強者
「……子供の年齢」
「黙秘」
「……子供の性別」
「黙秘」
「……子供の誕生月」
「黙秘」
あれからずっとリロに質問を続けている、残念ながらリロは答えるつもりがないらしいが。
ハカモリ達は異教徒を逃した後、魔女の家の探索を再開していた。
「……子供の名前」
「黙秘」
しかし探索などしていられない、気になる、気になりすぎる。
なぜハカモリに隠すのだろう?言えない理由でもあるのだろうか?……否、だとしたら言えば良いのだ、ハカモリに言えない理由がある、と。
「……子供の年齢」
「もく……それはもうさっき聞いただろ」
リロがため息を吐き顔だけをこちらに向ける。
「……何でそんなに知りたいんだよ、正直面白いもんでもないぞ」
元男現幼女の結婚出産より面白そうな物なんてあるのだろうか?
「……興味本位、すっごく気になる」
「あのな……いい加減にしろ、俺にだって言いたくない事話したくない事色々あるんだよ、それを根掘り葉掘り聞き出そうなんて、配慮に欠けると思わないか?」
……確かにそうだ、ハカモリは少し興奮し過ぎていたかもしれない。
振り返れば、ハカモリはリロの態度で話したがっていない事なんて分かっていたはずなのだ、それなのにあんな風に質問を続けて……ハカモリは馬鹿だ。
「……ごめんなさい」
「別に良い、これから鬱陶しいインコみてーににぺちゃくちゃ馬鹿な質問して来なけりゃな」
これはかなり怒っているだろう、さっきまでの興奮が嘘のように、気持ちが沈み込んでしまった。
「……言い過ぎでは……?」
「……?別にこれぐらい普通じゃないか?」
少しの間、誰も喋らずただ歩く。
沈黙を破ったのはハイネライドだった。
「二人とも、止まってください」
「分かった」
「……何か見つかったか?」
「ええ……恐らく魔女の、魔力の痕跡です」
魔力、常人は感じ取れなず、不可視の物である、それを感知するには、魔眼などの特殊な体質が必要だ。
ハイネライドは魔力を知覚するナニカを持っているのだろうか?
「道案内ですかね、魔力が導のように続いています」
「罠の可能性は?」
「たとえ罠でも、踏み砕けばいいのです」
「……クソ脳筋が、おい、ハイネライド」
リロが苛立ちを隠さず、唸るように言った、その後に続く言葉にも、怒りが隠しきれていない。
「お前、仮に昼に会ったあの異教徒に不意打ちされたら対応できないだろ?」
「無理でしょうね、彼女は隠すのも隠れるのも得意でしょうから、何せこの私ですら最初は凡人と思ったのです」
ハカモリが思っていたより、ハイネライドはあっさりと出来ないと認めた。
自らの強さに自信があるのなら、もっと強情になるものだと思っていたが。
「ですが、あの異教徒さんは人を殺した事などないらしいですからね、問題無いのでは?」
「あれほどの実力者があんな場所で暇を持て余してる訳ないだろ、あるとすれば、村では珍しくないか、村に気づかれていないかだ」
「……流石に、あれが珍しくないなんて事は……」
「アホ、油断すんな、慎重に行け、村は危険、そういう認識でいろ」
「……はあ、分かりました」
……異教徒の警戒をするのはとてもいい事だが、リロはいつから異教徒の危険性を認識したのだろうか?
ぜひ聞きたいが、ハカモリはさっき失敗したばかりなのだ、慎重に行かなくては。
「だが……どうするべきか……このまま当てもなく彷徨うか……?罠だったら死ぬが……」
「リロ、いつものアレで判断してくださいよ、ほら、嫌な予感とかいう意味の分からないやつで」
「……それ、実は昼の異教徒を逃した時からずっと感じ続けてる」
「……なるほど」
その言葉を聞いた途端、今までどこかゆるい雰囲気だったハイネライドが一変した、眼光は鋭く、雰囲気は刺々しく、歩法も隙が消えた。
……強い、本気のハカモリよりちょっと下ぐらいだろう、戦い方次第ではハカモリを完封できるかもしれない。
「ハカモリさん、帰りませんか?」
「え?」
「この人の嫌な予感はヤバイです、人相手なら、昼も夜もありません、この山は既に、まともな生物の生きていける環境ではありません」
「ハイネライド、やめろ、どの道依頼を投げるのは無理だ、事前に命懸けでやれと言われてるだろ」
師匠そんな事言っていたのか……人にあまり迷惑をかけたがらない師匠を考えると少し意外だ。
「それはお願いでした、命令じゃない」
「……どっちみちもう降りられない、いるぞ」
……え?
