー……全部で26枚だったな、残念」

 「26枚」


 女の正解発表に合わせて回答する。


 「26枚です、回答権は私にもあるはずですね?それにルールも……貴女が持っているコインの枚数を当てる、それだけでした」


 回答のタイミングがズレようが回答者に含まれると明言されていなかろうがどうでも良い、大事なのは神官は嘘を言えないという事だ。


 一度発言したルールを破ればそれは嘘だ、嘘をついた神官は弱体化する、神に見放される。


 「いや、不正解だ、落ちたコインは26枚だが、ほら」


 女が手を振る、するとどこからともなく金貨がもう一枚出てきた。


 「という訳で持っていた金貨は27枚だったな、残念、次頑張れよ、次は無いけど」

 「い、イカサマだッ!」

 「ああそうだ、だからなんだ?イカサマしないって私言ったか?」

 「……!」


 女が首を絞めてきた。


 「……!?」


 再び一瞬で距離を詰めてきたのだ、そう気づいた時には既に体を持ち上げられていた。


 「……ッぐ……ぁ!」

 「待て!待ってくれ!」

 「うるせえよ、黙れ」


 殴打の音が聞こえる、見えはしないがアランが吹き飛ばされていくのを感じる。


 「これでよし……やっと静かになったな?」

 「……今回はここで終わりですか、残念です」

 「あ?苦しむふりはやめたのか?」

 「ええ、意味がありませんので」


 女がつまらなそうに顔を顰める。


 「それじゃ、さっさと終わらせるかね、つまらん」

 「……ええ、そうした方がいいでしょうね」


 女に向けて笑う、いい気味だ、次会う時は出来ればもっと準備をしておこう、それから……。


 「いやいや次なんてねーよ」


 ……?


 「何アホみてーな面してんだ?テメーに次なんてねー、ある訳ねーだろ馬鹿が」


 まさか思考を!?


 「ば、馬鹿な!?そんな事!」

 「ありえないだの不可能だの、クソくだらない戯言抜かしてんじゃねーぞ」

 「な、何故こんなことを」

 「お前はまだ理解してないのか?なんで私が初手でおめーら殺さずにこんなめんどくさいことやってんのか」


 な、何を言っている!?何を考えている!?分からない、理解できない。


 「だろーなぁ、頭が無え学びが無え経験も無え、お前にあるのは記憶だけだ、ついでに()()()()


 突然、女の全身が輝く、神力だ、「聖人の瞳」で視認可能な神力の塊だ、何故今まで見えなかった?


 「星は回る!私を中心に!天を動かすは神の御業!つまり!人は世界の中心だ、そう神が作った。帰路は無い、だがいずれ全てが帰る。大いなる黄金よ、断末魔すらあげず彼の者は死す――」


