とある異世界転移者の末路
ただの思いつきです。
「世の中つまんねぇなー」
深夜残業帯に入る直前まで残業し、自宅に帰る途中だ。
働き方改革だかで深夜帯まで残業することは無くなったが、この時間帯であれば後は家に帰って少しネット探索でもすれば後は寝るだけだ。
これであれば、手当が多くの出る深夜帯も残業できていた方がお金が増えるだけまだマシだったかもしれない。
「あぁ、死にてぇ」
口癖のように口に出すが、別に本当にそんなことを思っているわけではない。
別に会社はブラックでもないし、会社の中でも浮いているわけでもない。
残業が多めの会社であるので自由が少なめだとは思うが、その分残業代が払われるし土日は普通に休みだ。
だが、別に何かをする熱意があるわけでもないのでお金や時間があっても無為に過ごすだけだ。
友達や恋人でも居ればそれを生き甲斐に楽しめるのかもしれないが、今からそれを改善できるだけの気力も体力も無い。
「いっそ、隕石でも降ってこねぇかなー」
端からみればやばい人だが、これも本気ではない。
実際起きてしまえば大慌てだし、勘弁してくれと思うことだろう。
こんな思考は矛盾していると思うものの、別に俺が特殊だとも思っていない。
似たようなことを考えている人はそれなりに存在していることだろう。
つまりだ。
充実した生活を送りたいという漠然とした願望はあるものの、それを実現する方法が判らない。
いや、そもそも充実した生活がどんなものかもよく判っていないのだろう。
だから、気力が湧いてこない。
だが、日常はそんな楽しくないと感じている以上、何かイベントでも起きないかなという受動的な願望が残る訳だ。
だが、そんな受動的なイベントでポジティブなものなんて存在しない。
起きる可能性があるのは、天災や急病、事故といったネガティブ方向のイベントだけだ。
ほら、例えば遠くに見えるスピードが高めのトラックが突っ込んで来たり。
と、そのトラック、何かを避けるように急に方向が変わった。
ここからは見えないが、猫か何かでも居たのだろうか?
だが、スピードが出ていたせいか、道路の枠を越えて歩道にあるガードレールに衝突する。
その際の音で珍しい事故が発生したものと、悪辣ながら心が沸き立つ気持ちが微かに生じてくる。
その気持ちを罪悪感で押さえつけようと考え始めたが、その考えも一瞬で吹っ飛んでいく。
「おい、待て待て待て待て! あぶな――――」
咄嗟に方向を見極めて移動すれば良かったのかもしれない。
だが、俺の身体はむしろトラックの方向を向き、両手を前に向けて来るなというジェスチャーをするに留まってしまった。
何が起こったか。
それはガードレールで弾かれたトラックが、丁度反対側の歩道を歩いていた俺の方向へ突っ込んで来ただけに過ぎない。
いや、歩道というのも誤りだ。
丁度小道がはしる箇所であり歩道は途切れていた。
つまるところ、ガードレールも無い。
そんな無防備な人間が待つ結果は一つしかない。
俺は物凄い衝撃のもと弾き飛ばされた。
◇ ◇ ◇
「綺麗な空だなー」
目の前に映るのは綺麗な青空だ。
別に事故にあって記憶が飛んだということもなく連続している。
にも関わらず、時間は昼になってしまっている。
いや、それだけではなくコンクリートで固められた文化という名前の街並も存在せず、あるのは落ち葉で満たされた地面と疎らに点在する木々だ。
「なんだよ。ポジティブ方向のイベントもあるじゃねぇか」
そんな異常現象で行きついた結論は、自分でも馬鹿じゃないかと思う程ぶっ飛んでいる。
異世界転生――いや、自分の身体はそのままなので異世界転移の方が表現としては正しい。
普通は先に自分の方が間違っているだろうと考えるべきなのだろうが、残念ながら目に映る光景がぶっ飛んだ考えの方が正しいと証明してくる。
具体的には、2つの太陽、遠くに見えるどこかの世界一の高さのタワーを思わせる程の大木、俺の横を横切った一角兎などなどだ。
まさか定番のトラックで行き着くとかなんだこれとも思うが、きっと何かしらの関係はあるのだろう。
例えば、トラック事故は最初から異世界転移しやすく、実際に転移した人が物語にして広めたとか、転移なんて異能を使った何者かが異世界転移ものの物語に嵌まっていたとかだ。
「まぁ、どうでもいいか」
意外にもこんな事象に巻き込まれたにも関わらず、自分の心はあっさりとしていた。
大体、異世界転移すれば本気になれるとか、特に興味が無くてもチート能力で無双やスローライフを送って幸せになりとか、そんな物語が多かったが、少なくとも俺にはその例からは漏れるらしい。
何故そう思うのか。
それは俺が特殊だからとか、逆に物語の主人公でもない一般人だからとかは全く関係ない。
それは単に今の状況がそれを物語っている。
「あー、全くくそだな。――――ぐ、ごふっ」
どういう状況かは認識している。
突然、異世界転移した。
ただ、それだけだ。
本当にそれだけだ。
つまり、トラックに轢かれたその衝撃が残ったままだった。
身体は複雑骨折しており、口からは鮮血が溢れだした。
内臓も損傷していることだろう。
異世界特有の治癒魔法はあるのかもしれないが、それがある可能性と、それが使える人物がたまたま近くを通りかかる可能性まで引き当てないといけない。
仮に神様のような人物がいるとして、トラックの衝撃を消し忘れるようなミスをするようでは期待できない。
もう、諦めはついているし、元より期待もしていなかった。
せめて最後に異世界転移なんて貴重な体験ができただけでも幸いかもしれない。
だが、最後に愚痴くらい言ってもいいだろう。
「世の中つまんねぇなー」
書いてみたら思ったよか暗い話になってしまいましたので念のため。
案外人生なんてそんなもんですって話です。
なにも展開せず終わっちまったーくらいの笑い話として、日常の暇潰しの足しにでもなれば幸いです。