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116話 ジョニーと道と

 ラトゥの言葉に、借金取りは聞き返す。


「おや、いいんですか? ラトゥ様に取っては相当に重い選択肢だと思いますが。吸血種の貴族として、実家に帰らざるを得ないわけですので」

「……アレイさんには恩がありますわ。それに、ここまで事情を知っておきながら見過ごすようなことは、グランガーデンの名に懸けて出来ませんもの」


 そして、ラトゥは俺を見る。


「アレイさん。もしも、本当に妹さんを助けたいんですわよね?」

「……それは勿論だ」

「そのために、危険な道を歩むことになりますわ。それでも、選びますの?」


 その言葉に、俺は考える。

 ……血の繋がっていない、妖精種であるティータを守るために俺はどこまで出来るのか。自分に問いかけて……既に答えは決まっていた。


「当たり前だ。俺にとってはなんであろうと……ティータは、たった一人の家族で大切な妹だ。例えティータがなんであろうと……そこは、絶対に譲れない」

「……ふふ、良い表情になりましたわね。分かりましたわ」


 ラトゥは俺の顔を見て笑う……どうやら、思った以上に俺は顔に出やすいらしい。

 確かに落ち込んでいたせいで余計なことまで考えてしまっていた。だが、自分に問いかければあまりにもシンプルで簡単な答えが眠っていた。たった一人の俺を信じてくれている妹を守るのが、兄というものだろう。


「それで、ラトゥ……その、選択っていうのは何をすれば良いんだ?」

「今回のティータさんの件で分かるとおり……相手方は、私という存在を無視する事が出来ませんわ。でしたら、今回の騒動を私が知っているという事実を盾にして交渉しますの。彼女……ティータさんの処遇をどうするのか」

「交渉……そのための準備をするために、実家に戻る必要があるのか?」


 貴族であると名乗っているラトゥの言葉に嘘はないだろう。

 だが、それでも公式に保証をされた上で発言をしているわけではない。それであれば、冒険者の妄言と切り捨てられても仕方が無いだろう。


「……ええ。ですので、生家に一度戻りますわ。余程のことがなければ帰らないつもりでしたけども……折角の機会ですもの。正式に、グランガーデン家としての立場で私からこちらの家に居る妖精種であるティータさんの処遇が不当であるという非難を出しますわ」

「手段としては、一番可能性はあるでしょうね。結局、魔種との関係悪化は現在の王家としても望んでいませんので。立場のある魔種の貴族が公式な声明で非難をするのなら処分だの闇に葬る真似は出来ないでしょうねぇ」


 借金取りが、そう補足する。

 ……つまり、俺に提示された選択肢よりも余程ハッピーエンドに迎えるような方法だという事だ。


「でも……大丈夫なのか? 事情があって家を出てるんだろ?」

「ええ……私も、自分の家と向き合う切っ掛けになりますもの。だから、気にしなくても大丈夫ですわ」


 笑顔で答えるラトゥ。

  ……本心か、気を遣っているのか。どちらかは分からない。それでも、ラトゥは決断をしてくれたのだ。


「とはいえ、その可能性は向こうも考えているとは思いますよ。ちゃんと公的な立場でやってきたラトゥ様に保護されるよりは、さっさと処分をしたいと考えていることでしょう」

「そうでしょうね。ですから、私が帰ってから戻ってくるまでの間……おおよそでも、早くて二ヶ月ほど掛かりますわ。そこまでに、ティータさんを守り切ってくださいまし」

「……分かった」


 真っ直ぐにラトゥの目を見て答える。その返事に彼女は笑みを浮かべた。

 と、不意に笑みを崩して困った表情を浮かべる。


「……問題がありましたわ。現状、アレイさんとの契約の関係で力を発揮出来ませんわ……ブラドも、エリザも連絡を取れる場所には居ませんでしょうから……このまま、実家に帰るときにトラブルがあったら……」

