30話 ジョニーは語り合う
「……美味いか?」
「ああ、ここの料理は凄い美味いな。こっちの料理もイケるぞ。酒もいいし……当たりの店だな」
(どんどん料理が消えていく……財布の中は……うん、問題は無いはずだ。うん)
こっそり財布の中身を確認して、なんとか金が残っていることは確認できた。
少なくとも、この後数日は金欠で辛いかもしれないことを気にしなければ支払いは問題ない。
「……ん? アレイは飲まないのか?」
「飲まないな。基本的に、学生だったから酒は禁止されてたんだ。んで、色々とあったから飲む機会もなかったし飲まなくても良いかって」
「あー、噂には聞いたことがあるな。王都にある学園は酒とか禁止なんだっけか? てか、学園に行ったことがあるってやっぱり良い所の出なんだな」
「良い所……まあ、良い出自ではあるな。とはいえ、同じ冒険者だから出自なんて意味はないけどな」
美味い飯を食べながら、ルイと雑談をする。その内容は冒険者同士としての日常やら身の上の話だ。
こうして誰かと食事をしながら会話をする機会は殆ど無かったので、新鮮な気分だ。こちらに帰ってから、ティータと食事をする機会すらなかったからなぁ。誰かと食事をすること自体が殆ど初めてかもしれない。
「――まあ、事情ありってことか。ん、これ美味いな。アレイも食うか? あ、すんません! 酒お替わり!」
「ああ、俺も貰おうか……本当だ。美味いなこれ」
「だろ? この酒場、偶然見つけたけど結構良い店だな。冒険者ギルドから遠いと、どうしても探しづらいからなぁ。それに普段は宿で飯を食ってるし」
そんな風に言うルイに、少しだけ気になって質問をする。
「普段は行かないのか? チームの二人と一緒に食事を取ることもよくありそうだけど」
「まあ、ダンジョン後には行くかな。でも、基本的に住んでる場所が違いすぎるから、普段は全員別々似行動してるんだよ。オレはまだしも、リートは家との関係は悪くねえからなぁ。あと、オレ以外があんまり酒飲まないからさ」
「珍しいな、家との関係は悪くないのに冒険者になるなんて。そういうの、家族に言ったら揉めるって聞くぞ?」
冒険者には確かにロマンはある。しかし、食い詰め物が最後に辿り着く先でもあるのだ。
確かに地域によっては冒険者が地位を持っていたり、ちゃんとした家系の人間が冒険者として排出される所もある。しかし、この街だと別にそういった冒険者の地位がある街では無い。才能が無ければ死体になって帰ってくることが日常茶飯事であり、冒険者がいる街では何があろうと酒場と葬儀屋は潰れる事が無いとまで言われているのだ。身内からの理解は難しいだろうに。
「こっち追加注文で! ……まあ、リートは鍛冶屋の次男坊だけど才能が無いらしくてな。元々、行き先をどうするかって話になって冒険者になるって言ってから説得するために家族全員を相手に実力を証明したらしいんだ」
「……そりゃ凄いな。全員ぶっ倒したのか?」
「方法は聞いてないけど、それで納得されたらしいんだよな。幼馴染み達で冒険者になる……なんて、夢物語を大真面目にやり遂げようとするなんて本当に凄い奴だよ」
ニコニコと上機嫌にそう言いながら酒を一気に飲み干して、お替わりをするルイ。
「ヒルドも、無理をして冒険者になったみたいだからなぁ……正直に言えば、オレとしては負い目とは言わないけど申し訳なくはあるんだよ。オレのせいで、あいつらの事を変な道に誘ったんじゃないかって」
「別に向こうが後悔してないならいいだろ。間違った道なんて、死んだ時に決まるもんだ。なら、選んだ奴の責任だよ」
皿の料理を摘まみながらそう答えると、不意に会話が止まる。
何かと思ってルイを見ると、驚いたような表情でこちらを見ていた。
「……なんだ?」
「いや、なんというか……思ってもないことを言われたからビックリした。死んだ時に決まるか……そういう考え方もあるのか」
何やら感心しているが、前世の記憶があるから言えるだけだ。
死んだ時に後悔が無ければ良い人生だったのだろうし、後悔があるならやり残しがあったのだろう。だが、最後まで選択がどうだったのかなどは結果論でしかない。
……まあ、偉そうに言える立場でもないが。
「アレイ、本当にウチのメンバーにならないか? 歓迎するし他の二人はオレが説得するからさ」
「いや、すまんが無理だ。こっちも頼りたい気持ちはあるが借金がある」
「借金?」
……あ、やべ。口が滑った。
酒の席というのはどうにも駄目だ。雰囲気に飲まれて口が軽くなってしまう……まあ、ルイとの会話が気楽だから口から零れたのがあるのだろうけど。
「お前の借金か?」
「いや、親だ。相当膨大な金額でな。返済するまではソロの予定だ」
「あー、まあ親の借金だよなぁ。噂よりはマトモな理由だったな」
「……噂?」
なんだ、何の話だ?
