92話 ジョニーは進んでいく
戦いが終わり、俺達は一度疲れを取るために野営をする事にした。ダンジョンの階層守護者を倒した後は、再びボスが発生するまでは時間が空くので安全な休息地点として利用する事が出来る。
丁度良く、焚き火の後があるので火を焚きながらその周囲で適当に持ってきた食事を取りながら休息していた。
「んじゃ、シェイプシフターとバンシーはいったん下がっててくれ」
「!」
「分かりましたけど、無理はしたらダメですからね!」
「分かってる分かってる」
まだ言い足りなさそうなバンシーも、シェイプシフターも送還する。
グレムリンはまだ、メモを取りながら何かを考えているので残している。どちらにせよ、全員送還するのは安全面の問題でよろしくない。
(しかし、送還も召喚も自由になったのはデカいな)
自由に送還し召喚をしても魔力的な負担が少なくなっただけで、ダンジョンでの探索が楽になった。
自分の成長と、召喚獣の成長。強くなる事を実感するのは嬉しさがある。
「……しかし、思った以上に大変だったな。一層目だっていうのに」
「そうですわね。爆弾が予想外の威力だったのでなんとかなりましたが……本来は、もっと他に手段が欲しいですわね。こういった、モンスターには自己治癒能力の高いモンスターも居ますもの。迷宮のコレクターもそうですけども、中には治癒をする魔法を使えるモンスターも居ますわ。慣れている冒険者でも、あと一歩が足りずに回復されて、危うく……なんて話は転がっていますわ」
「ぞっとしないな……」
ラトゥと話す内容は、バーサーカーの長と戦ったときの反省会だ。そして、浮き彫りになったのは多くの冒険者達が直面する事実……火力不足だ。
意識やら動き方、戦略などであれば改善できる要素というのは非常に多い。だが、火力という面の改善は非常に難しいものだ。モンスターが強くなるほどに、相手を一撃で消し飛ばすような火力は必要になる。だが、そんな一撃を作るのは難しい。だから、攻撃に使えるような魔具を準備しているような冒険者もいる。
「ラトゥ達は、エリザの火力頼りなんだよな?」
「そうですわね。それ以外にも手段はありますが……基本的には、頼るのはエリザの魔法ですわね」
「それ以外の手段? 他にもあるのか?」
そう聞くと、悩ましげな表情を浮かべる……あまり教えたくない方法なのか?
「あー、もしも言いにくいなら別に言わなくても大丈夫だけど……」
「いえ、大丈夫ですわ……その、ちょっと恥ずかしいというか……私には、吸血種だからこその最終手段がありますの。それが、私たちのチームのもう一つの方法ですわね」
「最終手段?」
その言葉に頷くラトゥ。
「意図的に大量の血液を摂取する事で、吸血種としての能力を暴走させますの……アレイさんと最初に出会ったときに似たような状態を意図的に起こすのですわ」
「なるほど、確かに最終手段だな」
「血の濃い吸血種ほど、過剰に血液を摂取するか魔力の枯渇をした際の暴走は激しくなりますわ。冒険者をしている吸血種でコレを出来るのは私ぐらいですわね」
「……誰でも出来るわけじゃないと」
確かに最終手段だ。吸血衝動というのはラトゥから聞いた話では本当に辛いものらしい。
現在は契約をしている事で、抑えられて普通の人間のようになっているのだが本来は定期的な吸血を行わなければ乾いて正気を侵されるような物らしい。そう考えれば、魔種という種族の強さの代償というのは思った以上に大きいものだな。
そこで、ふと気付く。
「そういえば、ラトゥ。吸血衝動は大丈夫なのか? 俺が見てる限りで全然血を飲んだりしてるのは見てないけど……」
「ええ、大丈夫ですわ。ちゃんと携帯血液で飲んでいますの。私たちの種族では必須ですわ。それに、召喚契約を結んでから本当に必要最低限以外は必要としていませんのよ。ふふ、あの辛い衝動がないだけでとても気分が良いですわ」
「ならよかった。でも、もしもストックが足りなくなった時は俺から血を飲んでも良いからな」