「ふむ。それでは、イチノを貸し出しましょうか。恐らく、普通の吸血種程度までなら倒せる力はありますので。イチノ、どうだい?」

「畏まりました。フェレス様の望むとおりに」

「……実力は確かですものね。分かりましたわ」


 ……トントン拍子で話が進んでいく。俺とティータのために……

 そんな中で、今の俺に出来ることなどこの程度しかない。ラトゥに改めて向き直ってから俺は頭を下げた。


「ラトゥ・グランガーデン。感謝する。アレイとティータのためにしてくれた恩は、この心臓に誓って決して忘れない」


 それは貴族として学んだ、最大級の感謝。望めば命すらも、差し出すと言うほどの物だ。その意味を知っているラトゥは驚いた表情を浮かべている。


「頭を上げてくださいまし……私達は、一緒に戦った仲間ですもの。それに、命を助けられた恩だってありますわ……お互い様ですわよ」

「それでも、本当に感謝してるんだ……ありがとう」


 いつか、絶対にラトゥに借りを返そう。そう誓う。

 ……そこで、現実に戻すかのように借金取りが手を叩く。


「さて、終わりましたかね? ここから、一番大変なのはアレイさんになりますよ。何せ、ラトゥ様が戻ってこられるまでに始末しようと来る刺客から屋敷を守る役目なのですからね。暗部も騒動を大きくしたくないので、大部隊を突撃させるなんてことはしないでしょうが、それでも大変だと思いますよ」

「……そのくらいは覚悟してるさ」

「これは心強いですねぇ」


 ……ここまでに心が惑った分、今の俺に迷いはなくなった。

 と、そこでジャバウォックが眠そうな声を出した。


「……む? 話は終わったか?」

「ジャック、寝てたのか?」

「ああ、関係の無い話だったのでな」


 ……コイツはコイツで、相当自由だな。


「それで、我の戦う仕事はありそうか?」

「ええ。私が帰るまで、アレイさんを守るのは貴方の仕事ですわよ」

「あ、私も守りますからね!」


 バンシーが声を上げる。それに、微笑ましいと言いたげな表情を浮かべるラトゥ。

 特に興味は無いのか、ジャバウォックは頷いて立ち上がる。


「ふむ、了解した。では、話も終わったのなら我は失礼するぞ」


 そして、ジャバウォックは部屋へと戻っていった。

 ……それを見送り、借金取りはいつものような笑顔を浮かべていた。


「いやあ、こうして話が良い方向に転がるのは嬉しいですねぇ。私も、色々と苦労をした甲斐がありましたよ」

「そう言って、私を巻き込むのは既定路線でしたわよね? どう考えても、私を同席させてわざわざ切っ掛けであると伝えたのは自分から言い出さないためでしょう?」

「さて、どうでしょうねぇ。私としては、損をしない選択を取れれば良いと模索をするばかりで」


 そう言う借金取りに対して、ラトゥはしょうがないと言いたげにため息を吐く。


「……信用ならないですけども、高利貸しであればそのくらいが良いとも言いますわ。関わる事はありませんでしょうけども、名前は覚えておきますわね」

「これは光栄です。グランガーデン家に覚えられるとは各所に自慢できそうです」

「……本当に自慢をしたら怒りますわよ?」


 どうやら、借金取りからすれば一番真面目にする話は終わったようだ。

 気付けば冷徹な表情から、いつも通りの胡散臭い笑顔に切り替わっていた。


「……ところで、ティータの体調は持つのか?」

「ええ。不安定ながらも今すぐと言う話ではありませんよ。まだ、意識も残っていますからね。こちらでも、方法は探しています。アレイさんに投資をした分を回収するまでは、私たちも彼女に死なれては困りますからね。イチノも、世話をしている内に情が移ったようで……」

「フェレス様」

「おっと、口が滑りました」


 あくまでも、ビジネスであるという借金取りに、本心では情が湧いて助けたいと思っていたらしいと暴露されたいイチノさん。

 ……イチノさんの今までのティータと過ごした時間は嘘ではなかったと言われたような気がして、ちょっとだけ嬉しい。


「では、私はこれで失礼しますね。色々と忙しくなりますので、その準備やらがありますで」

「……まあ、頼りにしてます」

「ええ、ではそちらも頑張ってください。ではでは」


 そう言って、借金取りは客間を出て行った。

 イチノさんも、借金取りを見送るためか一緒に出て行く。そして、ラトゥも立ち上がった。


「では、出発は早いほうが良いですものね。私も出立の準備をしてきますわ」

「ああ、頼む」

「アレイさん……頑張ってくださいまし」


 最後まで励まされながら、ラトゥも出ていった。

 残ったのは……俺とバンシーの二人だ。


「……召喚術士さん、頑張りましょうね」

「ああ……とりあえず、俺も準備だな」


 全員居なくなれば、屋敷から出る事も難しくなる。

 だから、今日できることを全てやっておこう。そして、俺も立ち上がるのだった。

【解説 貴族の口上】

貴族には、正式な場で伝える感謝の言葉や忠誠の言葉などがある。

それらは大きな意味を持ち、古来より儀式として扱われる。正しい口上によって伝えられた言葉は魂に刻み込まる。

そうした、強い想いを込めた縛りが呪いと呼ばれるのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] ついに解説に、本文に出てきていない事が書かれ始めましたね
2022/07/23 20:44 退会済み
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