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お嬢はやけにぐいぐい来る  作者: 狐白雪
第一章 出会いと困惑
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09.自宅でのひととき

「あ、ここです僕の家」


 無言の時間を耐え抜き続けた結果、いつの間にか目的地に到着していたことに気づき、建物を指さしながら足を止める。


「大きな家ですね」


  夏愛(なつめ)は傘の横から家の方を見上げてそんな言葉を漏らしていた。


「⋯⋯広すぎて困るくらいです」


 咲希(さき)の自宅は2階建ての一軒家なのだが、割と裕福だったらしい父親が建築家の友人と設計から建設までやってしまったらしく、無駄に広い家となっている。


「わざわざ送って頂きありがとうございました。本当に申し訳ない⋯⋯」


 玄関前の庇に入り、持っていた傘を夏愛に返して頭を下げる。


「いえ。これくらい構いませんよ」


 夏愛は僅かに目を細めて優しく笑いかけるような表情を見せた。


「⋯⋯あ、」


「⋯⋯⋯⋯?」


 あることに気づき、言うか言わまいか迷った挙句つい声が漏れてしまった咲希に夏愛は小さく首を傾げた。


「えっと、その⋯⋯良かったら寄っていきますか⋯⋯?何も無いですけど、お茶菓子くらいなら出せますよ」


「⋯⋯⋯⋯、」


 ずっと歩き続けたせいか僅かに夏愛の息が上がっていることに気づいたからそう提案したのだが、無言になった夏愛を見た瞬間に失敗だったと悟った。


「あっ!いや、違くて⋯⋯!そうですよね、いきなり男の家に入るのは怖いですよね!すみません、配慮が足りませんでした⋯⋯」


 夏愛のことを気遣ったつもりで普通に言ってしまったが、夏愛は女性で咲希は男だ。親しくもない男が女性を自宅に連れ込む、と聞いて思い浮かぶものは決まっているだろう。


(また余計なことをしてしまった⋯⋯)


 心の中で後悔しながらため息をつくと、しばらく無言だった夏愛がゆっくりと口を開いた。


「お邪魔させて頂いてもいいんですか?」


「え⋯⋯?あ、はい。大丈夫ですけど⋯⋯神原(みはら)さんこそいいんですか?」


「⋯⋯何がですか?」


「いや、その⋯⋯僕も男ですから⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯?」


 夏愛は疑問符を浮かべながら首を傾げるだけだった。


(⋯⋯これはきっと罠、僕がどんな人間なのか見極めてるだけ⋯⋯)


 咲希も自宅に女性を入れるのはほとんど初めてのことなのだが、女性本人──夏愛がこの警戒心の無さなのは正直困る。


 とはいえ、自分から招いておきながらやっぱ無しでは通じないということで、咲希は自分に言い聞かせながら理性を何重にも鎖で縛って扉の鍵を開けるしかなかった。


「奥のキッチンに流しがあるのでそこで手を洗って少し待っててください。僕はちょっと着替えてくるので」


 そう告げてリビングへ繋がるドアを開けた咲希は自らの濡れた服のことも半ば忘れたまま、珍しい来客に内心ドキドキしていた。


「分かりました」


 (棚から引っ張り出した)来客用スリッパを履いた夏愛をリビングに通し、咲希は廊下を抜けて脱衣所へ向かった。





「⋯⋯⋯⋯」


 新しい服に着替え終わった咲希はリビングの扉の前で立ち尽くしていた。


(⋯⋯入りにくい)


 ここは咲希の自宅であるし別にここまで気を使う必要は無いと思うのだが、少女(大学1年生・おそらく18歳)を連れ込んだという事実が重く頭にのしかかる。


「失礼します⋯⋯、う?」


 意を決して念の為ノックをしてから扉を開けると、照明も点けずにリビングの隅っこに立っている夏愛が目に入った。


「⋯⋯何してるんですか⋯⋯?」


「待ってます」


「誰を」


「河館さんを」


「⋯⋯僕、河館です」


「そうですね」


 なんだか会話が噛み合っているようで噛み合ってない気がするが、どうやら夏愛は咲希が戻ってくるのを待っていたらしい。


「そんな所に立ってないでソファにでも腰掛けててください。お客さんなんですから」


 そう言いながら壁のスイッチを押すと、薄暗かったリビングが一気に明るくなる。


「⋯⋯⋯⋯、お言葉に甘えさせて頂きます」


 隅っこからてくてくと歩いてきた夏愛がソファに腰掛けたのを確認してから咲希はリビングと繋がるキッチンへ向かう。


 咲希の家のキッチンは所謂ダイニングキッチンというもので、更にはリビングとも繋がっているため調理等をしながらでもリビングの様子が見えるのだが、ソファは丁度背中側が向いているためそこに座る夏愛の表情は分からなかった。


 冷蔵庫から箱を取り出しながら声を上げる。


「神原さんは生クリーム大丈夫ですか?」


 突然の大声にびくりと体を揺らした夏愛は恐る恐るこちらを振り返り、「大丈夫ですけど⋯⋯」と返してくれた。

 