吸血種という力の暴走もそうだが、何よりも頼りにしているラトゥが力尽きる事が一番避けるべきだ。万が一の時に、生き残るべきもラトゥだからこその提案。
……だが、何故か俺の発言で顔を赤くしている。
「そ、そんなはしたない真似は出来ませんわ!」
「……はしたないのか?」
「直接、血を飲むというのは……吸血種では、人前に見せるような行為ではありませんのよ……」
「……俺、エリザから味見とか言われて血を吸われそうになったんだけど」
「あの子はちょっと変わっていますから……」
……分からない。多分だが、それは吸血種独特の感性なのだろう。
とはいえ、そうなるとしてもいざという時に暴走するよりはマシだと考えた方が良い。
「まあ、本当に万が一の時だよ。色々あるんだろうが、最悪の場合はラトゥが生き残るために頼む」
「うぅ、わ、分かりましたわ……そんなときが来ない事を祈りますけども……」
顔を驚くくらい真っ赤にしながら、恥ずかしそうに言うラトゥ。
なんというか、こういう種族での感性の違いも面白い物だな……と思っていると、気が抜けたせいか欠伸が出てきた……いや、疲れもあるのか。
「……アレイさん、眠かったら眠った方が良いですわよ。魔力を消費した後は、どうしても体が休息を求めますの」
「そうするか……でも、ラトゥも疲れてるだろ? そっちだけ置いて寝るわけにはいかないだろ」
「私は少ない睡眠で大丈夫ですの。吸血種自体が短い睡眠ですの」
なるほど、それなら遠慮無く寝させて貰うか。
「じゃあ、一応グレムリンは見張りとして召喚したままにしておくか……グレムリン、頼んでいいか?」
「アア、任セロ」
返事を聞いて体を横にして目を瞑る。
その瞬間に、意識がガクンと落ちる。想像以上に疲れていたのか、俺はあっさりと眠りにつくのだった。
「……疲れていたましたのね。あっと言う間に眠ってしまいましたわ」
「召喚シナガラ指示モシテルカラナ。疲レルト思ウ」
「本当に限界ギリギリまで頑張りますものね、アレイさんは」
残されたグレムリンとラトゥは、眠ったアレイを見ながらそんな風に評する。
「こうして一緒に戦うと分かりますけども……アレイさんは想像以上に無理をした戦い方をしますのね」
「俺ガ仲間ニナッテカラ最初カラコウダッタ」
「……やっぱり、最初から相当無理をしてますのね」
ラトゥはそういって、グレムリンに質問をする。
「貴方がアレイさんと一緒に居る理由はなんですの? 貴方も、他の召喚獣も……アレイさんを強く信頼しているように見えますから気になりましたの」
「ム……最初ハ脅サレタ様ナモノナンダガ……」
思っても居ない返答に面食らうラトゥ。
グレムリンがゴブリンだった頃、拘束されて死ぬか契約するかの二択を迫られた事を思い出す。
「ダガ、召喚術士ハ嘘ヲ吐カナカッタ。ソレニ……俺達ニ知ラナイ景色ヲ見セテクレル。アノママ、ダンジョンデ生キルヨリモ、イイ物ヲ見セテクレル。ダカラ、信頼シテルノカモシレナイ」
「……そうですのね」
「マア、時々無茶ヲ言ウシ、変ナ奴ダト思ウガ」
モンスターからもそんな評価をされるアレイに思わずラトゥは笑いながらも納得する。
「聞けて良かったですわ。こうして、モンスターを従えて無茶をしながらも信頼関係を築くアレイさんは……私も、信頼していい人だと思いましたわ」
「悪イ奴ジャナイゾ」
「ええ……それでは、私も少しだけ眠りますわ。その間、お任せしてもいいかしら?」
「ワカッタ」
そして、ラトゥも眠り始める。
後には、焚き火が燃える音とグレムリンが手帳に書き込む音だけが一階層の最奥の部屋へと響くのだった。
【解説 暴走】
過剰な魔力の摂取により、魔種は暴走する危険性を秘めている。
特に竜人種や吸血種、鬼種などは暴走をした場合にはモンスターや魔獣に勝るとも劣らない被害が予想される。
また、彼らのような種族には意図的に暴走状態を起こし制御する手段も広まっている。
ただし、種族の血が濃く実力が無ければ扱えない。種族の一般的な個体は制御できず暴走スルのが関の山である。




