理外の衝撃!
まず、異教徒相手に尋問をする際気をつけるべき点が一つある。
異教徒は常人の感覚など持ち合わせていない、悪意や殺意無しで人を害する事など日常茶飯事だ。
それを踏まえて質問を考えると……。
「世界の破滅を願ってる?」
「……いいえ?そんなもの願って何になるの?」
まず世界の破滅は願って無い、とすれば前に会った剣の神は信仰していない。
「人を殺した事はある?」
「無いわ、魔物ならあるけれど、人でも動物でも、殺害は最後の手段にしてるの」
「その考え方は一生変わらないもの?例えば私達を殺そうとはしない?」
「ええ、私が死ぬまでこの考えは変わらない、あなた達にも手を出さないわ」
綺麗だ、綺麗すぎて怪しい。
しかし殺人未経験とは……一体何の神を信仰しているのだろう?
「信仰している神の名前は?」
「食の神よ、ただ、私も名前までは知らないわ」
食の神……?ハカモリが知らない神だ、でもどうせ異教徒なんだからヤバい物食べてるんだろう、きっと。
「ちょっと待て、食の神?」
リロが知っている神だったらしい、もしかして有名なのだろうか?
「食の神の信者「食の使い」だったか?……確か人を食べるらしいが……」
「ひ、人を?た、食べないわよ、私は食べた事無い!ほら!これは嘘じゃないでしょう!?」
うわあ、人肉食……やっぱり碌でも無い。
「嘘は無い……「食の使い」は人肉食を行ってはいるけど、あなたはまだしてない、ということ?」
「まだも何も、私はこれからも人なんて食べないわよ!というか同じ食の神を信仰している人たちも、人を食べてるところなんて見たことないわ」
どういうことだろう?リロの方をチラリと見る、リロもこちらを見ていた。
「……俺の記憶違いか?」
「神官の嘘探知は正確、記憶違いだとしても嘘と認識される、だから少なくとも、食の神の信者が人肉食をしている、というのを聞いた事があるはず」
「地域による差か?俺がそれを聞いたのはここよりもっと北の方だが……」
異教徒の思考や活動が場所によって変わる事などあるのだろうか?……ダメだ、考えても分からない、もっと別のことを聞かなくては。
「次は――」
「ちょっといいか?さっき俺らの会話を盗み聞きしてた事について聞かないか?あそこにいた理由も気になるしな」
……それもありだろう。
「分かった、なぜあそこにいたの?」
「たまたまよ、ここは滅多に晴れないのに、今は空が見えるでしょう?だから遠出して食べ物を探してたの、そしたら休憩中にあなたたちが来て、爆殺だとか言ったから、逃げたの」
「まあ、矛盾は無い、か……随分耳が良いんだな?」
「生まれつきよ……盗み聞きは、その、悪かったわ」
白々しい謝罪だ、どうせ何とも思ってないくせに。
「……偶然なら、特に問題ねえんじゃねえか?リーダー」
「リロ、それは油断というもの、「冒険は、少しの油断が命取り」でしょ?」
「冒険神のありがたーいお言葉一番目だな、よく知ってんなそんなもん」
ハカモリも物語に出てくる偉大な冒険者なんかに憧れていたのだ、その冒険者より師匠の方が凄いのに気づくまでは。
そんな事より今は異教徒だ、リロは最初に比べると警戒が薄い、早く危険性を証明しなくては。
「何か企んでいる事があれば話して」
「私は何も企んで無いわ」
「何か私たちにしたい事があれば言って」
「特に何もないわ」
特に何も無い!?まさか、本当に何の害も無い異教徒?いや、そんな訳は無い、ここで生かしていれば何か面倒な事になるのだ、絶対に。
面倒だ、もう殺すか?リロの説得は後回しにして、不意打ちで……いやダメだ、ハイネライドが目を光らしている、こちらの殺気を感知したのか、腰に下げたナイフに手を掛けた。
「……ハカモリさ――」
「次の質問!私たちの事を喋らないでほしいと言ったら、どうする?」
「まあ別に良いわよ、この山にはうちの村くらいしか大事な物は無いし、あなた達がどこで何してようと、どうでも良いわ」
「……分かった、それじゃあ私たちの事を誰にも、何にも伝えないで、口に出さず、文字にも書かないで、絵にもしないで、ありとあらゆる情報伝達手段に私たちの情報を―」
「分かった、分かったわよ、喋らない書かない描かない伝えない、約束する、ただ、条件があるわ」
条件……?何だろう、ハカモリ達に邪神の復活を手伝ってもらうとかだろうか?お断りである。
「まず一つ、私たちの村の場所を詮索しない、私を尾けて村の場所を探るのも無し」
「……当然だな、俺らが村に害を与えるなら、村に黙っとくわけにはいかない、なんなら村に何もしないとかでもいいんじゃないか?」
「異教徒の村なんて、見つけ次第焼き払うか毒を撒く」
「すまん、やっぱさっきのは無しだ、次の条件は?」
リロがため息を吐きながら異教徒に続きを促す。
「……二つ目、私を解放して、いい加減うんざりよ」
「正直さっきのを聞いて村の無事を条件に入れないのは意外だが、まあ、妥当だな」
「そっちの子は納得しないでしょ、それに、村は隠れてて、それこそ案内でもなければ、ちょっとやそっとじゃ見つからないのよ」
そっちの子、だとか馴れ馴れしく呼ばないでほしい、虫酸が走るから。
しかし、村は隠れている……なぜ隠す必要があるのだろうか?こんな人がほぼ来ない山で、魔女から隠れるため、とか?
