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184話 ジョニーと妹と

「ティー、タ」


 繭の中は小さな部屋になっていた。そして、その中心で椅子に座りながら眠る少女に声をかける。

 繭の中心で眠っていた少女は起きて俺を見る。その表情はどこをみているか分からないものだったが……俺を見て、驚いたように目を見開いた。


「おにい、さま……?」

「かえ、ろう。おまえは、こんな場所に……残してやれないからな」


 削られた意識がはっきりとしていく。目の前にティータが居たことで俺の目的をはっきりと思い出したからだ。

 恐らく中心地点では外の繭を構成する残骸の意志は働かないのだろう。これ以上俺は削られる心配もない。


「……わたし、は」

「気にするな。妖精郷に関しては……なんとかしてやる。それに、ティータ。お前を助ける方法も見つける。だから、帰ろう」


 手を差し伸べてティータを真っ直ぐに見つめる。

 しかし、彼女の視線は俺を見ていない……いや、違う。あの目は悩みながらも決断をしようとしている目だ。


「……わたしは、かえり……ません!」

「かえ、らない? 何でだ?」

「……それは、もう私が助かるのかどうか。分からないから……こうして、ずっと生きていても、皆の負担になるから」

「大丈夫だ! 俺がなんとかしてやる! たった一人の兄だ! その程度――」

「だからです!」


 ティータのこんな叫びは初めて聞いたかもしれない。今までずっと笑顔を浮かべて俺を迎えて話を聞いていたティータの浮かべたことのない悲痛な表情を見た俺は思わず気圧されてしまう。


「……ずっとずっと分かっていたんです。私が普通じゃない事も、お兄様と本当の家族じゃないことも。そして……この体は人間じゃ無くて、限界が近いっていうことも。全部、本当は分かっていたんです」

「そう、なのか? ティータ。ずっと分かってたのか? 自分の状態を」

「私が普通の人間じゃないから、こんなことになっていているのもなんとなく分かってました。でも、言えませんでした……だって、お兄様と血が繋がっていない……私に繋がりがないんだって認めてしまうようで」


 ――そうだ。無知な子供ではないのだ。

 幼くてもずっと本を読んで話を聞いて……自分なりに考えてきたティータは賢い。ならば、気付くだろう。自分の状態も色々なことを。


「嬉しかったんです。楽しかったんです……だから、認めたくなかったんです。本当の家族どころか……種族すら違って、私が人じゃないって認めるのは。だって、もしもお兄様が知らないのなら……私は捨てられてしまうかもしれないって思ったから。」

「そんなことはない! ティータは俺の妹だ!」

「……ありがとうございます、お兄様は優しいから……そう言ってくれます」


 儚い笑みを浮かべながらも嬉しそうにしているティータ。

 だから理解する。こうして俺と話しているティータは偽物でも騙されているわけでもない。正気で、そして自分の想いで話をしていると。


「でも、自分のことだから分かります。もう、人の世界で生きていく限界が近いんだって。これ以上は、お兄様の時間を無駄にして、皆の期待を裏切って……そして消えてしまうんだろうって。だから……お兄様は、もう……大丈夫なんです。私なんかは忘れて、自分の好きなように生きてくれたら」

「認めるわけが、ないだろ!」

「はい。私もお兄様は認めてくれないって思ってます」


 予定調和の確認作業のように、俺の言葉を肯定した。

 自棄になったというわけでもない。諦めているというわけでもない。ただ、事実を認めて彼女なりの意思を伝えようとしていた。

 

「私はもう、普通の人みたいに生きていくことが出来ないから……この妖精郷で、生きていくんです。形は違っても、それなら同じ時を過ごすことが出来るから。それなら、きっと誰の負担にもならずに、いつか自分なりに世界を生きれるかもしれないから」