「そんな高級なものでは無いですが、どうぞ」


 お盆に載せてきたもの──ミルクティー、麦茶、ロールケーキ──をソファ前の机に並べていく。


「⋯⋯⋯⋯ロールケーキ」


 夏愛は白百合色の目をぱちくりさせると、それらをじっと見つめたまま停止してしまった。


 自分用と夏愛用のフォークをお皿の端に置いていた咲希はその視線に気づく。


「⋯⋯あれ、もしかしてロールケーキ苦手でした⋯⋯?」


 確かに尋ねたのは生クリームのことだけだったため、もしかしたらロールケーキはあまり好きではなかったのかもしれない。


 もしそうなら完全にこちらが悪いのだが、生憎他には何も無いのだ。


「いえ、苦手じゃないです。むしろ好きです」


 どうしようか迷っていると、ロールケーキからこちらに視線を移した夏愛がそう否定した。


「あ、良かった⋯⋯てっきり気に食わなかったのかと」


 その言葉に夏愛は目をまん丸にしてからすぐに少し不服そうな表情を浮かべる。


「お邪魔している身でそんなこと言いません。⋯⋯ただ何と言うか、意外だったので」


「意外?」


「男性は甘いものとかはあまり好まないことが多いと聞いていたので」


 そう見えるのか、と内心頷きながら返答する。


「やっぱり男が甘いもの好きってのは変ですかね」


 意外、という言葉をどういう意味で使ったのかは分からないが、やはり世間一般の男のイメージにはそぐわないのかもしれない。


 何となく咲希はそう思っていたのだが夏愛は眉をひそめた。


「そんなことありません。男性でも女性でも、好きなものを好きだと言えるのは良いことだと思います」


「え⋯⋯?」


「好きなものを好きだと言う、というのは簡単なようで案外難しいことなんですよ。なので、それが出来る河館(かわだて)さんは凄い人です」


「凄いだなんてまた⋯⋯褒めても何も出ませんよ」


 こんな風に面と向かって褒められるのは何と言うかむず痒い。


 夏愛は僅かに口角を上げて微笑みながらこちらを見ていたが、その視線から逃れるために咲希は話を逸らした。


「ミルクティーって甘くて美味しいですよね。コーヒーみたいな苦いものを飲める人って凄いなって思います」


 そう説明しながら机の横の座布団に腰を下ろしたのだが、何やら夏愛がこちらを見て固まっていた。


 頭の上に疑問符を浮かべていると夏愛は何故かソファから立ち上がり、咲希と机を挟んで反対側の座布団に座った。


「え?な、どうしてソファから下りちゃったんですか⋯⋯?」


 夏愛の行動の意味が分からず思わず問いかけたが、当の本人は至って普通の様子だったが、しばらくこちらをじっと見つめるとやがて口を開いた。


「⋯⋯河館さんが床なのに私だけソファに座る訳にはいきません」


「いや、そんなこと気にしなくても⋯⋯床、座布団薄いので結構固いと思うんですけど」


「そうですか?カーペットもありますし、柔らかい方だと思いますよ」


 きょとんとした顔を浮かべている夏愛にはなんだか何を言っても無駄な気がしてきた。


 そもそも、咲希がソファではなく座布団に座ったのは単純に三人がけのソファに2人で並んで座るのを躊躇ったからであり、それに対して夏愛が気を使う必要は無いのだ。


 とはいえこういう時に夏愛が引き下がらないことはこの短期間で理解しているので、ここは敢えて引き下がることにした。


「⋯⋯神原さんが良いならいいです。⋯⋯⋯⋯、早く食べましょう、あまり遅くなっても申し訳ないので」


 あくまでもただの休憩と、自宅まで送ってもらったことへのお礼なのであって必要以上に引き留めて長居させてしまうのも申し訳ない。


 時刻は十五時前で日が落ちるまではまだ時間はあるとはいえ、灰色の雨雲が空全体を覆ってしまっているため外は薄暗い。できれば早く帰してあげたかった。


「いただきます」


「どうぞ召し上がれ」


 軽く会釈をしてフォークを手に取った夏愛はロールケーキを慎重に切ってからそれを口に運ぶ。


「美味しい⋯⋯!」


 夏愛の表情がぱっと明るくなり、嬉しそうに目を細めて笑みを浮かべている。どうやらお気に召したようだ。


「良かった⋯⋯じゃあ僕も⋯⋯」


 夏愛の口に合ったことに安堵しつつ、咲希も同じようにロールケーキを切って口に運ぶ。


「あ、ほんとだ美味しい」


 口の中に広がるクリームの甘みと濃厚さに思わず感嘆の声が漏れる。ものすごく美味しいケーキ屋があるという噂を頼りにわざわざお店まで出向いた甲斐があった。


 それでも何となく、普段食べているものより何倍も美味しく感じる気がしたのは何故だろうか。

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