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お嬢はやけにぐいぐい来る  作者: 狐白雪
第一章 出会いと困惑
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07.書店でのひととき

「どうして⋯⋯⋯⋯」


 ようやく本来の目的地であった書店に辿り着いたのだが、夏愛(なつめ)は着くなりすぐに奥の方へ早足で進んで行ってしまったため、咲希(さき)は再び一人ぼっちになってしまっていた。


 とはいえ、範囲は書店の中だけに限定されるのだから最初に迷子になった時よりは何倍もましだ。


「仕方ない⋯⋯」


 適当に周っていればそのうち合流できるだろうと思い、咲希は自分の目当てである本を探すために書店に足を踏み入れた。


 そこまで急ぐ必要も無いだろうしとりあえず先に自分の目的の本を確保しておこうと思い、それらが置いてあるエリアまで進む。


「確かこの辺に⋯⋯っと、あったあった」

 

 棚の下の方に上向きに並べられた本を一冊手に取る。ついこの間発売されたばかりのシリーズ最新刊だ。


 表紙を見て思わず口角が上がる。自分が評価するのもおかしい話だが、今回も素晴らしい出来としか言いようがない。


「⋯⋯⋯⋯、一旦落ち着こう」


 ゆっくり深呼吸をして心を落ち着かせ、緩む口許を無理やり閉じる。ここで無駄に浮かれたまま夏愛と顔を合わせてしまえば誤魔化せる気がしない。 


「ん⋯⋯?」


 壁際の通路を歩いて棚と棚の間を順番に見る例の探し方をしていると、咲希がいた棚の反対側に、ついさっきまで居なかったはずの夏愛の姿を発見した。


 何やら背伸びをして棚の上の方に手を伸ばしてい

るようだが、ギリギリ届いていない。


「⋯⋯これですか?」


「あ、はい、それです⋯⋯っ、?」


 夏愛の右隣まで歩み寄り、手を伸ばして本を抜き取ってそれを手渡したのだが、夏愛本人はぽかんとこちらを見ていた。


「⋯⋯どうかしましたか?」


「っ、いえ、何でも⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯?」


 首を傾げながらそう問うと、夏愛は持っていた本で口許を隠しながら誤魔化すように顔を背けた。ふわりと舞った黒髪の隙間から一瞬だけ見えた耳は何故か紅く染まっているように見えた。


「⋯⋯じゃなくて!これが私の⋯⋯オススメです」


 そっとこちらに目を向けておずおずと差し出されたそれを受け取る。


「⋯⋯⋯⋯」


「もしかして気に入らなかったでしょうか⋯⋯?」


 白百合色の瞳は不安そうな色に染まり、こちらを上目遣いで見上げている。


「いや⋯⋯全然、そんなことはないですよ。ありがとうございます」


 いつもの笑顔を見せると、実はかなり緊張していたらしい夏愛は安心したように静かに息をはいていた。


「⋯⋯それなら良かったです」


「じゃあ、僕は会計済ませてきます」


 自分で選んだ分と夏愛から受け取った分、合わせて2冊の本を軽く持ち上げる。


「分かりました。書店を出たところで待ってますね」


「すぐ終わらせてきます」


 ほとんど個人的な買い物に付き合わせてしまっている状態である夏愛を待たせる訳にはいかないため、小走りでレジに向かう。


(あれ、そういえば⋯⋯)


 レジの店員さんとやり取りをしながらふと思い出す。


 『出たところで待ってますね』と夏愛は言っていたが、当初の予定であった本の紹介は終わっているし別にわざわざ待つ必要は無いはず。でもどうやら夏愛は最後まで付き合ってくれるらしい。


 優しい人だな、と思いながら支払いを済ませる。


 「ありがとうございましたー」という店員さんの明るい声に軽く会釈をし、本の入った袋を持って書店を出る。


「早かったですね」


 出てすぐの柱にもたれるようにして待っていた夏愛はこちらを見つけるなりそう声をかけてくる。


「レジが空いてたので並ばずに済みました」


「そうですか」


神原(みはら)さんは本買わなくて良かったんですか?」


「ええ、今まだ読んでる途中の本があるので」


「なるほど⋯⋯」


 どうやら夏愛もそれなりに本を読むタイプらしい。咲希は余裕さえあればどんどん買って積んでいくタイプなのでついでに買えばいいのに、と思ってしまったのだが他人のやり方に口出しするような無粋なことはしないように心がけている。


「じゃあ⋯⋯えっと、他に行きたいお店とかあります?折角ここまで来たことですし⋯⋯あ、別に着いて行きたいという訳じゃなくて、僕はもう帰るつもりなんですけど神原さんはどうするのかなと⋯⋯」


 そう尋ねると夏愛は自らの口許に細い指を当てて静かに考えるような素振りを見せた後、ゆっくりと首を横に振った。


「行きたい所は特にありませんね。今日はもう予定も無いですし」


「分かりました。では解散ということでいいですか?」


 夏愛に行きたいところが無いならもうここに用は無いと判断し、最後にお礼の言葉を伝えようと最終確認のつもりで言ったのだが、夏愛は何故か呆れたような目でこちらを見ていた。


「あの、どうかしました⋯⋯?」


「いえ、別に⋯⋯」


 ぷいっと顔を背けられてしまった。一体何がいけなかったのだろうか。オンナゴコロは難しいなと首を傾げる。


「まぁいいです。今日はありがとうございました。普段と違うことができて楽しかったです」


 よく分からないが許してくれたらしい夏愛はそう言って口許を緩め、ほんの少し首を傾げて柔らかい笑顔を浮かべたのだが、思わず目を逸らしてしまった。


「⋯⋯いや、僕の方こそ付き合わせてしまって申し訳ないというか⋯⋯とにかく⋯⋯こちらこそありがとうございました⋯⋯」


 感謝の言葉というものは本来しっかりと相手の目を見て言うべきことなのだろうが、今の咲希にはそんな余裕は無かった。


(⋯⋯そりゃ、モテる⋯⋯よな⋯⋯)


 かわいい、とでも表現すべきだろうか、夏愛の所作に思わず顔を背けてしまったのは別に変な意味では無いのだが、夏愛に言い寄って散っていった男達の気持ちがなんとなく分かったような気がした。


 チラッと夏愛の方を見ると、不思議そうにこちらのの顔を見つめていた彼女と目が合う。


「⋯⋯⋯⋯?」


「⋯⋯⋯⋯、帰りましょうか」


 咲希は何だかいたたまれなくなって堪らず話題を変えたのだが、夏愛は特に何も言わず乗ってくれた。


「そうですね」


「外まで送ります」


 来てから1時間ほどしか経っていないようだが相変わらず人は多い。万が一があるかもしれないし、一応人ごみの少ない外まで送り届けた方がいいだろう。


 そう告げて歩き出すと、夏愛は咲希の半歩後ろを着いて来た。


(⋯⋯⋯⋯)


 なんというか、非常に居心地が悪かった。咲希としては無闇に女性と距離を近づけるのは避けたかったが夏愛は当初思っていたよりもぐいぐいと来る。


 距離感が掴みにくいのは確かなのだが、別にそれが悪いとは言わないし、単に彼女がこういう性格というだけの話という可能性だってある。


 他人の性格に口を出す権利なんて自分には無いと思っているためわざわざ口に出すことはしないが、困っているのも本当だった。


 とはいえ咲希だって仮にも男なのだ。ただでさえ夏愛は人目を引く可憐な容姿をしているのだから、本人にはもう少し自覚と男に対する警戒心を持って欲しかった。

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