「ここから出られないなら……意味が、ないだろ! それに、お前もこの繭の一部に取り込まれる可能性はある!」

「はい。だとしても、意味はあります。妖精郷で形は違っても生き続けることが出来るなら……何時か本当に元気になって、ちゃんと世界を見て回ることだって出来るかもしれないですから」


 真っ直ぐに希望を信じて、己の強さを信じてティータは俺に宣言をした。

 ――だが、俺は認められない。


「それだと、ティータ。お前は妖精になる……人間じゃないものとして生きることになる」

「でもいいんです。私は物語のお姫様みたいに……自分の意思を持たずに、誰かの宝物になっていきたくないんです。だから、私は強くなって……世界に立ちたいんです」

「世界に、立つ……?」

「妖精郷の魔力を使って、自分の体を作って……普通じゃない方法で妖精としてこの世界に生きる方法があります。それは、きっと普通じゃ難しいですけど……ゼロじゃないですから」


 涙もない。感情的な言葉ではない。俺を見るその目は真剣そのものだ。

 それはずっと我慢してきた、ティータの本音がそこに籠もっていた。


「私はお姫様になりたくないんです! 物語のお姫様は素敵で可愛くて……それでも、守られて誰かの宝物になります。私は、ちゃんと自分の足で歩いて冒険をして、色んな物を見て生きたいんです。すぐに死んじゃってもいいから……自分のことを誇るように生きたいんです!」

「――それは」

「イチノさんは私のことを思って優しくしてくれて好きです。フェレスさんも、私のコトをちゃんと見て話をしてくれて好きです。屋敷に来る人は好きです。私に関わってくれる召喚獣さんたちも好きです。お兄様のことは、とても尊敬して大好きです。でも、それでも、私は守られて何も出来ずに生きるだけなら……それは、私にとっては意味なんて無いんです!」


 それがただの投げやりな言葉なら俺は説得出来たと思う。

 だが、ティータの顔は恐らくだが……この旅と妖精郷の核であるこの意思に触れてきたせいで成長したのだ。だから、それはずっと良い子だったティータのたった一つのワガママなのだ。


「妖精になるんだぞ」

「構いません。もともと人じゃないんですから」

「俺達が生きてないかもしれないぞ」

「……嫌ですけど、それでも今よりはずっとマシです。頑張って生きてるうちに会いに行きます」


 ティータは覚悟を決めている。

 ……言葉の説得をこれ以上重ねたとしても、俺には説得出来る気はしない。それだけの覚悟と、思いを自分の中に積み重ねてきたのだろう。だから、俺は――


「……そうか、分かった」

「うん、だからお兄様……もう、これ以上私に……え? お兄様?」


 俺はティータの腕を掴んだ。意識の世界で腕力や他のモノは関係ない。ここでは意志の強さと思いが物を言うのだ。

 そして……説得なんてしない。ただ、シンプルな話になっただけだ。


「……ティータの初めてのワガママだな」

「あの、お兄様? なんで、腕掴んで……うう、離れない……えっと、痛くないけど変な感じがするから、その……」

「聞き分けのない妹とは、ちゃんと喧嘩をしてやらないとな」

「えっ?」


 なんてことはない。ここから始まるのは妖精郷の行く末でも、何かの命運を分ける決断でもない。

 俺のワガママと、妹のワガママ。どっちが強いのか。ただそれだけの話だ。


「初めての兄妹喧嘩だ。悪いが、ちょっとだけワクワクしてるよ」

「えっ、えええええ!?」


 ――この世界で初めての兄妹喧嘩を俺達はするのだ。

【解説 妖精郷の■■■】

時折、核となるために夢の世界へと消えたはずの妖精が外で発見されることがある。

それは妖精達が起こす奇跡の一端であり、それだけの意志の強さが無ければ妖精郷を作るための核にはなれない。

だが、あくまでも特殊な例であり幻覚に近いとも言われている。

時折、知らない子供が遊びに混じるのも妖精郷の■■■の現身といわれている。

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