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お嬢はやけにぐいぐい来る  作者: 狐白雪
第四章 初夏の訪れ
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68.ウォーキング大会 再会!

「次の方どうぞ〜、スタンプカードを提示してくださ⋯⋯ってあれ?クロガネ先パイじゃないっスか!一時間ぶりっス!」


「⋯⋯、えっと⋯⋯?」


 十二時三十分、折り返し地点となる十キロ地点に設置された中間ポイントのテント前にて、つい今しがた到着したばかりの咲希(さき)は目の前の状況が理解出来ずに苦笑を浮かべていた。


 チェックポイントを通過したことを証明するスタンプカードにスタンプを押すための机を挟んで正面に立っているのは肩ほどの長さで切り揃えられた綺麗な赤みがかった茶髪と真紅の瞳を持つ少女。


「ここで何して⋯⋯というかどうしてここに──」


 それが誰かなんて考えるまでもなく、咲希は震える声でその名を呟いた。


「──村雨(むらさめ)さんが?」


 運営のテントの中で業務をこなしていたのはここにいるはずのない──つい一時間ほど前にも公園で言葉を交わした──後輩の村雨珠秋(たまき)だった。


(⋯⋯流石にこれは予想外⋯⋯というか意味が分からない)


 だってこのウォーキング大会には重度の怪我や体調不良により大会参加の続行が不可能もしくは危険だと判断された場合その人は半強制的にリタイア扱いとなり、養護教諭兼本大会総責任者である優奈(ゆうな)に回収された後大学の保健室に送致される仕組みがあるのだ。


 だから熱中症を疑われた珠秋も本来同じように強制送還されてないとおかしいのだが、ここにいるということはあれは単なる咲希の思い過ごしで彼女は普通に元気だったということなのだろうか。


「⋯⋯、っ!?」


 その時ふと嫌な予感がして咄嗟に意識を外に向けたのだが、既に手遅れだと悟ったのはにんまりと笑みを浮かべた少女と目が合った瞬間だった。


「あれ〜?」


 そして当然逃げられる訳もなく容赦の無い攻撃が放たれる。


「どうしたんスか先パイそんな真剣な顔でじっとうちを見つめて。⋯⋯あ、もしかしてコレが気になるんスか〜?」


「⋯⋯、」


 わざとらしく机に両手をついて身を乗り出し、スポーツウェアの上着を下から大きく押し上げる二つの豊満なそれを左右から腕できゅっと挟んで強調して来る珠秋から慌てて視線を外すと、すぐに真紅の瞳が楽しげに細められる。


「え待ってなんスかその反応!もしかして照れてる!?先パイって案外かわいいトコあるんスね!」


「⋯⋯」


「ちょっ、そんな怖い顔しなくてもっ!?⋯⋯もう、ちょっとした冗談じゃないスか〜」


「⋯⋯いくら冗談でも女性が親しくもない男に向かってそんなこと言っちゃいけません。⋯⋯それで、もう一度聞きますけどどうして村雨さんがここにいるんですか?」


 具体的に何がとは言わないが色々と危なそうな発言や仕草を繰り返す後輩に一応先輩として注意を促してから話を戻すと、珠秋はつまらなそうに唇を尖らせながらもきちんと答えてくれた。


「順を追って説明すると、クロガネ先パイがいなくなった後優奈先セにまだ帰りたくない〜ってめちゃくちゃゴネたらなんか『元気そうだから』って理由で運営側に引き込まれてここで手伝いとして受付に立つことになったって訳っス!ちなみに元々いた受付担当は昼休憩中っス」


「なるほど。⋯⋯ん?あれおかしい、ちゃんと順は追えてるはずなのに理解出来ない」


 あまりにも滑らかな説明とびしっ!と決まったウインクピースのせいで一瞬納得しかけたが、よくよく聞いてみると言っていることは滅茶苦茶だ。


「えっと、一応確認なんですけど村雨さん体調の方はいいんですか?午前中会った時は結構辛そうに見えたんですけど⋯⋯」


「全然問題ないっス!優奈先セに涼しい車内でしばらく休ませてもらったらこの通り完全復活したっス!」


 両手を広げて元気いっぱいの笑顔を浮かべる少女を見て思わず「⋯⋯良かった」と口の中で呟いた咲希はそこでふととある人物の不在に気が付いた。


「あれ?ならその優奈先生はどこへ⋯⋯?そういえば姿が見えないような」


 珠秋の話にはたびたび登場していた優奈だったが、テントの中や周辺を見回してみても肝心の本人の姿は見当たらない。


「ああ、優奈先セなら今頃次のチェックポイントに到着してる頃だと思うっス」


「え⋯⋯、予定より早いな⋯⋯」


 確か事前に渡されたタイムスケジュール上では現在の時刻だとまだ彼女はギリギリここにいるようになっていたはずだが、それを無視して次の段階に進んでいるということは何か手違いか不測の事態でもあったのだろうか。


