84話 ジョニーと未到達ダンジョン
「アレイさん、到着しましたわよ」
「……ん、ごめんな。完全に寝てた」
「ふふ、構いませんわ。最近はずっと頑張っていましたものね。ちゃんと眠れる事も良い冒険者としての条件ですわ」
起こされて目を覚ますと、既に目的地に到着していたようで馬車は止まっていた。
ラトゥからそんな風に褒められながら、仮眠をしている間に固まった筋肉をほぐしてから馬車を降りる。目の前には、人が踏み入れていないであろう鬱蒼と茂っている森が広がっていた。
「かなり大きい森だな」
「ええ。ここから先は馬車は踏み込めませんの。徒歩になるそうですわ」
「了解。それじゃあ行くか……そういえば、帰りはどうすればいいんだ?」
こういった場所の帰還方法は考えていなかったので、御者に聞いてみる。
すると、頷いた御者から小さな石のような物を渡される。
「そちらは専用の魔具です。帰還する前にそちらの石を破壊して頂ければこちらに分かるので、破壊されてから出発致します。ですが、馬車からこの場所に来るまで二日程掛かります。到着してから乗車するまで、最大二日まではこちらで野営して待機致しますが……それを超えれば馬車は帰ります。それを念頭に置いて使ってください」
「なるほど。分かった、ありがとう」
「ここまでありがとうございましたわ」
「いえいえ、それでは良き冒険を」
そう言って俺達はお礼を言った後に、御者は馬車を走らせて帰って行く。
帰って行く馬車を俺達は見送りながら、ふと気になってラトゥに聞いてみる
「馬車が来るまで、結構時間が空くんだな」
「これも、誰も踏み込んでいない未到達ダンジョンという場所の特徴ですわね。道の舗装や周囲に施設なんて言うのがありませんもの。この魔具が作られる前は近くの村や町を探して休息して馬車を待つ事が多かったそうですわ」
「なるほど……そう考えると、待ってくれるだけありがたいな」
「ええ。こういったときに派遣される御者は冒険者ギルドと契約している方ですから、冒険者のために優遇した対応をしてくださりますわ。だから、御者の方とは良好な関係を築いていきたいですわね」
今まで一人で……それも、既に誰かが潜ったようなダンジョンばかりだったので新鮮な気分だ。
しかし、考える事は多い。帰還するまでの時間を逆算した上で呼ばなければ装備もないままで野営をしなければならない場合もある。死にそうになったときに居なければ、そのまま助けすら呼べずに死ぬ事になる。今更ながら今まで以上に失敗できないのだと緊張してくる。
だが、その緊張感も心地良い。そして、自分の成長をぶつける事の出来るダンジョンに挑む高揚感。今、調子は間違いなく上向いている。
「それじゃあ、行きましょうかアレイさん」
「ああ」
そして、俺とラトゥはダンジョンの待つ森の中へ歩いて行くのだった。
森の中は殆ど人が踏み入らないせいか、木々は侵入者を防ぐかのように生い茂っている。
そんな木々をかき分けながら、俺達は進んでいた。
「……思った以上に道が悪いな」
「誰も踏み入れていない山道ですものね……とはいえ、ダンジョンの場所というのは魔力の多い場所ならどこにでも生まれる可能性はありますわ。中には、ダンジョンよりもその道中の方が危険で死者が多い……なんて場所もありますわ」
「そんな場所にわざわざ行く理由があるのか……?」
「そういった場所は、得てして魔力の多い土地ですの。だからこそ、魔力によって環境が変化して人にとって入りにくいような場所になりますのよ」
こうした知識を聞いていると、色々と不思議な気分になる。
「そういう話ってちゃんと冒険者の先輩なんかに聞いたら分かるものなのか? 俺は全部初耳なんだが」
「一般的にはあまり伝わっていない話ですもの。知らないのも仕方ありませんわ」
「どうして伏せられているんだ?」
「例えば、ダンジョンを育てた方が良質な魔石や魔具が入手出来るとしれば、本来は報告をしなければならない危険な状態のダンジョンを放置する可能性がある事。そして、こうした話が伝わるほどに無理をして死ぬ冒険者が増える事から、ある程度信用と実力のある冒険者以外にはあまり伝えられていませんわ。特に、追い詰められた人というのは形振り構いませんもの。アレイさんも、この話をするなら信用の出来る方以外にしたらダメですわよ?」
「ああ、分かった」
なるほど、聞いてみれば納得できる。
……そして、ラトゥは俺がそれを伝えられる程に成長したと思ってくれていると言う事だ。言外にでも、認められているというのは嬉しさがある。
「……位置的にはそろそろかな?」
「そうですわね。地図を見ても、もう少しですわ」
話をしながら進んで行けばあっと言う間にダンジョンの入り口まで辿り着く。
目標の場所の周辺には木々は生えていない。そこだけ、まるでぽっかりと空洞でも空いているかのように洞窟への入り口が存在していた。
そして、近寄って肌で感じる。
(……確かに、空気が違う)
「――間違いありませんわ。誰も踏み込んだ事のない、未到達ダンジョンですわね。それに……恐らく、魔力の流れが集まりやすい土地柄なのだと思いますわ。これだけ育っていて人が踏み込んだ事のないダンジョン……難易度はどのくらいになるか、私でも予想は付きませんわ」
――洞窟の入り口から流れ出てくる空気は、まるでそこにいるだけで酸素でも奪われていくかのように息苦しく感じる重さがある。
漏れ出てくる魔力は浴びるだけで体が警戒して、今すぐに帰るべきだと警告を発している。自分の意思とは別に足が動かなくなりそうだ。
「これが未到達ダンジョン……想像以上だ」
「私も、人を寄せ付けないダンジョンは様々ですけども……こんな魔力が淀んで生き物に対して毒に近い状態になっているのを見るのは初めてですわ」
ラトゥも、冷や汗を流している。
……だから、俺は先に決めておいた事を口にする。
「ラトゥ」
「どうされましたの?」
「万が一の時には、俺を置いて逃げてくれ。俺の召喚符は全部渡す。俺が死んだ時に契約解除にならないように、ラトゥに託したい」
冒険者に絶対などない。だからこそ、諦めではない。憂いを無くすために最初に決めておくのだ。
だから、万が一の時にはラトゥに生き延びて貰う。なぜなら、その方が生還する可能性が高いからだ。
「……ええ、分かりましたわ」
「いきなりでゴメンな」
「いいえ。アレイさんも冗談や弱気で言っているわけではないと分かりますもの。むしろ、必要な覚悟ですわ」
笑みを浮かべるラトゥに、それならば良かったと俺も笑みを帰す。
「それじゃあ、行こう」
「ええ」
この先は、今まで以上の魔境であり……死地だ。
――俺達は、そんな未到達ダンジョンの中へと入っていくのだった。
【解説 ダンジョンから漏れる魔力】
※銀等級冒険者以上に開示される情報
冒険者を招き入れた事のないダンジョン入り口から魔力を放つ。
それは、威圧行為でありダンジョン内部に不用意に外部の存在が入らないようにするための行為である。
その魔力によって、周辺の草木や生物などは死に絶えるため、ダンジョンの周囲だけ不自然に空間が生まれる。
冒険者でない狩人などは、草木の生えない土地は魔が潜むと伝えられていて忌避される。過去から伝わる呪われた土地なども、一説には危険なダンジョンが存在していた場所の名残だと言われている。