「そこの木の裏に一人、俺らを尾けてるのが二人、死角に一人、その周りにバラバラに五人……出ろよ、殺すぞ」
「……なぜ分かったのですか?誰にも見つからない自信があったのですが」
木の裏から本当に出てきた、ハカモリが全く気づかない高度な気配遮断……!
ハカモリはフードをさらに深く被った、何だか異教徒に見つめられていたからだ。
「あらあら、照れているのですか?お顔を見せてください」
気持ち悪い、口を縫って黙らせてやりたい。
……山に似つかわしくない丈の長いローブを着た女、こいつも異教徒だ、昼の異教徒がなんらかの手段でハカモリ達のことを伝えたのだろう、やはりあの場で無理やり殺すべきだった。
「わりーがあんまジロジロ覗かねーでくれるか?嫌がってるだろ」
今度は後ろから足音がした、振り返れば二人、異教徒がいた、森と同化する様な柄の布で全身を覆っている。
「ええ、ええ、構いませんよ、それよりも、どうやって私たちを見つけたのですか?」
「おめーらも息はするだろ」
「……まさか、呼吸で?そんな馬鹿な」
恐ろしい、リロから隠れるには息すら止めなければいけないのか。
「お前ら「食の使い」だよな?なぜ尾けた?何が目的だ?」
「この先にある魔女の家、そこに行かれると困ってしまうのです、引き返せませんか?」
「無理だ、そもそもそれは尾ける理由にはなってねえ」
「あらあら、それは……困りましたねぇ」
ローブの異教徒が唇を舌で湿らす。
「リロ、彼らが居るのを黙っていましたね?私が逃げないように!」
「ハイネライド、俺はあの人に恩がある、この依頼は投げられない、お前がいないと困る」
「貴方が受けた恩というのは、私の命よりも大切だと!そう言いたいわけですか?」
前を見ながら、耳で二人の言う事を聞く。
……ハイネライドの言うことは正論だ、他人の命を自分の物の様に賭けるなど、本来許されない。
「そうだ」
「……っ!本気ですか?」
「本気じゃなきゃやらねーよ、それより話は後だろ、今はこの状況をどうにかするぞ」
「…………分かりました」
未だ納得していない様子のハイネライドに、ローブの異教徒が口を開いた。
「逃げるのなら追いませんよ?」
「追わないのと逃がさないのは両立出来る、分かってるな?」
「……一応、逃げなかったらどうするか聞いておきましょう」
どうせ碌な事にならないのだ、そんな事を聞く意味は無いと思うが……。
異教徒は口を思い切り歪め、心の底から楽しそうに言った。
「食べます、食神の教徒ですから」
食人……!最悪である、昼のアレはハカモリの様な神官を騙す囮だろう、アレは確かに自分達を食人などしない安全な教徒だと思い込んでいたのだ。
「……ほら、殺すべきだった」
「すまん、ハカモリ」
「別に良い、どうせあの場で殺してもいつかこうなってた」
前の異教徒がゆっくりとこちらに歩いてくる。
「さて、あまり長々と話しているのも面倒です、進むか、戻るか、早く選んでください」
剣を抜く、ハイネライドに後ろ二人を任せよう、前はハカモリが、リロは他を警戒すべきだろう。
「リロ、不意打ちの対応をお願い、ハイネライドさんは後ろの二人を」
「おうよ、ただ魔術とかは無理だぜ、避けてくれ」
「……」
……ハイネライドの返事が無い、聞こえていなかっただろうか?
「ハイネライドさ――」
「ハカモリさん、私は、侮られるのが嫌いなのです」
「……え?」
呆けたハカモリにローブの異教徒が突撃する、同時に横から、木々の隙間を縫って針が飛んでいる。
針を避ける為、一歩前に出る、そしてローブの異教徒の攻撃を防ごうとして……。
……そして、目の前に迫った異教徒が突如後ろに弾かれた。
ゴロゴロと転がりハカモリから距離が離れていく異教徒、意味がわからない、何が起きたのだろうか?