「いや、アレイが借金持ちってのは広まってるけど理由が不明だから博打狂いだとか、女狂いだとか、店の経営を失敗したとか色々言われてるんだよな」
「なんでだ!? 誰にも教えてないのに!?」
「そりゃ、あんだけ金の入る依頼を一人で達成してんのに金の気配がないんだから借金だって当たりは付くだろ」
「ぐむう」
……そう言われて納得する。それもそうだ。
別に冒険者はバカではない。というよりも、目端が利かない人間がずっと生き残れるような世界でもないのだ。結果を残せばそれだけ注目されて、そこで動向からどういう人間が推測される。
というか、もしかして勧誘があんまりなかったし割と交友が狭いのはそれが理由だったのか? なら、声かけられないのも納得だ。なんとも悲しい気持ちになる。
「一部だと、人嫌いでモンスター好きを拗らせたから召喚術士になったって話も……」
「分かった。分かったからもう大丈夫だ……まあ、本当につまらない話だよ。実家に帰ったら親が蒸発してとんでもない金額の借金が残されて返済に追われてるんだよ」
「そりゃ……酷いな。それ、幾らくらいだ? 金額次第では融通をするぞ?」
周囲を見て聞いている人間がいないことを確認してからこっそり伝える。
金額を聞いたルイは、先ほどまでの機嫌良さそうな顔から一転して真顔になった。
「……冗談?」
「本気だよ」
「いや、無理を言ってごめんな。それは無理だな。うん。というかお前の両親って何をしたんだよ。悪徳商人に騙されてどこかの貴族位でも買ったのか?」
「詳しい話は知らないし、聞いてもないな。聞いても借金は減らないし別に金返しに戻ってくるわけでもないし」
例え聞いたとしても俺の得にならないしなぁ。場合によってはむかつくだけだろう。
それに、借金取りが答えるかと考えると怪しいのもある。はぐらかされるだけかもしれない。
「苦労してるなぁ、アレイも。あ、こっちお替わりで」
「そっちも苦労してるんじゃないか?」
「こっちは借金はないからさ。貧民窟の孤児出身なだけで、金さえあればなんとでもなる……まあ、最近はどこぞのクソ野郎が金を持って犯罪組織として名乗りを上げたせいで貧民窟も面倒な事になってんだけどさ」
「……そうなのか?」
「面倒だよ。本当に。だから最近は金が必要でな……仲間にあんまり頼ることも出来ないし、教えたくないからな。そういう話は。だから、ちょっと小銭稼ぎのバイトをちょこちょこやってるんだよ」
そう言って酒を一息に飲み干す。
……結構凄いペースで飲んでるな。注文ついでに水を頼む。飲み過ぎて倒れても大変だろうし。
「昔から貧民窟は仕切ってる奴らがいて、金さえ払えば不干渉で居てくれてたんだよ。まあ、見込みのある子供を取り入れようとしてくるが、それでも無理はしてこなかった。他のチンピラとか犯罪者共も、組織が目を光らせている間は手出しはしてこなかったんだよ。ただ、そういうルールを知らない奴らがやってきて揉め始めたからこっちにもその被害が及んでるんだ」
「じゃあ、さっきのスリの子供もそれが原因か?」
「ああ。オレが組織に金を払って子供たちの面倒を見てるんだが……だんだん値上げをしてきてな。だが、立場としてはこっちの方が圧倒的に弱いから何も言えねえ。そんで、気を遣って稼ごうとしてるんだよ……今はまだ気にしなくてもいいっていうのにな」
なるほど……まあ、それでも金さえ払えば庇護されるというのは救いがある方なのだろう。場所によっては、逃げ隠れしなければただの道具として捕まえられる場所もあるのだろう。
「オレもなんとかしようとしてんだけどさ、中々難しくて……貧民窟なんて場所から……子供達を、外に……」
「……っておい、寝るなよ? 家知らないんだからな? 寝たら困るぞ。俺は」
「大丈夫……寝ないって……」
そう言いつつも、うつらうつらとしている。
店員さんの持ってきた水を飲ませて酔いを覚まさせようとするが、それでもすでに眠気が限界なのか殆ど夢うつつだ。
「リートも……ヒルドも……教えたら、絶対に関わっちまう……あいつらに……あんな汚い場所の……事情には関わらせたく……ないんだよ」
「おい、大丈夫じゃないだろ! それ、言っていいのか!?」
「……アレイ……オレはなぁ……ちゃんとなぁ……」
「ほら、寝るなって……! ああクソ、どこかの宿屋に放り込むか?」
そんなことを言いながらお会計を頼む。
そして伝えられた金額を聞いてから、机の上を見る。そこには、話し込んでいるうちに予想外に飲んでいた酒と料理があった皿の山。なるほど、予定の倍以上の金額になるのも当然だ。
「お会計、お願いします」
素寒貧になってしまった俺は酔って眠ったルイを宿屋に放り込むことが出来なくなり、頭を抱えるのだった。
【解説 酒場】
酒や食事を提供する場所。
この世界においても、酒や食事を提供し冒険者達の一時の憩いの場所として活用されている。
冒険者ギルドに近いほどに冒険者向けに設備が頑丈になり、行儀の悪さが許容されていく。逆に離れるほどに大人しく、節度が求められる場所になる。
冒険者達の交流の場でもあり、情報や噂が行き交う。酒場で意気投合した冒険者達がチームを組み、銀等級や金等級に成り上がったなどの話も数え切れないほどある。
冒険者という職業とは切っても切り離せない。それが酒場である。