「こういうイベントだとあるあるっスけど、なんか思ったより皆のタイムが速いとかで動きが少し巻きになったみたいっスよ。先セ本人がそう言ってたんで間違いないはずっス」


「そうですか⋯⋯。まぁ、あの人なら心配ないか」


 視線を斜め下に向けて独り言を零すと、目の前の珠秋がぱちぱちと瞬きをしてから小さく呟いた。


「⋯⋯一応優奈先セからクロガネ先パイが余計な心配をしないように説明しておいてほしい、って言伝(ことづて)を預かってたんスけど、どうやら必要なかったみたいっスね」


「え、何て⋯⋯?」


 あまりにも声が小さくよく聞こえなかったため聞き返すが、珠秋はふるふると首を横に振った。


「いえ、何でもないっス。それより先パイ、これ見てみます?ここ通過した人たちの記録用紙」


「え?⋯⋯いや、ちょっ、村雨さん、!」


 咲希が何か言葉を挟む暇も無く珠秋はそう言いながら手元のクリップボードから記録用紙を外し、ぐいぐいとこちらに押し付けて来る。


 別に機密情報でも何でもないから見ても大丈夫っスよ〜、というすっかり運営側にジョブチェンジしてしまった後輩の言葉を信じてそれを受け取り、軽く目を通す。


 そこにはこの中間地点を通過したグループあるいは個人の名前と、その時の時刻が表を埋める形で先着順にずらりと記載されていた。


 特に意味も無く上から順に眺め始めた咲希の視線が最初の数行でぴたりと止まり、ふと声が漏れる。


「⋯⋯まじかあいつ」


 視線の先にあったのは『傍武(はたけ)(あきら)』の文字。


(序盤はほとんど最後尾の僕に合わせてたからかなり出遅れてたはずなのに何で五番目にいるんだよ⋯⋯確かに三連覇狙ってるとか言ってたような気がするけど⋯⋯!)


 このウォーキング大会は長距離を歩くこと──運動による学生の健康維持──とゴミ拾いによる社会奉仕活動という名目で行っているため友人や恋人などとのんびり歩くのが基本とされているのだが、実は一部の血気盛んな人達向けに競技要素も盛り込まれていたりする。


 要素は大きく分けて三つあって、一つ目は『完走までのタイム』、二つ目は『拾ったゴミの重量』、三つ目は上記の二つを合わせた『総合』。


 それぞれ個人部門とグループ部門があるため計六つの部門に分かれているのだが、そのうちのひとつ『個人・総合部門』において傍武は過去二年間ともに一位という異例の記録を保持する変人なのだ。


 噂では各部門の優勝者にはそれぞれ秘密の景品があるとか無いとか言われているし親友として応援したい気持ちが無い訳ではないが、ぶっちゃけ咲希自身に直接的な関係は無いため気にしたところで意味は無いだろう。


 とりあえずそこで確認は切り上げ、用紙を珠秋に返却する。


「ありがとうございます、確認出来ました」


「はーい。じゃあこれで終わり⋯⋯じゃない!そういえばまだ先パイのカードにスタンプ押してないっスよね!?出してください!」


「あー、それなんですけど実は⋯⋯──」


 完全に言いそびれていたことを申し訳なく思いつつ、咲希は一般の参加者ではなく運営側の人間でありその中でも特に特殊な立ち位置である救護係であるからそもそもスタンプを集める義務や必要が無い、ということを簡単に説明すると、最初は明るかった少女の表情が次第に曇っていくのが分かった。


「⋯⋯」


 そして説明が終わると同時に少女は不服そうに開口一番こう言った。


「ならなんでこの受付の列に並んだんスか、必要ないのに」


「⋯⋯、仰る通りです、すみません」


 案の定ジト目で至極真っ当な意見を述べられてしまい、それに言い返せない咲希は反射的に頭を下げた。


(⋯⋯本当は優奈先生に一声かけてから休憩入るつもりだったんだけど⋯⋯よくよく考えたらそれだけなら裏から入ればいいしわざわざ列に並ぶ必要無かったよな、うん)


 一応この考えの通り列に並ばず裏から入ったとしてもそもそも肝心の優奈がここにいない以上目標の達成は不可能だったのだが、それは結果論であるし咲希自身無意識に人が並んでいる列の方に引き寄せられた部分があるので誰が悪いかと聞かれても誰も悪くないか、強いて言うなら咲希が悪いということになるだろう。


「⋯⋯いや先パイ、そんな頭下げてまで謝るようなことじゃないんで早く顔上げてください」


「⋯⋯はい」


 言われた通りゆっくりと顔を上げると、眉を寄せてこちらをじっと見る少女と目が合う。


「あの、違ったら申し訳ないんスけど、先パイって困ったらすぐ謝る癖ありません?特に誰かと一対一で会話してる時に」


「⋯⋯それは、」


「あー、いや、やっぱりいいっス。別にそれがどうとか言うつもりはなくて、ちょっと気になっただけなんで忘れてください」


 咲希が言葉に詰まったせいか少女はすぐに自分の発言を取り消すと、一度目を逸らして「それよりも、」と置いてから再びこちらと目を合わせて言った。


「先パイ、連絡先⋯⋯交換しません?」

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