墓守のお仕事
ハカモリの朝は遅い、ハカモリの仕事は、町外れにある共同墓地の墓守である、ただ、墓の管理や見回りや案内などの、一般的な墓守としての仕事ではない。
共同墓地にはたくさんの死体がある、昼間の間は問題ないが、夜になると低級霊や悪霊などが死体に誘われて集まるのだ、ハカモリの仕事は夜の間にこれらの霊や、ごく稀に現れる墓荒らしなどから墓を守ることだ。
だが、今日のハカモリは仕事を完遂できなかった。
ハカモリは物心ついた頃からこの仕事をしている、1歳か2歳ごろ、師匠の墓守の仕事について行ったこともあるから、それも含めれば8年…いや9年…いや、四捨五入して10年ほど仕事を続けてきた、その道10年のベテランである。
最近は仕事も一人で任せてもらえるようになった、師匠が忙しいのもあるだろうが、それでも師匠はハカモリを一人前と認めたのだ。
だが……ハカモリも人だ、失敗もする、うっかり、そう、うっかりだったのだ、墓守の仕事は基本暇だ、丸一日何も起きない日も、頻繁にある、それにその日はハカモリも眠くて……。
いや、言い訳はやめよう、ハカモリは失敗した、暇でもなんでも、ハカモリは仕事中に居眠りをして、目が覚めたら日が登っていたのだ、これはまずい、遺体がアンデッドになったり、不自然に掘り起こされている訳ではない、今日は幸運にも、何もない日だったのだ、問題はそこではない。
ハカモリの師匠は凄腕のシスターだ、神の奇跡によって人を健康にすることくらいわけないし、人の健康状態を見るのはもっと簡単だ、そう例えば、人の睡眠時間を見抜いたり……。
このまま何食わぬ顔で帰っても、師匠に居眠りしたことはバレるだろう、ハカモリは師匠に怒られたくない、彼女のゲンコツは痛いのだ、ならば
「逃げるしか……ない!」
「待ちなさい」
ハカモリが逃亡を決意していると、頭上から声がした。
驚いて上を見るのと同時に、ハカモリの前に男が降りてきた。
「逃げるとは、感心しませんな」
彼はリギール、師匠の友人で教会所属の神父、今年で80にもなるシワだらけの老人である。
ついでに魔術、精霊術、神術、その全てを非常に高いレベルで扱う元剣士でもある、ついさっき空から声がしていたのは飛行魔術を使用して空を飛んでいたからのだろう。
一見ただの老人に見えるが、彼が本気を出せば馬より早く飛べることを知っている、逃亡は不可能だ。
……そもそもハカモリは居眠りがバレないために逃げるのだ、居眠りがリギールにバレた時点で逃げる意味はない。
「そう怯えないでください、彼女には内緒にしておきます」
「……本当?」
「ええ、私が嘘を言ったところなど見たことないでしょう?」
ハカモリは大抵の嘘を見抜ける、確かにリギールが嘘をついたのを見たことがないし、今の発言にも嘘が含まれていないように感じるが、ハカモリは昔からこの神父を怪しんでいる。
なぜだか分からないが、初対面から今に至るまで、ハカモリはこの神父を心の底から信じきることができないのだ。
ハカモリが微妙な表情をしていると、リギールが眉を顰めて言った。
「そこまで疑われるとは……。まあ、あなたは昔からそうでしたからね」
咄嗟に否定しようと思ったが、やめた、ハカモリは正直者なのだ、教会の教えでも、嘘は悪心の元として忌避されることが多い。
「ですが、あなたが居眠りをしている最中、私が代わりに墓守をしていたんですよ、そんな親切な老人に、そんな仕打ちはあんまりではありませんか?」
「ご、ごめんなさい……」
「謝罪は結構、それよりも感謝と、それからできれば信頼を」
「……ありがとう、ございます、リギール神父。その……信頼も、えーと、頑張ります……」
信頼すると断言はできない、ハカモリは正直者なのだ。
ただ、リギールはそれで満足したようで、笑みを浮かべて何度か頷いた。
「さて、ここからは街に歩きながら話しましょう、私は昨日の深夜にここに来て、居眠りをするあなたを見つけたのですが、元々の用事は伝言だったのですよ」
「……伝言?誰から、ですか」
「あなたの師匠です、いえ、正確には伝言ではありませんね……」
そこでリギールは一度足を止め、後ろを振り返り、ハカモリの方を見ながら言った。
「あなたに仕事です、ハカモリ」