「村はなぜ隠れているの?」
「ドラゴンに見つかるからよ……ねえ、さっきの条件は飲むの?早く解放して……」
「この山ドラゴンなんて出んのかよ、ハイネライド、もし戦う時は頼むぜ」
異教徒は疲れ果てたかのように俯いているが、どうせこれも演技である、異教徒なんて人間らしい感覚が残っている方が少数派なのだ。
だがしかし……そろそろリロ達の目も厳しくなってきた、ハカモリ達の事を話される訳にもいかないし、ここは後回しにはできないだろう。
「分かった、私がさっき言ったように、話さない書かない描かない伝えない、これを守ってくれたら、その拘束を解く」
リロが眉を顰める。
「それから……ええと、何だっけ?」
「村の場所を詮索しない、私を尾けて村の位置も探らない」
「分かった、それも守る、あなたも、私がさっき言った事を暗唱して、必ず守ると誓って」
「げ、言質……!?わ、分かったわよ」
異教徒相手に「今まで言った事」や「これまで言ってきた条件」等は厳禁だ、曲解される恐れがある。
「えー、私は、あなた達の事を誰にも話さないし何かに書いたりもしない、それ以外のありとあらゆる方法で伝える事もない……ほら、これでいいでしょ、さっさと私を解放して」
嘘は無い、ならば当然、さっき言った約束を履行しなければならない。
拘束を解くと言ったから、当然拘束を解く、解放なんてしないが。
剣を抜き、異教徒の首に当てる。
「ハイネライドさん、拘束を解いてください」
「な……!何これ!?何のつもり!?」
「……やっぱりな、おいリーダー、流石にそれはどうかと思うぜ、詐欺師のやり口だ」
リロは異教徒の危険性を知らないからそんな事が言えるのだ、正直ハカモリは拘束を解くのも不安である。
「異教徒は危険だと言うが、その人に危険はないだろ、いい加減自由にさせても良いだろ」
「……お断り、異教徒なんてみんな頭がおかしい、生かしておくだけ損」
「異教徒にも良い奴が居るかもしれないだろ、俺の知り合いの訳わからん神を信仰してる冒険者、あいつは良い奴だぜ?」
「……そもそも冒険者は頭が……」
「おまっそれは……」
リロも咄嗟に否定できていないのが何よりの証拠だ、冒険者は頭がおかしい、ハカモリは実際に見た。
「あー、例えば俺の友人のクラッドって奴、あいつは結構まともで――」
「その人、何の罪もない私に決闘を挑んできた」
「……うん、まあ、ちょっと戦闘狂なとこあるよな、あいつはな」
まともな冒険者を思い浮かべて、真っ先に戦闘狂が出てくるのなんて、だから冒険者なんてダメなのだ。
「あー、俺は?ハイネライドはアレだが、俺はだいぶまともだろ?」
「……まあ、それは……」
だがリロがまともでも異教徒に例外がいるという事にはならないのだ。
すると異教徒の拘束を解き終わったハイネライドが顔を顰める。
「元男なのに結婚して子供産んでいる人はまともと言って良いのですかね」
……………………は?
けっこん、こども?…………え?
思わず、剣を取り落とす、その瞬間異教徒が跳び、一瞬で視界から消えた。
「早っ!?何だあれ、た、只者じゃ――」
「り、リロ、こど、子供いたの!?」
「いや、今はどうでも良いだろ!追え!あの動き、どう考えても普通の人間じゃない!」
どうでも良くない!そもそも異教徒が普通の人間じゃないなんて知っている、今はリロの事が大事だ。
ハカモリよりも小さな女の子、リロを見る、見てても可愛らしいとかその程度の感想しか浮かばないが、経産婦だと紹介されたら途端に犯罪臭がする。
「な、何年前に産んだの?そもそも危険じゃなかった?ていうか今何歳なの?」
「う、うるせえな、何でも良いだろ!クソハイネライド!何でいらん事喋ったんだよ!」
「あのまま膠着状態のままだと時間が掛かりそうだったので、隙を作って逃がそうとしたのです、勝手に逃げてくれて助かりました」
「どう見ても一般人の動きじゃなかっただろ!実力を隠してたんだ!クソっ!」
リロが今更悔しがっているが、もうどうにもならないのだ、さっさと諦めてハカモリの質問に答えてほしい。
「リロ!今何歳なの!?子供の性別は!?結婚相手はどんな人なの!?」
「俺の気配探知からは既に脱出してる!あの女は相当な速度で山を移動できる!俺とほぼ同等の速度!そんな奴が食料程度でうろつく訳ないだろ!どう考えても何かある!もっと詳しく尋問すべきだった!」
「そろそろ出発しませんか!?過ぎた事を言っていてもどうにもなりませんよ!過去よりも未来を見ましょう!」
こんなところで時間を無駄にしている訳にはいかない、今聞くことではないと頭では分かっていても、どうしても気になってしまうのだ。
三者三様の事を叫び続けるハカモリ達を、森は静かに受け入れていた。