 それは祝詞だ、神術の為に必要な祝詞。


 自分を吹き飛ばし、遊んでいた様に見えたあの行動……あれは神術の詠唱の為だったのだ、神術の準備を悟らせない為だったのだ。


 まずい……!何をされるかは分からないが何をされるにしても絶対にマズい。


 「聖人の瞳」で神術の強制解除を行う、だがそれより先に光が強くなっていく。


 「祝詞とはつまり懇願である、神よ、これを見よ。「逆巻け、忘却せよ、紙面は漂白され、樹木は刻まれた歴史を失う、歩みを還し、今を覆し、未来をやり直す」!!」


***


 目の前でリナがうずくまっている、その肉体は光り輝き、時間を逆行している。


 少し待てば変化はすぐに止まった、光は収まり、リナが……異教徒の反応がないリナが、意識を朦朧とさせながら倒れている。


 異教徒の反応は無い、恐らく成功だ。


 「おい、リナ……で良いんだよな?起きろ、目ぇ覚ませ」

 「う……な、何が……ここ、どこ……?」


 ……記憶が混濁しているだけだ、多分、きっと、後遺症を残す様なヘマはしていない。


 ただ確信があっても不安は生まれる、確認はすべきだ。


 「名前言えるか?直近の出来事を覚えているか?」

 「リナ……私は、確か……」


 そこでリナが何かに気づいた様に目を開く。


 「そうだ!アネロさんは!?アランは、どこに……」

 「ああうん、覚えてるみたいだな、どこまで覚えてる?」

 「アランがいて、ロイドとカールが……いや、それは前の記憶、確か、カーラと契約して、ただ食べるのが怖くて、それで、私は……」


 混乱した様なリナの話をまとめれば、どうやら異教徒に異教徒を食わされそうになった所が最後の記憶らしい。


 ……危ない所だった、反刻の奇跡を使えるのは神力の関係上一度だけ、もう少し遅れていれば殺すしかなくなっていた。


 「……まず、村人達のこと、助けられなくてごめんな」

 「え……?えと、貴女が、なんで」

 「お前とアランしか助けられなかった、それ以外の奴らは全滅だ、もっと早く来てりゃこうはならなかったはずだ」


 ……忌々しい屑どもにも、結局後手にしか回れない自分にも腹が立つ。


 「それは……」

 「まあ許してほしい訳じゃねえ、これは自己満足だ、返事は良い、許さなくてもいい」


 ポカンとしているリナに、気絶から目覚めたアランが歩いてくる前に聞く。


 「……ところでお前よ、その、ちょびっと下の話になんだけどよ」

 「下……?」

 「ああうん、お前あれだ、ズバリ、妊娠……してたりするか?」


 心配なのはそこだけだ、十中八九嘘だろうし、妊娠などしていない事は確認していたが、万一本当だった場合を考えてあまり暴力的な手段は使えなかった。


 死んだ生き物を蘇生するのは難しい、少なくとも「反刻の奇跡」を使用した直後であれば不可能だ。


 「いえ?無いけど」

 「……そうか」


 やはりというかなんというか、取り越し苦労だったらしい。


 「そーだろーな、ああ、良かったよ」

 「……??」

 「リナ……!?し、神官様!これは……リナを治してくださったのですか!?」

 「治したんじゃなく戻して……いや、まあ何でもいいけどよ」


 アランがリナに気づいて驚嘆している。


 用事は終わった、各地に散らばっていた異教徒もここで最後だ、人助けも一応出来た。


 「後は最後にあの腕を処分して……」


 そう思い歩き出そうとした瞬間、空気がひりついた。


 「……あ?」

 「リナ……良かった、良かった……!」

 「う、うん、アランも無事で良かった」


 チリチリと身を焦がす焦燥、それに従い喜んでいるアランとリナを引っ掴みいまだに気絶している神官の少年……キサイと呼ばれている少年の方に投げる。


 それと同時に「結界」を発動、三人を囲む。


 空から雷が降り辺りを破壊する、轟音と衝撃と体に流れる電流を受け、しかし小揺るぎもしない、この程度屁でもない。


 「……こりゃ、一体……」

 「ふん、相も変わらず硬いな、教会のシスターよ」


 その声に聞き覚えはなかった、だが魂の形で理解できる、それは自身がかなり昔に捕まえた異教徒……「食の使い」だった。


 「あーん?テメーあれじゃねーか、確か……160年前私に大敗北を喫した雑魚じゃねーか」

 「クク、ああそうだ、貴様に受けた屈辱をはらしにきた」

 「何言ってんだお前?」


 捕まえていたはずの異教徒が脱出している事は別に不思議でも無い、そもそも脱出されても問題ない様に捕えていたのだ。


 その方法とはズバリドラゴンだ、ドラゴンを獄卒として使用したのだ。


 まず濡れ衣を着せドラゴンに異教徒を恨ませる、その後異教徒を「結界」で閉じ込める。


 もし結界が破られればドラゴンに皆殺しにされる、結界を破らなければ無害、結界内で死んだらそれはそれで良し。


 結界の維持は内部にいる奴らに任せればいい、維持の必要も監視の必要も無い便利な方法だった。


 「テメーら出てきても殺されるだけだろ、つーか実際ほぼ全滅してんだろ?ここにゃー精々500人程度しか居ねー」

 「クク、ああ、そうだ、我らは死ぬとも、そうだよ」

 「……」


 異教徒が笑う。