混乱するハカモリを置いて、戦闘は進む、勢いを殺し停止した異教徒が、弾かれた様に上を見上げる、その直後、上から降ってきた何かが異教徒を貫き、少し遅れて轟音と衝撃がハカモリを襲った。
土煙と風が止み、視界が開けた時、異教徒は既に死んでいた。
頭をぐちゃぐちゃに撒き散らし、ローブを血で真っ赤に染めていて、腹には矢が刺さっている、恐らくこれが最初の弾く攻撃だったのだろう。
本来頭があるはずの場所には、一本の矢が地面に刺さっていた、矢の刺さった地点は火薬でも炸裂させたかの様に抉れている、一体何をすればたった一本の矢でここまで出来るのだろうか?
後ろから呻き声が二つ聞こえ、振り返ると、不機嫌そうな表情をしたハイネライドが異教徒二人を土に埋めていた。
「リロ、とりあえず首だけ出しておきます、拷問などするなら言ってください、残党は?」
「……相変わらず、えげつない術だな、他は逃げた、逃げ足が早いな、やっぱり昼のあれは雑兵か」
「恐ろしい事です、不意を突かれれば、危ないでしょうね」
……強いだろうとは思っていたが、想像以上である、ハカモリと同等……いやでもやっぱり本気を出せれば勝てる……勝てる?だろう、多分、きっと。
「さて、ハカモリさん、さっきの続きです」
「……え、あ、はい」
「私は侮られるのが嫌いです、あの程度の雑魚、たとえ百人いても余裕です、正面からなら、ですが」
事実だろう、なんなら千人いても大丈夫かもしれない。
「私が真っ向から負けたのは貴方の師匠と、リギールさんだけです、あんな化け物達と比べればまだまだですが、人相手なら無敗なのですよ、私は」
師匠は怪しいが、リギールは人である、まあ化け物級に強いのは否定できないが。
……しかし、あの二人と戦った事があるのか……すごい勇気だ、ハカモリならどんな大金を積まれてもお断りだ、うっかり死にかねない。
「客観的事実として、私は強いです、この場の誰よりも、というかこの山の何よりも、分かりますか?」
……ハカモリも本気を出せたら……!多分!きっと!同じくらい強いはずである。
「……分かってる、ハイネライドさんは強い」
「それが分かっているのなら、いいのです……しかし」
ハイネライドが一度言葉を切り、こちらを見据えながら続ける。
「そんな私でも、リロがいなければ何もできず死ぬでしょう、リロでなければ彼らを見ることさえできません、この山にいる限り、命の保証はありません」
それも、薄々察してはいた。
「それでも、貴方は諦めないのですか?」
諦めない、ハカモリは既に依頼を受けた、このまま異教徒を放置すれば魔女も危ういかもしれない、もう既に死んでいる可能性もある。
「私は嘘をつかない、小さい頃、私は師匠に約束した、依頼を一度受けたら責任を持って、誠心誠意全力で依頼達成の為働くと」
魔女に手紙を届ける、その努力をするのだ、そうしなければハカモリは嘘をついた事になる。
「おそらく異教徒の目的は魔女、ここで帰るのは、魔女の危機を見逃したという事、それは依頼に全力で向き合うという約束に背いている」
ハカモリは諦めない、矜持がそれを許さない。
「……約束、ですか……正直者である為に、命を賭けると?」
「そう」
ハイネライドが笑う。
「良いですね、イカれている。少しだけ、貴方の事が好きになりました」
……イカれてたら好きになるのか……。
「リロも、あの人も、リギールさんも、強者はネジが外れている、貴方もそうなのでしょう?」
「……私のネジはしっかりと締まってる」
「良いですね、とても良い、皆そう言うのです、認めたがらない」
ニヤニヤと笑うハイネライド、ハカモリの事を師匠とかリギールみたいなのと一緒にしないでほしい。
ハイネライドは笑いながら、わざとらしく溜息を吐いた。
「良いですよ、貴方はとても好ましい、一緒に行ってあげます……どうせ一人で帰れば死にますからね」