 嫌な予感がした為アランとリナとキサイを覆う結界を強化して光と音を遮断する。


 「貴様、弟子が居るらしいな?かの「天上の槍」の使い手の、弟子が」

 「……どうやった?ハカモリを傷つけた異教徒は全員殺した筈だぜ」

 「気づいているだろう?彼女を腕から復活させた、それからは口頭で情報を伝えられば良い」


 頭をガリガリと掻きため息を吐く。


 バレた、クソ異教徒にバレた、こんな事ならさっさと全滅させれば良かった。


 「今口伝で他の異教徒にも伝えている所だよ、どうせ「報復の呪い」でわかっているだろうが」

 「あーそうだぜ、西だろ?誰に伝えるんだ?」

 「教える訳がないだろう?馬鹿か?」

 「教えなくても良いぜ、あっちの奴に聞くことにする」


 異教徒が剣を向けてくる。


 「……私達も、無策ではないさ」

 「ああ?」


 異教徒の向こう、はるか遠方から気配がする。


 「我々は長く生きすぎた、食神様の権能をいたずらに消耗して、そのくせ無為に生き続けた、それも終わりだ」

 「……テメー、どうやった?」

 「衣服だよ、神官の服を着て生活した、それだけさ、アレは我らを恨んでいる、神官の服を着た我らをな」


 気配はぐんぐん近づいてくる。


 「160年だ、もはやドラゴンが憎んでいるのは我らのみではない、同じ服に身を包む貴様らも恨みの対象だ」

 「……長く生かしすぎたって訳だ、私のミスだな」

 「どうだかな、食神様が困る手ではあったと思うよ、何より食神様の役に立つ筈の信徒が力を無駄にしていたんだからな」


 異教徒が目を細める。


 「……さて、我々の勝利条件は情報を伝える事だ、彼女はもうすでに去った、明日の昼には全てを伝えきるだろう」

 「そんで?」

 「その為に時間を稼がせてもらう、足手纏いが3人、聖級神術使用による神力の消耗、我らによる精神汚染がない完全なる龍、ついでに我々総勢538名……幸運を、シスター?」


 その言葉を言い終えるやいなや空から落ちてきたドラゴンに異教徒が潰される。


 衝撃と轟音により張っていた結界にヒビが入る。


 「――――――――!!!!」


 ドラゴンが咆哮する、常人であればそれだけで死に至るほどの大音量。


 後ろの3人を守る結界を張り直す、そして敵意と殺意と微かな怯えがこもったドラゴンの目を見つめ、吠える。


 「があああああああぁぁぁぁぁ!!!!!」


 すぐさま「身体の活性」を掛け、ドラゴンに向けて跳びかかった。


***


 戦いは朝日が昇るまで続いた、ドラゴンの首を完全にちぎり分け血を大量に浴びながら朝日を見る。


 神術で周辺の異教徒の死体を全て消しながら自身の体についた血も消す。


 元の地形が分からないほど破壊が撒き散らされた周辺を少し綺麗にしながら、遥か西方で感じる気配を探る。


 「報復の呪い」で捉えているハカモリを傷つけた異教徒だ、距離的に今すぐ全力で走っても追いつくのは夜になるだろう。


 「あークソ、こりゃ無理だな」


 「天上の槍」を使えることがバレた、だがバレたのは異教徒どもにだ、まだ国とか教会だとかにバレた訳ではない。


 「異教徒にマトモな交友関係なんざねーだろうから、そこは安心かね……」


 一番困るのは教会にチクられる事、「天上の槍」の使い手である事を世に公表される事だが、恐らくそれはない、それをしても異教徒に得が無いからだ。


 国全部を敵に回しても勝てる自分がいるから、国と敵対する事は無い、というかさせない。


 精々国の管理下に置かれるくらいだが、それは異教徒にとってマイナスだ。


 だが嫌がらせで秘密を言いふらされる可能性はある、異教徒に正常な思考など期待してはいけない。


 ……終わったことを悩んでいても何にもならない、とりあえずは目先の事から悩めばいいのだ。


 結界を解除して3人を解放する。


 「……シスター、お疲れ様です」

 「キサイ、怪我は無いか?」

 「ありませんよ、僕も彼らも全くの無傷です、シスター、ありがとうございます」


 少年が頭を下げる、律儀だ……。


 「別にいいんだよ、おいお前ら、近くの街まで送る、ついてこい」

 「は……はい、神官様……」


 アランとリナが怯えた表情で頭を下げる、感じるのは恐れだ。


 結界内部から戦闘を見ていたのだろうが、怯えられるのは少し悲しい、ハイネライド等は半身を消されても笑っていたものだが。


 「……シスター、彼らは少し弱すぎます、鍛えてあげた方がいいのでは?」

 「キサイ、こっちじゃこれがスタンダードだ、むしろちょっと強い方だな」

 「……これが?」


 キサイがポカンと口を開けて驚愕する。


 「そもそも私は暇じゃねえ、テメーの修行も滞るしな、ほら、街はあっちだ、歩くぞ」

 「……はあ、せめて一緒に酷い目に遭う仲間が欲しかったのですが」


 ぼやくキサイといまだに怯えているアランとリナを歩く様促す。


 肉体にかかる僅かな疲労を無視して、これからの仕事を想像して気を落とす。


 物事が全部戦いで解決すればどれだけ楽か……。


 憂鬱な気分を抱えながら、街に歩いていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